7話 神聖な姿に ~神狼の威光~
今や謁見の間は、レイの光術を浴びた者を含め彼に様々な意志の籠った視線を向けていた。
全員が人族の王をも超える力を見せた、神狼を名乗る少年を皆見つめることしかできないでいる。
彼は言った、マリナを精霊姫という存在にすると。
彼は言った、精霊姫が神霊樹の加護を取り戻すことができると。
彼は言った、人族を救うと・・・。
彼の言葉をどこまで信じて良いかわからなかったが、希望を目に宿す者がいる一方で大半の者が明らかに怪訝な表情を見せていた。
「なっ、何者なのだっ貴様はっっ!!『聖穿乱舞』はわししか使えぬ光術だぞっ!!!」
国王アルバスの怒号が響き渡った。
それに対しレイは怪訝な表情で返す。
「何度も言っているだろう。
私は神狼レイ。この世に唯一存在する神族。
それに、あなたの認識は間違っている。帝級術は帝級精霊以上の契約者に使えるものだ。」
彼の言葉には、全員が疑問符を浮かべていた。
「戯言をっ!!帝級精霊は各属性に一種のみよっ!!そして、最強の帝級光精霊との契約者はこのわしだーーー!!!」
アルバスが叫ぶと同時に彼の精霊リングが強い一筋の白光を放った。
そして、側には白い輝きに包まれた狐の姿の帝級光精霊が顕現していた。その後ろには七本の尾が揺れており、ガゼフの契約精霊とは核の違いを思わせる精霊力を発していた。
その場で、帝級精霊の力を知っている貴族や精霊使いたちは身の安全を確保するかのように、思わず何歩も後ずさりをしていた。
アルバスは右手をレイに向けれると、敵意をあらわに叫んだ。
「死ねがよいっ化け物めがっっ!!!第二階位光術【光乱】っ!!」
するとアルバスの手から放たれた高速の光の塊がレイの方へ向かってきた。
しかし、レイは表情一つ変えることなく、光の塊を交わしてみせた。その後彼の美しい髪の毛をゆらめかせ背後へと進み、光の速度で部屋中の壁を壊しつつ、反射を始めた。
【光乱】は術者の意図した対象のものを滅ぼすまで、止まることのない光術のひとつ。
本来、多数を相手にする戦闘では絶対的な威力を発揮する術で、部屋の中や障害物に囲まれた土地では非常に有用である。
しかし、その速度ゆえに制御は非常に難しい術であるため、熟練の精霊使いにしか扱うことができない。
アルバスの放った【光乱】は、彼自身と彼の家族はあたることなく制御されているが、その他の騎士や精霊使いたちを巻き込まないようには制御できないのか、多数の被害を出しながらもレイを殺そうとその猛威を奮っていた。
「きゃっ!」
そんな惨状に、マリナは悲鳴を上げ、思わずレイの腕に顔をうずめてしまっていた。
恐怖に怯えるマリナの柔らかな髪の毛を、レイは空いたもう片方の手をローブから出し優しく撫でおろした。
「安心して、マリナ。
すぐに全て終わるからね・・・。」
なぜだろう・・・。
見た目は明らかに年下の少年の言葉に、今までに感じたことのない安心感を覚えてしまう。
それに、彼に優しく撫でられること。彼に名前を呼び捨てにされること。そのすべてに幸福感に似た何かを感じてしまっている。
こんな状況の中だというのに、マリナは様々な感情に思いを巡らせていた。
常人には目視で捉えることなどできない【光乱】は、止めるためには術者が操作するか、その者の意識を失うしかない。
しかし、レイはマリナの頭に置いていた手を正面へと向けると、ちょうど彼に襲いかかろうとしていた光玉を、なんと手のひらで受けとめたのである。
一瞬、何が起きたのかわからなかったアルバスであったが、その場の状況を理解すると
「ばっ、馬鹿なっ!!【光乱】を受け止めただとっ!!?」
レイの眼をもってすれば造作もないことであったが、アルバスも含め彼の家族や室内の人々が何度目かわからぬ信じられない出来事に驚愕の表情を浮かべていた。
レイの腕に抱きついたままの、マリナもその可愛らしく垂れた目をクリっと見開いていた。
「遅すぎるよ。
本来はもっと速い術だが、術者がこれだとね・・・。」
そう言葉を発したレイは、手に持つ【光乱】を何倍もの勢いでアルバスへ向け放ち返した。
攻撃をくらったアルバスは呻きさえ上げることを許されず、一瞬のうちに入口上部の壁へとめり込み、口から大量の血を吐いた。
アルバスへ攻撃があたった際の衝撃波で、彼の側にいた家族も皆激しく壁へ打ち付けられてしまい、意識を失ってしまっていた。
激しい衝撃音が止み、幾ばくかの静寂がその場を支配したのちに、レイはあるモノへ話しかける。
「こっちにおいで。」
彼に言葉を向けられたのは、王座近くからレイを見つめていた七尾狐の帝級光精霊。
精霊は何気なくした行動を諌められ反省する子どものように、その顔と尾を哀しそうに垂れ下げ、神聖な主の元へとぼとぼと歩みを進めていった。
彼の足元へ辿りついた精霊を、レイはそっと胸元へ抱き上げ、優しく毛並みを撫でてあげた。
「お前が悪いわけでないことはわかっているよ。ただ、いろいろなタイミングが悪かったよね。」
精霊は彼の言葉に反省するような様子を見せたのちに、気持ち良さそうに目を細め彼の胸に顔を摺り寄せていた。
精霊を慈悲の籠った目で撫でつづけているレイと、その光景を信じられないという目で見ていたマリナに、背後から男性の老人と思われる声が掛けられた。
「レイ様!!マリナ様!!どうかこの国を、いや、人族をお助けくださいっっ!!」
レイとマリナが振り向くとそこには、床にひざまずく執事やメイドたちがいた。
そして、金属が落ちる音がする正面に顔を戻すと、同様に彼らに頭を垂れる数十名の騎士や精霊使いの姿があった。
それは、歪んでしまっていたアルカディア王国が、本来の形を取り戻したはじめた瞬間であった。