5話 幕間 ~人族の歩み~
アルカディア王国の王家には代々、第一位 帝級光精霊と契約するものが現れる。
この伝承は、王国に住むものにとっては遥か昔より聞き継がれた事実であり、帝級精霊が次の者と契約するということは、新たな王が誕生するということを意味していた。
前国王アルフレッドもまた、帝級精霊と契約してから永きにわたりこの国を治めていた心優しき名君であった。
そんなアルフレッドも年齢も四十を過ぎ彼自身の精霊力が弱まってきていたため、例に違わず帝級精霊が新たな契約者に移るであろう時が近づいていることを皆が予感していた。
当時の国民たちは皆なにかに希望を求めるような顔をしていただろう。
この国に住む者たちは、いつ失われるとも知れない『精霊樹』の加護が、新たな国王の選定により取り戻されることを或いは期待していたのかもしれない・・・。
そしてついに、国民の希望を打ち砕くように、精霊樹の加護が完全に失われるという大事件が起きてしまった。
アルカディア王国は国中が混乱に見舞われたたが、アルフレッドの仁徳と懸命な説得もあり、国が瓦解するような状況は免れることはできた。
しかし、この最悪のタイミングで帝級精霊がアルフレッドを見限るかのように、契約を解いてしまったのである。
そしてアルフレッドの次に強力な精霊力をもっていた、彼の弟である現国王アルバスが帝級精霊と新たな契約者結んだのである。
新たな国王の誕生に、国民は素直に喜ぶことができなかった。
アルバスの強欲な性格や、彼の家族が身分の低い者たちを、同じ人族としてさえ見ない、横柄な立ち振る舞いを目の当たりにしてる国民にとっては、なぜ彼が新しい王なのかと嘆くのも当然であった。
その一方で、上流の私腹を肥やすことに手段を選ばぬ貴族達は、彼が王になったことで変わらぬ身分と贅沢な暮しを約束されると腹の中で万感の笑みを浮かべていた。
さらに悪いことに、誠実で国民に愛され自分の行いすべてにケチをつけてくる兄のアルフレッドを、常日ごろから疎ましく思っていた新国王アルバスは、
「『精霊樹』の加護が失われたのは我が兄アルフレッドの愚政によるものである!」
と国中に公言したのである。
国民の不安が最高潮に達していたこと、一部の貴族たちの賛同する声が上がったことも相まって、かの大事件の原因は前国王の責任となり、これに異を唱えることのできるものはいなくなっていた。
確かに、現代の人族からすれば、二つの事件からそう推察してしまうことは仕方のないことであったのかもしれない。
アルフレッドもまた、この事件は自分に責があると、あまんじてこの罪を受け入れた。
国のことは弟に任せたと信頼を託し、王城の牢屋へ王妃ととも幽閉されることとなったが、その信頼はあっけなく裏切られることとなった。
アルバスは、私利私欲のため上流貴族にのみ甘い汁を吸わせ、地位を盤石のものとし、自分に忠誠を誓う者や利をもたらす者には好きな振る舞いを許した。
彼の妻や娘もまた、国民の税収を資金源とし豪奢な装飾や衣類を買いあさり、父に似た野心家の王子アンリは、希少な武器や美しい女性で身の回りを囲うことにより、贅沢な暮しを満喫していた・・・。
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前国王のアルフレッドには一人娘の王女がいた。
たった一人の子どもに対して、両親も十分な愛情と厳しさをもって彼女を育てた。
容姿端麗で聡明、どんな国民にも分け隔てなく接する心優しい彼女を慕うものは多かった。
しかし、そんな彼女にも1つだけ他人より劣っている欠陥があったのだ。
この世の誰もが持つ精霊力が無かったのである。
精霊力を判断するための精霊リングにいくら力を籠めようとも、精霊リングは一切の反応を示さなかったのだ。
どんなに低位であろうと第5位下級精霊との契約が可能であれば、精霊リングは5本の光を放つはずが、彼女の場合はその予兆すらなかった。
父であるアルフレッドも何かの間違いであると、何度も試させたが、結局彼女の才能を見出してあげることはできなかった。
そんな逆境にも負けず、他の勉学や政治など自分が国民にできることを一生懸命取り組んできた。
そんな中、父アルフレッドが退位する事件が起こってしまったのである・・・。
彼女もまた、王位を剝奪されたが、以前より彼女の美貌の虜となっていた、次国王の息子アンリに目を付けられ、彼の世話をするメイドとしての身分を与えられたのである。
彼女自身は両親とともにありたかったが、両親は彼女の命や身の安全願うことで説得し、メイドとしての生活がはじまった。
そこから数週間のメイドの仕事は彼女にとって、新しいことの連続であったが、王女の時代から彼女の人徳を慕っていた側仕えのメイドや執事たちに支えられ、乗り切ることができていた。
そんな仕事中でも王子の身の回りのサポートは、何よりも耐え難いものであった。
いびつな恋慕を持ったアンリからのイヤらしい視線を受けながらの世話は、彼女の心を次第にすり減らしていったのである。
彼女は毎晩心も身体も疲れ果てて、自分にあてがわれた使用人の部屋に戻っていた。
しかし、どんなに疲れ果てていても窓から見える天空に向かって手を合わ続けた。
(わたしはどうなっても構いません・・・。どうかこの国を、両親をお救い下さい・・・。)
・・・と、叶うともわからない自分の願いを何度も何度も心から祈り続けたのである。