4話 出逢い ~神狼と光霊姫~
~薄紫色のローブを着た異様な少年が、騎士隊長のガゼフを圧倒し、王城へと向かっている~
この少ない情報が、入国審査を担当していた城門の衛兵から伝えられたのがつい数分前のことであった。
城門の衛兵から急ぎ伝えられたこの知らせの詳細を聞いた城を守護する騎士たちは、誰も信じようとはしなかった。
当然、国王にもこの話は耳に入ったが、その時は同様に信じられなかった。
しかし、その知らせを受けてものの数分でなんと問題の少年はいま、王の謁見の間の前にいる。
途中、様々な騎士たちや第二位以下の精霊使いたちが束になって襲ってきたが、当然彼の敵ではない。
神狼は彼らのにおいを嗅ぎ分け相手を倒していった。
大抵のものにはガゼフ同様の末路を辿ってもらったわけだが、その中には手心を加えるべきにおいの人間がいたので彼らにはただ気絶をしてもらっている。
城に入ってから、神域の五感をほんの少し敏感にし、騎士たちを倒しながら情報を集めていた神狼はすでにおおよその事情を把握していた。
(扉の向こうからにおうね。さて、いよいよご対面だよ。)
彼のまわり光たちは神霊樹の上にいた時よりもせわしなく動き回り、ローブやその中に隠れた髪の毛を揺らしていた。
そして、彼は手も使わずに謁見の間を開けるとそこには、驚きに目を向いている多くの人々が余すことなく、彼に注目してた。
一段高くなっているステージのような場所には、豪奢な椅子に腰かけ現国王一家と思われる四名が座っていた。
中央には偉そうに踏ん反りかえり脂肪を蓄えた身体の国王らしき人物。その隣には化粧が色濃く塗られ、高価な宝石などが散りばめられた装飾品を身に纏った王姫が座っている。国王の隣にはすらっと背が高く、如何にも優男な雰囲気の王子が座り、その逆には王妃同様きらびやかな装飾を過度に身につけている様子から我が侭を許され育ってきたと思われる姫が座っていた。あくまで第一印象だと思われるが、彼にはわかることはもはや言うまでもないだろう。
そして、王族のうしろにはメイドや執事など、様々な使用人たちが控えている。
戦闘向けの強大な精霊ではなく、下位の生活レベルに役立つ精霊と契約してる様が、彼らの震えている様子からも見て取れる。
ステージの下、つまり彼と同じ床に立っているのは、数十人ほどの貴族たちと彼らの護衛に来ていたであろう強大な精霊の存在を感じる精霊使いと王城の残りの兵士たちが100名ほど。
全員が身構え、奇異なものを見るように警戒心を露わにしていた。
「貴様は何者だっ!!?一体なにが目的なのだっ!?」
代表するように、ステージ上の国王が品の感じられない叫びで侵入者を問い糾した。
それまで全員の注目を集めていた少年は、なにか探し物をするように顔をゆっくりと左右に向けていた。
そして、ある一点で顔を止めた瞬間、ローブの下に見える口元が、わずかに笑みをつくった。
その場の全員が注目する中で、侵入者たる少年は顔を覆い隠していたフードをゆっくりと後ろへ下ろした。
隠れていた、白銀の長髪は美しくなびき、窓からさす太陽の光を反射し神々しく輝いていた。
顔は絹のような白さの肌に均整のとれた鼻筋と澄んだ蒼色のクリっと目が相まって、幼さの中に庇護欲を誘うかのようである。
そしてなによりも、頭には髪の毛と同じ色の毛で覆われたふたつの柔らかそうな犬耳がぴこぴこと動いていた。
すべての要素が、この少年が神聖ななにかであるということを、その場の全員が嫌でも思い知らされた。
そんな、視線を集めていた絶世の美少年の綺麗な桃色の唇が動き、彼に魅了された者たちへ言葉を紡いだ。
「わたしは、神狼。数千年にわたり、この世の平定を神々より任されているものである。
すべての神霊樹とその加護を与えられし種族を見守ってきた。
そして人族に加護を与えていた神霊樹の失われた力を復活させるべく、神級精霊と契約する才をもつ精霊姫を探しにきた。」
謁見の間のあちこちが、ざわめきにつつまれる中、神狼はさらに言葉を続けた。
「そして、その精霊姫はこのなかにいる。」
声を張り上げている訳でもないのに、彼の美しい声は不思議と会場の隅々まで響いた。
そして、これまで注目を集め続けていた神狼が突如として掻き消えた。
その場の全員があたりを見渡しあたふたとしていたが、再び声が聞こえたのは、王座のうしろからであった。
「あなたの名前は?」
その場の全員が、王族たちのいるステージの後方に顔を向けた。
そこには、神狼を名乗る少年と、彼に下から優しく紳士的に片手を持ち上げられていた白髪のメイドがいた。
手入れをあまりすることができていないのか、髪の毛には多少の荒れてはいたが肩口まで伸びている髪の毛は彼女が本来もつ美しさを今も醸し出しており全体的にふわっとした柔らかさをもっている。
垂れ目がちな目は濃い灰色の瞳をしており、その奥には優しげな様子が秘められている。
背丈も彼より頭ひとつほど高く、彼を見下ろすかたちになってしまっているが、今は完全に彼が主導権を握っているため幾分彼の方が大人の落ち着きでリードしているかのようであった。
驚きの表情のまま固まっていたメイドは、しどろもどろに彼の問いに答えた。
「まっ、マリナ・・・です・・。」
ただのメイドとは思えない美しい姿勢の彼女に、彼は優しげな、特別な人にしか見せない笑みを向けた。
そして、新たな時代が動き出すはじまりの言葉を贈る。
「僕のことはレイと呼んで欲しい。マリナ・・・今から君が光霊姫だ。」
彼女は、レイと名乗った神狼と彼のまわりで楽しそうに踊る白い光を見つめ続けることしかできなかった。