3話 精霊の力 ~神狼なりの入国~
国の入国に際し、その審査は本来厳正なものであると彼は思う。
しかし、大国アルカディアの入国審査を担当しているのは、髪がぼさぼさとして如何にも不衛生な身体をした衛兵が数名だけであった。
奥の方には王国の甲冑を着た、上役とも見て取れる騎士が衛兵と話しをしてた。
王国を守る使命感など微塵も感じられない、下卑た笑みを浮かべている者ばかりである。
そんなアルカディア王国の入国門に異様な風貌の少年が入ってきた。
「ようこそ、アルカディア王国へ。坊や一人かい?」
受付の衛兵が横柄な歓迎の言葉を述べ、質問を続ける。
「身分証明として、精霊リングを出しなぁ。
もし旅の途中で亡くしたり、壊れたりしたんなら金貨3枚で登録しなおすこともできるぜぇ。」
男の言葉にあった『精霊リング』とは、名前や職業など個々の情報登録はもちろんのこと、どの属性の、どのランクの精霊と契約しているのかを色や輝きで表すことのできる特別な宝石が埋め込まれた指輪である。
通常、宝石は無色透明な状態で指輪に納まっているが、今回のように身分を示す場や精霊力を使用する戦闘時などは、装着者の力量に応じた光を放つようになる。
この世のあらゆる種族は、大なり小なりの力をもった精霊と契約することができるため、精霊リングを指に嵌めてない者は、基本的にはいない。
ちなみに、作成に要する金貨3枚とは一般の家族が3カ月暮らせる額であり、けっして年端もいかない少年が払えるような額ではない。
あるいは、見る目のない者からすれば高級そうであるとしか思えない少年のローブを見て法外な金額を掲示してきたのかもしれない。
「そのような物はない。金銭も一切もっていない。」
不機嫌さを滲ませた少年の声に衛兵は一瞬驚いたが、自身の苛立ちにまかせていつも通りの適当な質問をした。
「おいおい、そんなんでこのアルカディア王国に入れると思ってるのか~?
そもそも、坊やは何をしにこの国に来たのかな~?」
酷く馬鹿にしたような問いであったが、少年はフードから出てきた手に持つ食べかけのリンゴをかじり、当然とばかりに男の問いに答える。
「王城の中の者に用がある。」
今まで会話を流れのままに聞いていた騎士たち、列を待つ人々までもが呆気にとられていた。
王城の中にいるのは、当然王族の人間や謁見の許されている一部の高貴な身分の者、王城を守護する選りすぐりの兵士や精霊使いたちである。
その中の誰かに会うとは、普通は言わない。
それだけでも不敬罪にあたることもあるからである。
受付の男が口をあんぐりと開け、後ろの人々が諦めにも似た表情を浮かべている中で
「おい、小僧っ!!
今の言葉、意味がわからなかったではすまされんぞっ!!!」
先程まで、奥でなにやら話をしていた騎士たちの中で、隊長と思われる大柄な騎士が凄まじい剣幕でこちらに迫ってきた。
「あの男は、もしかして最近噂になっている新しい王国騎士隊長のガゼフじゃないか?」
見物人の中でこちらには絶対に聞きとることできない音量でささやかれたその声を、彼は容易に拾っていた。
「あなたが、王国を守る最強の騎士隊の隊長・・・。嘆かわしい・・・。」
包み隠そうともしない、少年の言葉に人がきからは悲鳴にも似た叫びが聞こえ、衛兵や後ろの騎士たちは様々な意味で驚いた表情をしていた。
そして、当の本人は顔を真っ赤にしながら、無礼な少年を睨みつけていた。
「穏便に通れればそれだけでよかったが・・・・・・・もういい。勝手に通らせてもらう。
あと、ガゼフとやら。あなたもくさいからそれ以上近づかないでくれ。」
その場の全員が言葉を失っていた。
彼のくさいとはその場に居合わせた人々が思う意味とは違うことなど誰も知り由もないが、沈黙を破る凄まじい怒りを孕んだ声が叫ばれる。
「このガキィイイイ!!この場で殺してやるわぁぁぁ!!!!」
ガゼフが叫んだ瞬間、彼の精霊リングが2本の黄色の筋状の光を放ち、側には同じく黄色に輝く獅子が現れていた。
後ろに控えていた人々の叫びが聞こえた。
「おいっ、アルカディアの新しい騎士隊長が超級精霊と契約しているっていう噂は本当だったのか!」
この世に存在する精霊には、属性とそれぞれに色をもっている。
炎属性:赤
水属性:青
土属性:橙
雷属性:黄
風属性:緑
光属性:白
闇属性:黒
そして、各属性の精霊の強さを表すランクごとに振り分けられる。
第一位:帝級精霊
第二位:超級精霊
第三位:上級精霊
第四位:中級精霊
第五位:下級精霊
上の階位の精霊ほどその力は強大となり、その階位は精霊リングが輝く光の筋の本数として現れる。
戦闘を補助するレベルの精霊は第四位以上となるが、第三位で一流の精霊使いと認められ、第二位ともなれば一国の隊長クラスとなる。
精霊は契約者の力に応じて階位を上げることもできるが、それは第二位までのはなしとなる。
第一位の帝級精霊は、王族など一部の血筋にのみ契約ができる精霊であり、その力は非常に強力で他種族を攻めるのに十分なもの・・・苦しくも『神霊樹』の加護が喪失した要因の一旦となることも可能となる。
帝級精霊はまさしく、属性最強の力を誇ると認識されている。
「あの世で後悔するんだなぁ!!小僧がぁぁぁぁ!!」
フードの少年の元へ、ガゼフと超級雷精霊の放った眩いばかりの雷の奔流が迫っていた。
その力量はさすがというべきか、彼以外はまだ一切の反応ができない。
しかし、フードから覗かれた深い蒼色の宝石のような瞳は眼の前には、超級精霊ごときの攻撃など止まって見える。
そして、彼の踏み込んではいけない領域に攻撃がおよんでしまった。
彼は何かに語りかけるように口を開いた。
「この国は君の主人が守護することになる・・・。だから君の番だ。
いくよ、ヒカリ・・・。」
ようやく、誰かの悲鳴が上がった時には、その場の全員が同じ運命を予想していたことだろう。
しかし、刹那。
ほんの刹那の瞬間に、異なる結果が訪れていた。
誰も知覚さえできない大きな衝撃が起きたと思った後には、少年が変わらぬ様子で悠然と立っていたのである。
そして、にやにやと眺めていた騎士たちと横を何かが通り過ぎ、人々が音のあった方を見ると血だらけのガゼフが倒れ伏していた。
なにが起きたか、わかる者などいるはずもなく皆驚きに固まっていた。
そんな中、渦中の少年は、なにを語る訳でもなくフードから可愛らしく見える小さな口でリンゴを食べきり、未だ呆然としている人々を無視して、王城へ向け歩みを進め始めたのである。