2話 旅立ち ~神狼の決意~
世界で唯一、あらゆる生命が入ることのできずに詳細が不明な森。
現世においては唯一、加護を保ち続けている森である。
その森の奥深く、外界からも望める巨大な神霊樹の下に、穏やかな顔で眠る白銀の毛並みが美しい狼がいる。
強い存在感を発する姿であるが、穏やかな寝顔は見るモノすべてを癒しを与えてくれるような優しさが感じられる。
誰にも知られることなく、何とも関わることなく幾千年もの間この森で生きていた。
まるでこの森、いや『天霊樹』を守っているかのように。
事実、その狼は『天霊樹』を守護する命を神々より与えられたこの世に唯一存在する神獣である。
これまで、外界にある7カ所の『神霊樹』とその下で栄えた種族を、この森にある『天霊樹』を通して見守っていた。
そんな神狼が、永き眠りから目覚めるときがきてしまった。
種族の繁栄を見守ることが彼の役目であった。
例え種族間の争いがあろうとも、己の力で乗り越えることで更に種族が良い意味で進歩することを望んでいた。
しかし、もはや目を瞑っていられるほど、外界は平穏ではなくなってしまった。
神霊樹の加護は種族の平穏な暮らしを営んでいれば、未来永劫与えれるものであった。
しかし、神霊樹の最後の一本の加護が消えたことを・・・神狼は感じとったのだ。
開かれた彼の瞼の奥には、透き通るような淡い蒼色の瞳が覗かれた。その美しい瞳は慈愛に満ちているような優しいものに感じられるが、同時に哀しみを感じているようでもあった。
神狼は立ち上がり、物思いにふけるかのように聖なる輝きを放ち続ける天霊樹を見上げた。
そんな神狼のまわりを様々な色がついた風のようなものが吹き、その美しい毛並みを優しく撫でていた。
神狼に寄り添うように。
神狼に何かを知らせるように。
神狼に何かを求めるように。
次に神狼が目を開けた時には、大きな決意に満ちた瞳がそこにあった。
神狼は揺るぎない決意を持つかのような力強い歩みわ続け、外界へとの境界部分の前までやってきた。
そこは、外界からの侵入を防ぐため、精霊力が濃くなっている。
眩い光のような、その精霊力の奔流の中を進む彼の姿影は、一歩進むごとに人のような姿へと変化していた。
外界へと現れた時、なんとその姿は全く異なるものとなっていたのである。
そこには、絶世の美少年が佇んでいた。
髪の毛は神狼のときと同じく、光に照らされ美しく輝く白銀であり、清流の如く腰の辺りまで伸びているが肩甲骨のあたりで艶やかな朱色の紐で結えられている。
小柄で華奢ともとれるその容姿と相まって、美少女のようにも見ることができる容姿である。
瞳も相変わらず見るモノを惹きつける蒼色をしており、力強さと優しさを感じさせていた。
その身には形容しがたい純麗さを漂わせた薄い紫を基調とし、所々に黄金の輝く文字のようにも見て取れる模様があしらわれたローブを纏っていた。
今の神狼の身長は140cm程度となっているが、小柄な彼を覆い隠すようゆったりとしたものであり、後ろ髪に隠れるようにフードのようなものも付いている。
肌は首から上で見て取れるのみであるが、雪のように白く透き通った美しい肌を見ることができる。
神狼は外に広がる光景を、少しの間感傷に浸るかのように眺めていた。
そして、己が使命を確認するように、何かに向けて決意を込めた声を発した。
「さぁ…行こうか。まずは、精霊姫の才を持つ人を見つけることからだね…。」
『精霊姫』
加護を無くした神霊樹の力を取り戻すことのできる、強大な精霊力をもつ者。
世界に存在する、炎・水・土・雷・風・光・闇の精霊。その中でも、現世ではその存在さえも知られていない伝説の神級精霊に愛されし者たち。
これからはじまるのは、精霊姫を愛し支える『神狼』と、そんな神狼に惹かれ世界を救う『精霊姫』たちとの織りなす物語である・・・。
……
…
「行くよ…。素敵な主たちであるといいね…。」
優しさと愛情の籠った彼の声に応えるように、7色の何かが神狼のローブや髪の毛を揺らしていた。神狼は優しげな笑みを浮かべ、最初の目的地へ向け進み始めた…。