16話 大切な人 ~神狼から騎士たちへ~
レイとマリナが次に向かったのは、城内にある訓練場であった。
精霊力が強く、比較的協力な精霊術を使うことのできる精霊使いが主に城外で訓練を行うのに対し、精霊術よりも武器での技術を高め、魔物討伐に重きを置いている騎士たちはこの訓練場で訓練を行うことが多いのだ。
ここでもまた、神狼様からの助言を受けるため、城内にいた騎士たちが日常に行っている訓練を行っていた。
動きやすいベストや肌着だけなど、比較的ラフな格好をしている者が多く、その手には剣や槍などそれぞれが得意としてる武器を持って二人一組で打ち合っているのだ。
しかし、騎士たちの訓練の様子を見ると、神狼様と姫様の前で懸命に日頃の成果を見てもらいたいという姿勢を感じるが、一方で、どこか覇気がないようにも感じれらた。
というのも、先日入国審査の際、レイに撃退された騎士団長のガゼフを筆頭に、前国王のアルバス派の者が騎士団の中に多くいたためである。
超級精霊と契約することができたガゼフであったが、人格的にも優れており国王のアルフレッドからの信頼が厚かったケインズを隊長とする精霊使団では互いの性格が合わなかった。
そのため、自分よりも格下の者たちで構成され、傍若無人な振舞いのできた騎士団長として、大勢の部下とともにアルバスからの恩恵を受けていたのである。
しかし、レイが城内に侵入した際の制裁を受けた者を含め、現在その多くが牢に幽閉されているため、その数が以前の半数以下の50名程となってしまったのである。
そんな詳しい内部の事情を移動中にマリナから聞いていたレイは、騎士たちから挨拶を受けた後に、実際の訓練の様子を見せて欲しいとお願いしたのだ。
武器を扱うことの技術をただ愚直に磨いてきた騎士たち。その中には、多くの男性の中に、女性も混ざっていた。
レイの目から見ても、確かに精霊力の一番大きな者でも5,000ptほどであり、精々中級精霊か下級精霊との契約を行っていることが判断できた。
それでも、彼らが互いに剣や槍、盾などを扱う動きは洗練されており、並々ならぬ努力で日頃の訓練を積んできたことがわかった。
中には、レイも目を見張る程、並々ならぬ覚悟の気持ちを匂わす者もいた程であった。
「みなさん、ありがとう。
少し、こちらに集まってもらえるかな。」
大声でもないのに、訓練場の者に聞こえる不思議と澄んだレイの声に、騎士たちが反応し、すぐさまレイとマリナの下に駆け寄ってきた。
訓練後に急いで駆け寄ってきたのに、彼らの息は大きく乱れてはいなかった。
そのため、全員の緊張もあってか、すぐに静寂が訪れ、レイとマリナに注目を集めていた。
「みんなの訓練の様子から、これまでにどれだけ多くの努力を積み重ねてきたのかがわかりました。
心の底から、称賛の言葉を贈るね。」
今まで劣等感を抱くことが多く、落胆の言葉などを受けると覚悟していた騎士たちであったが、神狼様からの思いがけぬ賛辞に、一様に驚きの表情をつくっていた。
「それでも、今のままではやはり、魔物に対抗するには厳しいかな。」
次に発せられた神狼様(レイ)の現実とも取れる言葉に、哀しみの様子を隠すことができない騎士たちとマリナ。
実際に、魔物と戦う際には、より強大な力で精霊術を行使する方が圧倒的に効率がよく、武器で近接戦しかできない騎士たちは、魔物の前では非力な存在であり、その生存率も高くはないのだ。
それ故に、騎士は精霊使いたちよりも、存在を軽視されてしまっている節があったのだ。
騎士の中には、強く拳を握り、行き場のない悔しさを露わにしている者もいた。
「それでも、自分たちは大切な人のために強く!もっと強くなりたいのです!
神狼様っ!自分たちはどうすれば良いのでしょうかっっ!!」
訪れていた静寂の中、一人の女性騎士が強くレイに懇願する声をあげた。
灰色のストレートの髪を肩で綺麗に切り揃えており、比較的小柄な体型であったが、身体は一切の無駄がなく引き締まったラインの女性であった。
「エルザっ・・・」
彼女の熱の籠った声と視線に、思わずマリナが彼女の名前を呟いた。
レイは、どうやらエルザと呼ばれたこの女性騎士とマリナは既知の仲だったのかと推測しつつ、自分が目を付けていた騎士の行動に、更なる関心を寄せていた。
「みんなも落ち着いてね。
今のままではダメだけど、今までとは違う方法でもっと強くなることはできるから。」
マリナやエルザを含め、神狼様の言葉に驚きと希望を抱かずにはいられなかった。
全員の目の前で、レイは羽織っていた上着を脱ぎ、隣にいたマリナに『預かっていてくれる?』と目で語りかけると、マリナも慌ててレイの上着を大切そうに抱きとめた。
レイの姿は、肩から先に布地がなく、彼の絹のように白く細い腕があらわとなっていた。これからレイが騎士たちに見せる可能性を見えやすくするために、である。
「エルザ、でいいかな?
君の全力の力で、僕に切りかかってきてくれないかな?」
「っ!!そんなっ!」
神狼様の言葉に、その場の全員が驚愕を露わにした。
直接語りかけられたエルザは、どうしたら良いかわからず逡巡していた。
「遠慮はいらないよ。魔物を相手にするようにね。」
至って真面目な顔で彼女を待つレイであったが、それでも一部の躊躇いをみせるエルザ。
そんな彼女に、マリナが両者の意をくみ取るため、優しく声を投げかけた。
「エルザ。レイ様もお考えがあってのことです。
あなたの全力を、レイ様とわたくしに見せてください。」
敬愛するマリナからの言葉に、エルザは意を決した表情を見せた。
そして、彼女は手にしていたショートソードを眼前に構え、最も得意とする型を取った。
「ではっ、参りますっ!!」
エルザの言葉に、頷きで返す神狼様を確認した彼女は、自身の足に力を籠め駆け出した。
彼女の動きは小柄であるが故か、スピードに特化しており、レイとの距離を一息のうちに詰めていた。その動きを捉えることができるものは、この場の騎士の中でもごく僅かであろう。
レイの横を通り過ぎる形で、エルザはショートソードを切り抜くつもりであったが、その間際にレイの右腕が精霊力の輝きに包まれた。
そして、エルザのショートソードとレイの右腕が打ち合った、瞬間に『ガギンっ』という通常では想定し得ない、金属音が鍛錬場に響き渡った。
すると、レイの背後へと移動していたエルザが自分の得物を確認すると、その中程から先が折れ、勢い余って鍛錬場の壁に突き刺さっていたのだ。
何が起こったのかまったく理解できず、エルザと騎士たちを視界に納めるように体の向きを変え、レイは精霊力で輝く自分の右腕を見ながら、言葉を発した。
「この精霊術は、みんなのよく知る七大属性ではないんだ。これは、派属性に位置するものだよ。」
レイから聞いたことがない名前が出てきて、戸惑いを隠せない一同。
「術の名前は、第七階位斬術『一閃』だよ。」
精霊術の名前を聞いた騎士たちがより一層驚愕の表情を見せていたが、それよりもその言葉の中にある推測めいた予感が沸き上がっていた者もいた。
その表情を細かく見ていたレイが、彼らの期待に応えるように説明を続けた。
「そう。彼女の武器を破壊した『一閃』でさえ第七階位なんだ。
ちなみに、『一閃』でも中級魔物の外皮を切り裂ける精霊術だよ。」
中級魔物ともなれば、今までの自分たちでは傷を付ける事さえできない、凶悪な存在であった。信じられないという顔を見せている騎士たちであったが、一部の不安を持つ者もいたようだ。
その不安を確かめるため、エルザがまるで懇願するような声をあげた。
「その精霊術は・・・、精霊力の少ない自分たちでも使うことができるのでしょうか?」
そんな強い意志で力を求めるエルザ、そして騎士たちにレイは彼らの道を示すのであった。
「もちろんだよ、エルザ。
派属性は、自身に精霊力を纏わせることで、七大属性にも劣らない威力を持つ精霊術だ。
でも習得には強靭な肉体でなければならなくて、だんだん廃れていってしまったものなんだ。
だけど、その最大の利点は精霊力の使い方次第であって、大きさは関係ないということなんだ。
まさに、君たちのためにあるような精霊術なんだよ。」
エルザを含め、一同が息を飲んでレイの言葉を聞いていた。
「これから、派属性を習得してみんなの大切な人を、人族を守って欲しいんだ。
協力してくれるかな?」
「はいっ!もちろんです!
どんなに困難でも必ず習得してみせますっ!!よろしくお願いいたしますっ!!!」
エルザの答えを皮切りに、騎士たちの歓喜の声が鍛訓練場を覆いつくした。
そんな歓声の中、レイはマリナの元へ向かうと彼女は薄っすら涙を浮かべていた。
不遇な境遇にいたという経験があることに、共感めいたものを感じていたのだろう。
「マリナも喜んでくれているの?」
レイの言葉に、マリナは彼から預かっていた上着を後ろから丁寧に肩から掛けてあげながら
「もちろんです・・・レイ様。
みんなに道をお示しくださり、ありがとうございます・・・。」
「人族のことを想っている人たちだからね。当然のことだよ。
それに、マリナをとても大切に想っている子もいるみたいだしね。」
マリナからエルザに視線を移動させたレイ。
そんな彼を見ながら、今日、何度目かわからない驚きを見せるマリナなのであった。
いかがでしたでしょうか?
今回はヒカリを出してあげれなかったことがちょっと後悔・・・。