11話 生きる悦び ~光霊姫の休息~
前代未聞の魔物の大群が押し寄せた人族の国「アルカディア王国」。
すっかり日も暮れてしまい、王国の騎士や精霊使い、そして国民たちは大量の死傷者や戦後の処理に追われて・・・いることもなく、街のいたる所で皆笑顔でお祭り騒ぎを起こしていた。
通常であれば国一つが滅んでもおかしくない事件であった。
しかし、アルカディア王国にいた人々はその奇跡の声を聞き、そして奇跡を目の当たりにした。
街のあちこちでは料理や酒を楽しみながら、皆その噂でもちきりになっていた。
「国の上空で神々しく輝く光の中に、小さな人影を見た」と。
「本当に魔物から救ってくれたのは、傷を治してくれたのは人なのか」と。
「第零階位光術とは一体なんなのか」と。
「あの声は、マリナ姫のものではないか」と。
人々の口から発せられる噂を確信づけるものは何一つなく、皆自然と目線は一際明るさを放ち佇んでいる王城へと向けていた。
魔物全滅の知らせより、夜になった今も王城は沈黙を保ってる。
よって、国民が情報の共有を行うことは至って自然なことであった・・・・・が、今はアルカディア王国の隅々まで生きることの悦びに溢れかえっていたのである。
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その頃、固く閉ざされた王城、その中で昼間の出来事が嘘のように修復された謁見の間では、祭事に行われる様相で賑やかな祝会が催されていた。
部屋の中では昼間より大分減ってしまっているが、騒々しくも笑いが絶えず悦びに浸ってた王宮勤めの騎士や精霊使い、執事やメイドたちまで身分を気にすることなく会を楽しんでいた。
街の人々とは異なり、生き残ったことはもちろんだが前国王やマリナが玉座へと戻ったことへの悦びを露わにしており、酒の勢いも相まって涙を流す者も少なくはなかった。
王座あった付近にはマリナを中心として女性のメイドや使用人などが集まり会話を楽しんでいた。
その傍の別の場所では、すっかり身だしなみが整えられた前国王のアルフレッドとその妻アリサがしとやかな笑顔で座り、こちらもまた配下の者たちと談笑をしていた。
「みんなっ、わたくを・・・そしてお父様とお母様を支えて続けてくれて本当にありがとうっ!!」
整えられた白く美しく輝く髪をなびかせながら満面の笑みを浮かべるマリナの心からの感謝を受け、まわりの者たちも自然と表情を綻ばせていた。
「しかし、神狼様より牢獄から出していただいた時に大方の話しは窺ったが・・・色々なことが起こりすぎてまだ頭がついてゆかぬよ・・・。」
「えぇ、わたくしもですわ、あなた。
ですが、神狼様に教えていただいたことや見せていただいたこと、そして何より娘のことで確信はできます・・・あの方は人族を様々な意味でお救いして下さる方だと。」
「・・・そうだな。それはこの者たちを見ても明らかであるな・・・。」
アルフレッドとアリサは揃って自分たちを囲む臣下たちに目を向けた。
無邪気にはしゃぐマリナに癒しを与えられつつも、二人はうすら寒ささえ覚えていた。
二人にはわかっていた・・・三人を囲む者たちは、永きにわたり彼らに心からの忠誠を誓ってる者たちのみであるということを・・・。
『・・・先に、僕に倒され気絶している者たちは捕らえた方がいい・・・。
とても残念だけど、彼らに君たちへの忠義は望めないから・・・。』
マリナを抱え、魔物の殲滅から城内に戻ってきた神狼様は膝まづいたアルフレッドたちに向け忠告をしていた。
レイの腕の中で幸せそうな表情を浮かべていたマリナとは対照的に、その言葉を聞きその意味を理解した者たちは驚愕に染まっていた。
神狼とはそのようなことまでわかってしまうのか、と。
色々な感情の籠った表情を浮かべるアルフレッドとアリサであったが、ひとまずはこの現状を喜ぼうと互いに静かに頷き合い、一番辛い思いをしたであろう最愛の娘へと目を向けた。
マリナのまわりにはメイドの時に心の距離を縮めた若い女中が集まっていた。
今、彼女たちは王女の太ももの上で気持ち良さそうにスカートに身体をうずめている愛くるしい神級光精霊の子狐に夢中になっていた。
「あの、マリナ様っ!!私はヒカリ様にクッキーをあげてもよろしいでしょうかっ!??」
活発そうなメイドの一人が元気に手を挙げ、マリナへと窺う。
「えぇ、もちろんよっ。」
神級光精霊は通常の精霊とは違って常に顕現することができる。それに、通常の精霊と異なり食べ物を口にすることもできるなどの簡単な説明をレイはマリナのためにしていたのだ。
まわりの女性たちは驚きと喜びの声を上げ、先程のメイドは恐る恐る手に持つクッキーを子狐の口元へと近付けた。
ヒカリは目の前のクッキーと自分を取り囲むメイドたちを交互に見ていた。
神級精霊であるヒカリもまた、心の清らかな者しか近づけないため彼女たちにある程度の心は許しているが、神級精霊が真に忠誠を誓う相手は光霊姫と神狼のみである。
ヒカリは小さく可愛らし首を傾げ、許可を得るように自分の主を仰ぎ見た。
その視線を受けたマリナは優しげな笑みを浮かべ、ヒカリへこくんと頷いた。
すると、子狐はメイドから差し出されたクッキーを小さな口に含み、かわいらしく咀嚼し始めた。
「「「「「「・・・。きゃ~~~~っ!!!かわいいっ~~~!!!!!」」」」」」
一瞬の沈黙の後に、部屋中に響く女性たちの黄色い悲鳴が響き渡り、皆の目を集めていた。
そんな彼女たちと一緒にヒカリを愛でているマリナを慈愛の籠った目で見ていたアルフレッドたちであったが、ふと気になることを彼女へ投げかける。
「楽しみのところ悪いがマリナよ。
そういえば、神狼様は今何処にいらっしゃるのだ?」
「あっ、はいっお父様。
来賓のお部屋にレイ様をお通ししまして、準備ができ次第、担当の者がこちらに案内してもらうことになっています。」
「そうであったか・・・。
いやはや、しかし。今日は神狼様に些か我も驚かされ過ぎた・・・、もう一生分は驚いた気分だ。」
そう冗談めかしく苦笑を浮かべるアルフレッドであったが、部屋に入ってきた老齢なメイド長の叫んだ言葉でその表情を一変させることになる。
「大変でございますっっ!!!いつの間にか神狼様がお部屋から消えてしまいましたっっ!!!!」
「なんだとっっっ!!!」
まだまだ、年甲斐もなく驚きを見せるアルフレッド。
その近くでマリナもまた驚きと不安に狩られていたが、彼女の膝の上にいたヒカリがマリナに何かを訴えるように、彼女のドレスの腕部分を加えて引っ張っているのであった。