10話 人族への想い ~光霊姫の力~
元々この世界は、あらゆる場所が神霊樹の加護で満たされていた。
各地に住まう七つの種族がその加護を授かり、己が文明を栄えさせていた。
しかし、今やその加護が与えられていたのは神族たる神狼レイの住んでいた森のみであった。
そして、この時に目をつけ栄えたのが、あらゆる生命に害をなす魔物である。
魔物の姿形は獣型や人型など様々であるが、唯一共通していることがある。
それは、本能のままに殺戮を楽しむこと。上位の魔物になれば言葉を発することのできる者もいるが、基本的に生あるものとのコミュニケーションはとらず、生命を狩ること、生命を喰らうことを常としている。
魔物の異常なまでの繁殖に、各種族は表面上は種族間の争いに力を注ぐことは止めて魔物に対抗する手段を模索し始めたのである。
そして、全種族の思い当った解決策は二つあった。
まず一つ目は、失われた『精霊樹』の加護を取り戻すこと。
しかし、数千年も時が流れている現在において、原因を知る者は誰ひとりいなかったのである。
先祖より受け継がれてきた、数多くの伝承や救世の話が存在したがどれも眉唾ものであり、到底神霊樹復活の解決につながるに至るものではなかった。
二つ目は非常に単純な考えであり、魔物に対抗できる精霊使いを育成し保有すること。
各種族の代表は、精霊使いの契約する精霊にランクを設けたように、魔物にもそれと同等のランクを定義した。
精霊のランクと魔物の階ランクは同じような強さの位置づけとなっているが、魔物の戦闘は圧倒的な数量をもって行われることが多く、精霊使いたちは己の技量に磨かなければならなかったため各種族はあらゆる面で苦しい状況であった。
そんな彼らが、これまで生き残ってこれたのはひとえに各種族に一体のみ存在する第一位 帝級精霊がいたからであろう。
その強さは超級精霊以下とは一線を画し、数百の下位魔物を相手に圧倒する力をもっていた。
しかし、いかに帝級精霊といえども超級以上の魔物が複数揃えば苦戦は免れないため、種族が一丸となって戦う必要もあるのである。
故に、優秀な精霊使いの育成に力を入れる方策をすべての種族がとったのはごく自然のことであったのだろう。
そして全ての種族はこう結論付けた。
「『神霊樹』は寿命を迎えたのであり、その復活は不可能である」
「多群の魔物には帝級精霊を筆頭にした優秀な精霊使いたちで対抗する」
しかしこのふたつの結論は、人族に現れた|神狼と、史上初の神級精霊との契約者である精霊姫の登場によりあっさりと覆されることになるのであった・・・。
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今、レイとマリナは国の外を一望できる王城で一番高い塔の上に浮いていた。
より正確には、レイがメイド服姿のマリナの背中とスカートのちょうど膝裏にあたる位置に手を添え優しく胸元に抱きよせていた。
いわゆるお姫様抱っこである。
魔物襲来の鐘を聞いたレイたちであったが、この対応は自分とマリナに任せて欲しいと周囲の者たちを説得した。
当然困惑を見せるアルフレッドでもあったが、レイの言葉を信じた。
そして何より、自分の娘の力を信じたのである。
すると、レイは突然マリナを抱えて窓から飛び出したのであった。
自分よりも背の大きなマリナを、当然と言うべきか彼は涼しげな表情で抱え上げていた。
一方、年下の美少年にお姫様抱っこされているマリナはというと、顔を真っ赤に染め上げていた。
その恥ずかしさからか、宙に浮いている恐怖からかはわからないが、彼女はその感情を彼に悟られまいと前髪で顔を隠し腕をきつく彼の首へまわしていた。
そんな彼らの横には、マリナと契約したばかりの神級精霊の子狐がその身体から純白に輝く精霊力を放ち同様に空に浮いていた。
「大丈夫、マリナ?怖くはないかい?」
「はいっ、レイ様っ!!大丈夫です!」
彼の半分正解で半分間違いの気遣いに、それでもマリナは気丈に返事をした。
非常時ではあるが、あらゆる意味で高なる胸の鼓動を彼女は抑えられずにいた。
「いい子だ・・・。」
そう言うと、レイは異性から見れば凄まじい破壊力を持つ無垢な笑みを至近距離から彼女へ浴びせた。
マリナは耳まで真っ赤にしさらに顔を俯けてしまったが、その笑顔の威力を後できちんと理解していただこうと密かに決意を固めるのであった。
「現状を説明するよ・・・。
アルカディア王国のまわりの森から、約1000体の魔物が押し寄せている。
前線に立っている精霊使いたちは、よく耐えているが今回は厳しそうだね。
奥の方に超級魔物が十体控えているから、時間の問題だろう。
完全に人族を落とすつもりで攻めてきたんだろうね。」
「そっ、そんなっ!!!」
レイの口からもたらされた絶望的な戦場の様子にマリナは驚愕の表情を浮かべた。
「でも大丈夫だよ、マリナ。君の力だけで十分だと僕は思うよ。」
「えっ、レイ様っっ!わたくしだけでですかっ!!?」
てっきりレイの助力をもらえるものだと思っていたマリナが驚愕の声をあげた。
にこやかにほほ笑むレイは彼女を安心させるため言葉を続ける。
「通常の精霊使いだけなら厳しいだろう・・・。
けど、君は神級精霊使いだ。
初めてで力に不安があると思うけど、僕とヒカリを信じて欲しい。」
レイの言葉に反応するように、側で控えていた神級光精霊も彼女に何かを伝えるようにマリナの腕に自分の体を擦りつけてきたのである。
そんな自分の契約精霊とレイと交互に見返し、ヒカリの頭を撫でてあげたマリナはその瞳に力を込め決意を表す。
「わかりましたっ!レイ様とヒカリを信じますっ!!」
マリナの表情から、強い意志を感じとったレイは彼女の視線を戦場へと誘う。
「初めての光術だと思うけど、遠慮はいらないよ。
ヒカリ、主との初めての光術に興奮し過ぎないようにね。
マリナをしっかりサポートするんだよ。」
神狼の言葉に光霊姫と神級光精霊が頷き、その精霊力を爆発させる。
すると、城の上空に白く光輝く太陽が生まれた・・・。
アルカディア王国にいたすべての者と戦闘中の精霊使い、敵対する魔物までもが動きを止め、そのあり得ない精霊力に愕然と見入ることしかできないでいた。
「わたくしはこの国をっ、人族を護りたいっ!!
第零階位光術【神聖光】っ!!」
遥か上空にいる彼女の声を聞いたすべての者たちは、光を浴びた自分の体が柔らかな薄い白光に包まれていることに気がついた。
人々の中には負っていた傷が癒える者や、今までの不安が消し去られ穏やかな表情が見られる者が現れ始めた。
一方で、魔物たちはその光に包まれると同時に凄まじい雄叫びをあげ、もがき苦しみはじめた。
そして、数瞬後にはその身体を光の粒子と変え、超級魔物を含めすべての魔物が蒸発したかのように霧散した。
この世で初めて発術された第零階位光術【神聖光】。その光に当てられたものは、心の清らかさにより異なる効果が表れる。
その基準は、神狼の嗅覚に通ずるところと同一であり、魔物レベルのものともなれば、姿形を保つことさえ許されない。
突然の出来事に、人々は同じ思いを抱いただろう。神の身業である、と。
精霊力を消費し、少しぐったりとしているマリナ。
しかし、自分が放った光術の威力に呆然としたマリナは、彼女のまわりで興奮覚め止まぬように無邪気にはしゃぐ子狐をただ見つめることしかできないでいた。
そんなマリナを抱いていたレイは、光霊姫の人族に対する想いを彼ら全員の耳へ届け、彼女の真の価値を示せたことに満足げな笑みを浮かべていた。
そのレイの銀髪の横に緑の光が揺らめいていたことに、マリナもこの時ばかりは気づいていなかった・・・。