8話 神級光精霊 ~神狼から光霊姫へ~
レイとマリナのまわりには、人族の新たな希望を目の当たりにした家臣たちが跪き、二人へ懇願するような眼差しを送っていた。
レイが黙って彼らの視線を一身に受けている一方で、マリナはなぜか離せられずにいるレイの腕にさらに力を込め、酷く困惑した顔をしながら立ちつくしていた。
その沈黙は、部屋の入り口から発せられた新たな人物の声により破られることになった。
「私からも、どうかお願いしたい。」
そこに立っていた人物たちへ一斉に視線を向けると、レイ以外の人物は揃って瞠目し、悦びの感情を露わにした。
その中で、一番の驚きと歓喜を抑えられなかった彼女が、震える声で叫びながら駆けだした。
「お父様っ!!お母様っ!!」
彼らの名はアルフレッド・カディア、そしてアリサ・カディア。アルバスの兄である前国王とその妃であり、彼女の言葉からも明確であるが、マリナの両親である。
二人へ抱きついたマリナの瞳からは、抑えられていた感情が溢れだすように大粒の涙があふれ出していた。
そんなマリナを優しく抱きしめている二人は、ともに高貴な様相の服を纏っていたが、そのあちこちには多くの汚れが目立っており、髪の毛や肌は碌に手入れがされていないのか酷く荒れてしまっていた。
アルフレッドとアリサは酷く痩せこけており、その顔からは疲労感も窺えていたが愛娘の激情を一身に受け止め、マリナが落ち着きを取り戻すまで彼女の髪や背中をゆっくりと撫で続けていた。
その様子を見ていた家臣たちの中にも涙を流し出す者も現れ、皆様々な感情を抱いているようであった。
こちらも、腕の中で幸せそうにしている七尾狐を撫でていたレイも、その美しい情愛に溢れた光景を優しげな眼差しで見守っていた。
「ずっと・・・。ずっとお父様とお母様にお会いしたかったです・・・。
ひとりで・・・寂しかったです・・・。」
まだ涙声ではあるが、落ち着きを取り戻したマリナが両親へと言葉を投げかけていた。
「すまなかったな、マリナよ。
お前のことを想い、せめてマリナだけでもとアルバスにメイドとして居させるよう頼んだが・・・。
余計につらい思いをさせてしまったのだな・・・。すまなかった・・・。
そして改めて、神狼様に感謝を申し上げたい。」
「えぇ、よく頑張ったわね、マリナ。
それに、すべての事情は神狼様から聞きましたよ。
神狼様、本当にありがとうございます。」
父と母から発せられた言葉に、驚き振り返ったマリナは二人の視線の先で微笑んでいたレイをまじまじと見つめた。
「僕はするべきことをしただけだよ。
でも、まだお礼を言うのはまだ早いかな。
本番はこれからだしね。」
「そうであるな・・・。
その前にまずは・・・騎士たちよ。
我が弟はもちろんのこと、この者たちを牢へ連れ行ってはくれまいか??」
アルフレッドの言葉を受け、彼に昔から忠誠を誓っていた騎士や精霊使いたちは直ちに佇まいを正し、床に血だらけ転がっていたアルバスや気絶している彼の家族、それにレイの光術により動けなくなった騎士や貴族たちを謁見の間の外へ次々と運び出した。
「あなた、ずいぶんと口調が柔らかくなったのではなくて?」
「当然だ。今の私は王ではなく、ただの民のひとりなのだからな。」
妻のからかうような問いに、アルバスは苦々しく腕組みをしながら答える。
「それに、未だに信じることができないでいる。
あのマリナが帝級精霊を超える精霊との契約をできるというのなら、マリナが次の王であろうよ。」
「そうですね。
そのことは詳しくお聞きしたかったのですが、神狼様。
マリナが本当に精霊と契約することができるのしょうか?」
二人の問いにあわせるように、こちらへ美しい銀髪を揺らしながら歩み近づくレイへマリナも不安の念を隠せずに問いを投げかけた。
「レイ様・・・。わたくしは今までどの精霊とさえ契約できない能無しでした・・・。
原因はなにもわかりませんし、精霊リングさえなんの反応も示してはくれませんでした・・・。
そんな、わたしが大好きなこの国を、民たちを救う力を手にすることが、本当にできるるのでしょうかっっ!!?」
彼女の瞳は別の意味で再び潤みはじめていたが、その奥には大きな切望と確かな決意が見て取れた。
そんな視線をまっすぐに受けた、神狼レイからマリナ達へ待ち望んでいた言葉が贈られる。
「もちろんだとも。
今までよく頑張ったね、マリナ。
まわりから認められず、様々な苦労があっただろうに。
それでも君はすべてを愛し、すべてを護る力を欲していたんだね・・・。
そんな君だからこそ、この神級精霊と契約することができるんだよ。」
すべての生命が見惚れていしまいそうな穏やかな笑みをしたレイの言葉に、これ以上ない悦びを覚えたマリナ達は彼から視線を外すことができずにいた。
そして、レイは左手で七尾狐の精霊を支えながら、おもむろに右手を胸元で拡げてみせると、そこには小さな太陽のように輝く膨大な精霊力を宿した白い光が嬉しそうに踊っていた。
彼らは、これから何が起こるのかわからずレイの挙動に熱い視線を送り続けていた。
「ちょっとの辛抱だから、我慢するんだよ。」
最大限の慈しみを込めた言葉を胸元に抱きかかえた七尾狐の帝級精霊に向け発すると、彼は白光を七尾狐へと押しあてた。
すると、広い部屋を覆い尽くす眩い光が発生し、その場にいた者たちは思わず自分の前に手をかざした。
そして光の奔流が止んだ時にはレイの両手の中には、先程よりも小振りだか尾を九本生やした純白の子狐が抱きかかえられていた。
「この子の名はヒカリ。
神級光精霊のヒカリだよ。
そして、マリナの契約精霊になる子だね。
ほら、ヒカリ。君のご主人様へあいさつをしなさい。」
呆然と見詰めるマリナ達の前で、レイに優しく抱きかかえられていた子狐がレイの腕から可愛らしく跳躍し、慌てて受けとめたマリナの腕の中へとすっぽりと収まった。
そして、彼女へ最大の忠誠を誓うかのように、メイド服の上からでもわかるほど膨らんだ胸元へと顔や体をこすりつけていた。
最初は驚き固まっていたマリナであったが、その純真無垢なヒカリの行動に表情を柔らかくし、自分の契約精霊へと声を掛けた。
「わたしの名前はマリナよっ!
これからよろしくお願いしますっ、ヒカリっ!!」
そう言うとマリナは、ヒカリを抱く腕にさらに力を込め、永きにわたり待ち望んでいたものを与えられた子どものように、メイド服の裾が舞い上がるのを気にせずその場で悦びを露わにしていた。
レイやマリナのことを見ていたアリサの目からは止めどなく涙が流れだし、彼女の肩をアルフレッドが優しく抱きよせていた。
その時、レイもまたマリナに祝福を捧げるような優しい笑みを向けていた。
が、彼の頭に生えた耳が何かに反応するような動きをみせていたことに気付いた者は誰もいなかった。