ヤな夢
子育ては大変だ。何が大変なのかと言うと、成長に連れて自己主張が強くなって小さな大人に日に日に変化していくから、生意気になってくる・・・でも、そこが可愛いのだ。もう一人欲しいという気持ちは多分、そういう経験の積み重ねが後押ししているのだろう。
私『葉ちゃん、寝たよ。』
佐村『明日からロンドンでレコーディングをするから。』
・・・・・・はい?
私『ロンドン!?』
佐村『誘われてさ、断わる理由もないし。』
私『断わる理由・・・子供が小さいからとか言えなかったの?』
佐村『葉はお前がいるから安心だろ。』
私『まだ、5歳だよ。男の子だからキャッチボールとかしたいんじゃないのかな。』
佐村『相手になってやれば?』
私『私、学生の頃から運動音痴だから、自分が投げた球の軌道もコントロールできないし、葉の球さえ取れなくて・・・。』
佐村『まあ、いつか手伝うよ。』
私『いつかじゃなくて、今度の連休に遊んであげてよ。』
佐村『ライブが入ってる。』
・・・・・・はい?
私『あーあ。子供も、もう一人欲しいんだけどなー。』
佐村『葉で手一杯なんだろ。』
私『手一杯だけど・・・よ。わからない?』
佐村『・・・申し訳ないけど、ミュージシャンって生涯安定の職業じゃないから不安なんだよ。』
・・・はい、カチンときた。未来のために貯金しようと思っていたお金を自分の夢である自宅スタジオにリフォームするために使ったくせに。
私『あの扉の向こうのうるさい部屋を作らなければ、そんな心配しないで済んだのに。』
佐村『なんだよ、その言い方。』
私『そのくせ、明日はわざわざロンドン旅行?意味わかんない。』
佐村『意味なんかわからなくていいんだよ。ロンドンの空気を・・・。』
私『どうせ煙草の煙に巻かれるのに。』
佐村『お前だって妊娠する前は吸ってたじゃないか!!』
私『大きな声出さないで、夜だし、葉も起きちゃう。』
佐村『いいよな、お前は。子供を盾にすることが認められてるから。』
私『そういう風に捉えてるんだ・・・吸い終わった灰皿は流しに置いてて。じゃあ、おやすみ。』
ガチャ・・・
私『サムはいつになったらパパになるんだろ・・・ねえ、葉。』
葉『ZZZ...』
サムはずっとサムのまま。亭主関白に変身するわけでもなく、私の尻に敷かれるわけでもなく、テキトーに生きている。恋人同士のときならそれでも良かった。でも、夫婦になって、ママというキャラクターを演じている私と、パパというキャラクターを演じないサムを比べてしまうと、私一人でおままごとをしているような虚しい気持ちになってしまう。
ガチャ・・・
佐村『・・・。』
私『灰皿は?』
佐村『・・・。』
ほら、サムのまま。男のひとって、みんなそうなのかな。人見には、もう聞くことも出来ないし、公子に別れたひとのことを聞くのも気が引けるし・・・もう眠ろう。
チン・・・チリリリリリ!!
ガチャ
佐村『ちっ・・・なんで、起こしてくれないんだよ!!・・・って、色葉・・・?あれ・・・葉・・・?』
ガチャ・・・
佐村『あ、色葉。もう昼過ぎだぞ!!飛行機も・・・。』
バンッ
佐村『ん・・・。』
私『昨日の夜、色々考えてたんだけど。もう耐えきれない。灰皿もテーブルの上に置きっ放しだったし。』
佐村『そ、そんなことで・・・そうだ!!は、話し合いも大切だろ!?』
葉『パパ、バイバイ。』
私『サム、バイバイ。』
佐村『待てよ!?・・・待てったら!!』
ギギギギ・・・
チン・・・チリリリリリ!!
ガチャ
佐村『うわっ!!』
私『うわっ!!びっくりした・・・どうしたの?おはよう。』
佐村『お、おはよう・・・あ!!』
ガチャ!!
私『???』
佐村『灰皿・・・灰皿・・・。』
ずるっ・・・ガチャン!!
ガチャ・・・
私『あーあ、朝から何してんの。吸い殻こぼしちゃって。』
佐村『はは、ははは・・・。』
なんかおかしい。
私『・・・もしかして、おねしょしちゃったとか?』
佐村『そ、そんなはずないだろ!?』
私『怒らないよ。誰だって失敗の一つや二つあるんだから。』
佐村『何でもないって言ってるだろ!?』
ガチャ・・・
葉『おはよう・・・ふわあ・・・。』
眠り目こすりながら葉が起きてきた。
佐村『偉いなあ、一人で起きられるなんて(笑)』
私『パパより優秀だからね。ロンドン旅行は何泊?』
佐村『連休前には帰ってくる予定だけど。』
私『じゃあ、着替えは1週間分用意するから、もしものときは使いまわしてね。』
佐村『いや・・・1週間前には帰って来ようかな・・・。』
・・・・・・はい?
私『はっきりしてよ。』
佐村『レコーディングの進み具合とかあるから、はっきりとはわからないんだよ。』
私『そう、いつも通りってワケね。』
流されやすいサムのことだ。どうせ、いつも通りレコーディングが終わっても数日は現地で遊ぶはずだ。だから、旅行って嫌味を言ったんだ。
葉『またパパ、葉が幼稚園から帰ってきたらお家にいないの?』
私『言っちゃダメ。パパはお仕事なの。』
けっ、仲の良い人を選んで仕事が出来る職業だけどね!!だから、出張ならぬ旅行だけどね!!
佐村『なあ、葉は俺の仕事を理解してるのか?』
私『どうだろう。CDも聴かせてないし、ライブの映像も見せてないし・・・時々、テレビに出てることは認識しているみたいだけど。』
佐村『マズイな・・・。』
私『小学校に入ったら友達も増えるから、自然とサムがミュージシャンだって認識すると思うよ。』
佐村『今日は俺が幼稚園に送ろうか。』
ん・・・今日は朝から優しい・・・怪しい。
私『バスがあるし、変装しても幼稚園の先生は若いから気づかれるよ。』
佐村『時々はこういうの必要だろ(笑)』
作り笑いは、すぐにバレる。
佐村『葉、今日はパパと幼稚園に行こう。』
葉は私を見つめてる。なんかいつもと違うと感じてるみたいだ。
葉『ママがいい。』
ママがいい・・・いつも、私が付き添ってるからだ。決して葉はサムが嫌いなワケじゃない。
私『あらら、振られちゃったね。』
佐村『そんなバカな・・・。』
私『でも、今日はパパと行こうね。』
葉『え〜。』
私『え〜、じゃないでしょ。迎えは私が行くから、パパに付き合ってあげて。』
葉『ママが言うなら・・・。』
よしっ!!通園時間を自由時間に変換!!トゥルルルル!!
朝食が済むと、サムが葉を制服に着替えさせた。
佐村『よし、行こうか。』
葉『ちょっと待って。』
佐村『ん?どこに行くんだ。』
お手てとお手てを合わせて・・・
葉『おばあちゃん、行ってきまーす。』