入学式
夢の中は、とても居心地が良い。なんでも私の思い通りだ。お姫様の私は甘いケーキの階段を昇りながら、その手すりをぺろぺろ・・・美味しくて、頬が落ちてしまいそう。
ゴゴゴゴゴ・・・
私『うわ!!地震だ!!』
ケーキのお城が崩れてゆく・・・瓦礫の中から顔を出すと、大怪獣和子が、城下を破壊していた。
私『プリンドームが!!』
この街、最大の集客力を誇る自慢のドームが大怪獣和子の体重で踏み潰された。踏み潰されたプリンドームは板チョコロードを覆い隠し、市民もプリンまみれになりながら必死でもがいている。
私『善良なる市民を・・・許せない!!』
そう、普段はデザートランドのお姫様である私は脳の奥がプチッとキレてしまうと、悪を挫くスーパーヒロインに変身するのだ。
大怪獣和子『イロハーッ!!イロハーッ!!』
大怪獣和子の超音波攻撃だ!!私は耳を塞ぐ。でも、その超音波は大きくなるばかり。
大怪獣和子『イロハーッ!!イロハーッ!!』
私『うわーッ!!』
長期戦になりそうだ。へへっ・・・とことん付き合ってやろうじゃないの・・・この身が壊れるまで!!
母『色葉!!』
私『うわっ!!』
母『いつまで寝てるの、今日は入学式じゃない。春休みはとっくに終わったの。』
私『あ、そうだった!!今何時!?』
母『6時半よ。』
私『なんだ・・・まだ、間に合うじゃない。』
母『早起きして、顔を洗って、朝食を食べて・・・。』
私『あーうるさいな。高校生になるんだから、迂闊に私の部屋に入って来ないでよ。』
母『こんなレコードなんか買っちゃって、不良にならないでよ。』
私『どこが不良なの・・・かっこいいじゃん。』
母『この人たちはいいのよ。問題はこの人たちの真似をする人たちで・・・。』
私『とにかく男と付き合うなって言いたいんでしょ。その古臭い考え、意味わかんないよ。制服どこ?』
母『・・・枕元にあるでしょ。時間になったら呼ぶからね。』
私『私は公子や佐知子たちと一緒に行くから、ほっといて。』
母『・・・。』
私は母を自分の部屋から追い出した。
私『セーラー服だ・・・。』
私はセーラー服を着てみた。
私『あ・・・鏡は化粧台のところにしかないんだった。』
結局、私はお茶の間に行くハメになった。
母『あら、中学校のときの制服より似合うじゃない。』
私『本当に?』
母『髪をセットしてきたら、もっと良くなるわよ。』
私『じゃあ、セットしてくる。』
私は鏡を見ながら、これから始まる高校生活の展望を頭の中で広げていた。
高校生活・・・基本は公子や佐知子と友情を確かめ合って・・・いや、もっと友達を増やすことも考えておかないとね。10代後半と言えば、初尽くしだ。初バイトに初体験に初失恋。ドラマティックな高校生活を期待してるよ、神様。
私『行ってきまーす。』
私は公子たちとの待ち合わせ場所へと向かった。
私『よっ、サッチに公子。』
佐知子『髪型、ポニーテールに変えたんだね。』
私『うん。聖子ちゃんカットもそろそろ廃れそうだし。』
公子『清純派で行くってことで決まり?』
佐知子『高校デビューとかもなし?』
私『もう、二人してなんなの(笑)二人だって無難な髪型に落ち着いてるじゃん。』
公子『だからこそ、色葉には期待してたのよ(笑)』
佐知子『どぎついパーマなんか当ててきたら、面白かったのに(笑)』
私『ははは。そういえば、あの学校はスケバンとかいるのかな。』
公子『合格発表のときにリーゼントは見たよね。スケバンは見てない。サッチのときはいた?』
佐知子『ぽいのはいたよ。』
私『へえ・・・もし、同じクラスになったら、パシリにならないように無難な付き合いをしたいね。』
公子『そろそろ、行こうよ。式に遅れちゃう。』
公子のひと声で私たちは憧れの高校生活のスタート地点へ歩み出した。
私『地元の高校に入学出来て良かったね。映画館もレコードショップも、中学のときから遊んでいたスポットが沢山あるから、彼が他の町から来たひとでも大丈夫だよ。』
公子『もう、そんなこと考えてるんだ。』
佐知子『まずは彼と呼べる人の腕にぎゅっと掴まれるかどうかだよね。力んじゃうと滑りやすいらしいよ。お姉ちゃんが言ってた。』
佐知子は美人だから、すぐに彼が出来るでしょ。公子はお茶目だから、きっと彼が出来るでしょ。私はどうだろう。平凡な女の子が好きって人がいたらいいんだけど。希望は前髪を垂らしてる人。とことん和子に逆らってやる。ぎゃふんと言わせてやる。
高校に脚を踏み入れると体育館へと案内された。どうやらクラスは、もう決まっているらしく、私と公子はBクラスの椅子に、佐知子はCクラスの椅子に座った。
式が始まると、開会の言葉があり、在校生の校歌斉唱となり、校長先生の長いお話が始まった。
校長『えー、昭和59年度の新入生の皆さん。私が校長の濱田勇です。えー、君たちには、本校の校訓である・・・』
ふわあ〜ああ〜ああ・・・口を開けずに欠伸をすると涙が出るんだよね。早く終わらないかな。公子の方をチラッと見てみると、背筋を伸ばして、瞬きも最小限に時々、頷きながら校長のお話に聞き入っていた。私とは出来が違うのは明らかだ。ふわあ〜ああ〜ああ・・・。
校長の出し物が終わると、入学式は割と直ぐに終わるもので、私たちは教室に案内された。10分ほど自由時間があるみたい。
私『ふわあ〜ああ〜ああ・・・。』
公子『同じクラスだったね!!』
私『三年間一緒だよ。サッチとは疎遠になるかもね。』
公子『放課後や休み時間に会えるじゃない。ほら、来た。』
佐知子『どう、そっちのメンツは。』
私『すごいのいるよね。あの固まりは絶対に不良だろうし。』
人見『・・・。』
佐知子『こっちにもいるよ、前髪垂らしてカッコつけてんの(笑)ギターケース持ってきたりしてさ。笑いを堪えるのがキツかった(笑)』
私『へえ、どんな人?顔を見たいなあ。』
佐知子『Cクラスに来てみてよ。まだ、時間はあるみたいだし。』
ガラガラガラ・・・
佐村『・・・。』
佐知子『ほら、あれだよ。』
私『ぷっ・・・なにあれ!?イケてると思ってんのかな(笑)』
佐知子『さあ(笑)』
高校のチャイムが鳴る。私たちは反射的に自分の席に着いた。あの不良たちも初日は素直なんだね。
大山『私がBクラスの担任と数学の教科を担当する大山貴子です。三年間よろしくお願いします。』
数学か・・・また、赤点の山を築きそう。
大山『それでは皆さん自己紹介を・・・。』
自己紹介!?高校でもそんなことするんだ・・・。
大山『はい。次は、白瀬さん。』
私『あ、はい。白瀬色葉です。3月生まれです。えーっと・・・趣味は料理・・・かな?よろしくお願いします。』
パチパチパチ・・・
この渇いた拍手が嫌なんだ。初日の自己紹介で大拍手なんて起こせたら大したもんだよ。
人見『人見大輔、趣味は特にないけど、ドラムを叩けるから、見たい奴は来ていいよ。女子な。』
ドラムか・・・見たいけど、絶対に裏があるな。めちゃくちゃにされそう。
麻里『藤浪麻里。趣味なんてないよ。』
うわ。投げやりだなあ・・・ちょっと待って、藤浪麻里?なんか聞いたことがあるような・・・。
公子『柳田公子です。趣味は音楽鑑賞に映画鑑賞、スポーツも大好きで読書も大好き。よろしくお願いします。』
公子には弱点なんてあるのかな・・・虫ぐらいか・・・爬虫類は大丈夫だもんね。
自己紹介が終わると今後の予定の説明や大事な書類の配布なんかで、とりあえず初日は無事に終了した。教室の外に出ると、公子の母と私の母が談笑していた。
私『終わったよ。』
母『どうだった?』
私『どうだったって言われても・・・ねぇ、公子。』
公子『色葉と一緒のクラスになっただけでも良かったじゃん。』
私『それもそうだね。お母さん、サッチ見なかった?』
母『佐知子ちゃんは、もう帰ったみたいよ。』
私『そう・・・公子はこれからどうするの?』
公子『私は、お母さんとの用事があるから。もう、帰るよ。』
私『と言うことは・・・。』
母『一緒に帰りましょ。』
母と一緒に帰るなんて、何年ぶりだろう。中学校の入学式以来かな。
母『なんで、早歩きなの。』
私『恥ずかしいから。』
母『そう。良さそうな男の子はいた?』
私『いや・・・。』
母『不良だけは絶対にやめてね。』
私『・・・。』
不良だけは絶対にやめてね、だって。母の定義する不良は広すぎるから、それって結局、男はやめてねって言うことになるんだよね。
私『今日は仕事?』
母『入学式のために休みを貰えたの。』
私『ふーん。どうだった?』
母『いつの時代も校長先生の話って長いのね。』
私『やっぱり長いよね(笑)』