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001

 うさぎがぴょんぴょん跳ねていた。

 ただのうさぎではない。チョッキを着たうさぎだ。後ろの足で立って、前足を器用に使ってポケットから時計を出している。赤い瞳でそれを見ている。

 不思議の国のうさぎかな?

 でも、よく見たらそうじゃない。

 ただのうさぎだ。チョッキと時計を見る仕草以外はただのうさぎだ。テレビで見た事のある、雪の上をぴょんぴょん走るあの実写のうさぎだ。それがアニメみたいな仕草をしている。

 時計を見る。耳をヒクヒク動かしている。それからしばらくして、うさぎは私を見た。赤い瞳で、真顔で。

 そしてうさぎは私に背を向けて走り出した。振り返る事なく走るうさぎを私は見続けた。

 うさぎがぴょんぴょん跳ねていた。


 私は布団の中でもぞもぞと動いて、枕元にあるケータイを手に取った。

 がっかり。時刻は起床時間の三十分前。

 起きなくてもいい時間起きてしまうと、貴重な睡眠時間を自ら壊してしまったみたいでがっかりする。だから素早くケータイを元の位置に戻して、私は再び眠りにつこうとする。幸い二度寝は得意だ。ほら、もう意識が遠のいて、うさぎがぴょんぴょん跳ねていた。

 

 目を覚ました私は、ケータイを見て飛び起きた。

「遅刻じゃん!」

 私は一気に混乱した。

 なんで目覚まし鳴らなかったの? 知らない間に止めた? そんなバカな! それにしてもお母さん、なんで起こしてくれないの! ああ、そんなことしている場合じゃない。とにかく着替えて、学校に行かなくちゃ!

 私はとにかく制服に着替え、学生カバンを持ち、部屋を飛び出した。家には誰もいなかった。お父さんもお母さんも弟も、先に家を出て行ってしまったようだ。

 何よ、ちょっと起こしていってくれてもいいじゃない。

 静かな家に私のバタバタとした足音が響く。朝食は取らずに玄関へ直行。革靴を履いてドアをオープン。鍵を閉めたらレディーゴー。転びそうになってスタートダッシュに失敗した私は、なんとか体勢を立て直すと、改めて加速を開始した。

 走る。走る。いまこそ部活で鍛えた足を使うときだ。バドミントン部をなめるなよ。無駄にそう意気込んで、私は学校へと走った。

 学校へ、そして教室の前まで辿り着いた。起きてからここまで二十分。当然新記録だ。でも遅刻だ。授業はとっくに始まっている。

 私は息を整えながら考えた。教室は固く閉ざされている。物理的にも、精神的にも。この時間に教室に入るのは普通じゃない。

 さて、どうやって入ろう。

 一。後ろのドアをこっそり開けて、ひっそりと入り、ちゃっかり自分の席につく。

 二。前のドアを思いっきりぶち開けると同時に「おはようございます!」と大きな声で挨拶。その後、堂々と席につく。

 三。めんどくさいから保健室に引きこもる。

 なんて妄想している場合じゃない。そもそも三なんて走ってきた意味がないじゃない。私は意を決して後ろの扉を開けた。

 クラスメイトが何人か振り向いた。できれば見ないで欲しい。それよりも先生、早く気がついて。「おう綾野、遅刻か。どうした?」「すみません。寝坊しちゃいました」「珍しいな。ま、いいから席につけ」「はい」

 でも実際の先生は黒板に字を書くのに夢中で私に気がつかない。仕方ないから私から声をかける。

「あ、あの、先生」

「んー?」

 先生が振り向く。

「綾野、来ました」

 みんなの前でひとり違うことをするのは恥ずかしい。いや、それがみんなにすごいと認められていることならいいんだ。歌がうまいとか、絵がうまいとか、運動ができるとか。だけど遅刻なんてマイナス方向に目立つことは嫌だ。おかしいな、他人の遅刻はほとんど気にもしないのに、自分の遅刻はみんなにじろじろ見られているみたいだ。

 みんなの視線をかいくぐって私は席についた。席に付くと一気に安心する。もう大丈夫だ。みんなの視線は黒板に戻った。私もみんなと同じように黒板を見る。生徒はみんな前習え。向きが違うのは先生だけ。

 安心した私の元に突然、睡魔が訪れた。きっと朝ごはんも食べずにここまで全力疾走したせいだ。授業はあとちょっとで終わる。もう少しの辛抱だ。なのに眠くてしょうがない。頭がぐらぐらする。

 ぐらぐら……、ぐらぐら……。


 それから一日をボーッと過ごした。どうにも頭が冴えない。授業中に何度も眠くなって、ウトウトした。うさぎがぴょんぴょん跳ねていた。五時間目に至っては完全に熟睡してしまい先生に怒られた。また恥ずかしい思いをした。

 その冴えない感じは放課後の部活にも引き継がれた。

「ごめん!」

 打ったシャトルがまたネットに引っかかって、私は基礎打ちの相手である同級生の友達に謝った。

「どんまい」

 友達は笑ってそう言うと、サーブをしてシャトルを私の頭上高くへと打ち上げた。私はそれをスマッシュで打ち返す。友達がそれをロブで跳ね返すようにして高く打ち上げる。私はスマッシュ。またスマッシュ。とにかくスマッシュ。そんな練習。

 そのスマッシュが再びネットに引っかかった。私は友達に謝った。

 何回も、何回も。


 なんだか今日は散々だった。

 部活終わりの夕日に染まる帰り道。友達と別れた私はひとりで帰路についていた。

 そもそも朝からおかしかったんだ。無駄に早く起きてしまうし、二度寝したら目覚ましは鳴らないし、しかも誰も起こしてくれないし。

 そういえば同じ夢を何度も見た気がする。どんな夢だったかな。夢の記憶は遠くに行ってしまいなかなか思い出せない。

 腕を組んでいかにも考えていますというポーズで歩く。このほうが思い出せそうな気がする。なんとなくだけど。そのまま小さな十字路に差し掛かる。安全確認のために右を見て、左を見て、そして私は夢の内容を思い出した。

 なんで思い出せたか。

 そこにいたからだよ。

 赤い瞳で時計を見ている、チョッキを着たうさぎが、私の夢に出てきたあの白いうさぎそのものが、十字路を左に曲がったところに二本の足で立っていた。

 私はうさぎを見た瞬間固まってしまった。すると、うさぎは時計から目を離してゆっくりと私を見た。真っ赤な瞳が私に刺さり、私はますます動けなくなってしまった。

「ふむ」

 声が聞こえた。

「時間通りだな」

 うさぎの口が動いている。もしかして、このうさぎがしゃべっているの?

 それから、その声は言った。

「N番目のアリス、今度は君が俺たちの世界に来る番だぜ。さあ、行こうか」

 うさぎがぴょんぴょん跳び始めた。一回、二回、三回。すると突然、私の真下に大きな穴が現れた。先の見えないまっ暗な穴。私は一瞬宙に浮かんだ。

「え?」

 次の瞬間、私は真っ逆さまに落ちていった。暗い穴をどこまでも、どこまでも。

 何も見えないまっ暗な穴は、私の叫び声ごと私を飲み込む。頭上にあった光が消えて完全にまっ暗になって、もはや落ちているのかどうかよく分からなくなってきたころ、うさぎは私の隣にやってきて言った。

「うるせえよ。もう少し静かに落ちろ」

 かわいい癖して口の悪いうさぎだった。

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