アイスコーヒーの結末
豆乳入りのアイスコーヒーを頼んだ。
冷えたグラスの中には、柔らかな茶色の液体が注がれ、大きさの違う氷が幾つも浮いていた。
愛想の良いお姉さんが、赤いストローとアイスコーヒーを乗せて、トレイを差し出す。それを受け取って、店内でも比較的隅の席へ移動する。
椅子に座り、取り敢えずストローをグラスにさす。
中の氷がガラガラと音を立てて泳ぎ、やがて静かになった。
嫌なことがあった。
それは、恐らく他人からすればどうということもない些細なことで、一般的な悩みとしてもあまり重大な部類には属さないものだった。
それでも自分にとっては重要で、ただの憂鬱として処理できる程簡単なことではなかった。
とにかく嫌だった。逃げ出してしまいたかった。
そんな自分に腹が立ち、その度に降り積もる嫌悪感と罪悪感で押し潰されそうになった。
ただ、ただ苦しかった。
死ねるなら、どんなに良かったか。
グラスの中に漂う氷は、ストローにぶつかる度に沈んでは浮かび上がり、少しずつ溶けながらも未だその数を減らすことなく、ひたすら液体を冷やし続けていた。
ストローを摘まんで垂直に突き刺す。
氷は沈み、また浮かぶ。
一口飲む毎に嵩は減り、徐々に氷山はその頭を外気に晒した。
例えば、どんなに嫌なことがあっても、それを見ないように、気づかないようにしていたら、こんなに苦しむこともないのだろうか。
なかったことに出来ていたら、何かが変わっていたのだろうか。
ぼんやりした白濁の海に沈めて、多少変色して汚れようとも、それがいつか溶けてなくなるまで隠していれば、気づかない内になかったことにはならないだろうか。
ついに液体は底を尽き、氷山はその姿を現した。
嗚呼、僕は知っている。
どんなに隠していようとも、それがそこにあることを、そしてそれがそこにあったことを、僕は知っている。
どれだけ溶かしても、どれだけ沈めても、なかったことにはならない。
現実とは、事実とはそういうものだ。
氷が音を立てて揺れる。
早く消えてしまえばいい。
そう願う程、世界は急速に冷えていく。
僕に出来るのは、たった二つだけ。
氷が溶けるのを待つか。
いっそグラスを割ってしまうか。