五
◇
異形の者と刀を構えた男が向かい合っていた。
「……」
ぶつかり合ったのは一瞬……男の刀が異形の者をとらえた。
「グウゥ……」
異形の者の断末魔……男はその場を立ち去った。
◇
「……朝か?」
午前7時ピッタリに僕は目覚めた。
部屋は寒かったが、部屋の中に段ボールで家をたて、その中に布団を敷いて寝たので案外よく眠れた。リッチなホームレスのようだがそこは気にしない。
(着替えて広間に行くか……)
僕はとりあえず前の高校の制服を着て部屋の扉を開けた……ら何かに扉がぶつかった。
「あうっ!」
「あっ! ごめん! えっ? というかどうして君がここにいるの?」
僕の部屋の前にユキが座っていた。
「絵を描いたから見せにきたんだよ」
ユキは興奮しながら(と言っても表情は変わらない。鼻が少し開いて鼻息が荒い)スケッチブックを開いた。
「セミ? なぜこの季節にセミ……それよりどうしてここが……」
ぐうぅぅぅ……
「……」
ユキのお腹が豪快に鳴った。
(ユキがお腹が減ったときに僕が一番近くにいるのだから……僕がご飯を食べさせなきゃいけないのか? ルール的に……仕方がない……)
「ユキ、僕は今から朝ごはんを食べるからユキもついておいで。僕のをわけてあげるから」
「うん」
ユキはごく自然に僕の手を握った。
(……なんだかなぁ)
振り払う訳にもいかず、僕はそのまま広間へと向かった。
◇
「おはよう」
「おはようございます」
広間に拡がるいい香り……朝ごはんはトーストと目玉焼きとレタスとトマトのサラダだった。
「おぉ……ユキが来てたんか? それじゃあ二人分用意するか……」
「いいですか? ありがとうございます」
いや、僕がお礼を言うのはおかしい。
「いいんじゃ、ルールだしな」
「おはよう……」
「おはよーございます!!」
ウインドブレーカーを着た昨日の少女……かぐやとブカブカのジャージを着た少年が広間に降りてきた。
「お前らか。ちょうどいい。こいつが海だ。仲良くやってくれ」
「お……海か……おはよ」
「おはようございます。かぐやさん」
「なんじゃ? かぐやと海はもう知り合いか?」
「うん。昨日、風呂を覗かれたの」
「ちょっ!」
言い方が悪い!!
「なんじゃ海、覗いたんか?」
「覗いてません! どちらかと言えば僕が見られて……」
「アハハハハ! 冗談よ! そんなムキにならないでって!」
「まったく……」
「安心せいや。海はそんなことしないし、かぐやが冗談好きなのはしっちょるけぇ」
さて……当然の疑問をぶつけてみよう。
「二人ともなぜウインドブレーカーとジャージなんですか? そっちの子は……高校生には見えませんが……」
「そりゃそうじゃ、チュウ太郎は中1じゃ」
「え?」
中学生で寮暮らし?
「へぇ、アッシは中1のチュウ太郎でございます。海兄さんよろしくお願いしますです。ジャージは寒そうに見えますが、下にセーターを着てるので暖かいのでヤンスよ?」
「あっ……なるほど……これはどうも……じゃなくて、この辺には中学もあるんですか?」
「あるわけなかろうが。この村にある学校は『篭目学校』だけじゃ」
「はぁ?」
「小学生も、中学生も高校生も大人も……勉強したいやつはみぃんな学校で勉強するんじゃ」
「ちょっと待ってくださいよ……そんな学校ありえませんよ……」
管理人さんは自信満々に言った。
「ある! なんといっても『国立』じゃけぇ」
へぇ……国立なんだ……国立だったら仕方がない……わけないだろう。
「おかしいじゃないですか……そんな学校で僕はちゃんと高卒の資格をとれるんですか?」
不安だった。このままでは僕は『高校中退者』である。
「取れる。なんといっても国立じゃけぇ」
「……国立の意味わかってますか?」
冗談ではない。小学生や、中学生、どこの馬の骨ともわからない大人と机を並べて学業に励めというのか?
「私のウインドブレーカーは軽くて暖かいんだよ?
アンタは制服で学校に行くの?」
「……聞いてません。というかなんですか? その質問は? 制服着用は学生の義務でしょう?」
「ここにはんな義務ないよ。着替えてきた方がいいと思うなぁ……」
「何故?」
「すぐにわかるよ。それでは朝ごはんにしましょう。いただきまーす」
「……」
不安しかないわー。
◇
「あの建物見える?」
「うん」
「あれが学校でやんすよ」
「えっ!?」
二人が指さす建物は遥か丘……いや、山の上……どう頑張って歩いても一時間近く掛かりそうだ。
なるほど。これが着替えてきた方がいい理由か?
「じゃあいこっか?」
「あっ……5分だけ待ってもらえる?」
「いいけど?」
「じゃあちょっと待っててください」
僕はこの村で唯一ネットが使えるらしいスーパー『ハイパー』に向かった。
※(スーパーどころではない品揃えらしい)
(スーパーなのにパソコンが使える……朝から営業……僕はツッコまないからな)
「ふぅ……」
大きく息を吐いた。あんなに女の子と話したのは初めてだし、これから一緒に肩を並べ登校するのだ。
◇
スーパー『ハイパー』の片隅……カタカタカタと黄ばんだ旧式のパソコンが苦しげな音をたてる。
(起動するのが遅い……どれだけ古いパソコンなんだ? それに……)
「……」
「……」
『ハイパー』の店長はあの背の小さな男だった。
鋭い眼光……ハイパーの客たちも何故か僕に冷たい視線を容赦なくぶつけてきた。
(『よそ者はとって食う』みたいな顔してるけど気にしない気にしない…… よそ者嫌いといっても殺すわけではないだろうし……
おっ? ネットに繋がった…)
僕はこの篭目村について調べてみるつもりだった。
「どれどれ? ……嘘だろ……?」
前回の検索ワードが……
『よそ者・殺すには?』
『よそ者・いじめかた』
『よそ者・追い出しかた』
『遺体遺棄・仕方』
……僕は恐怖を感じてパソコンの電源を落とした。
周りの客はニヤニヤと僕を見ている。
「あの……ありがとうございました。いくら払えばいいですか?」
「払う?なにを?」
「いえ、パソコンを使わしていただいたのでお金を……」
「お金? お金ってなんだ?」
(えっ? お金初耳?)
「金なんていらねぇ。そんなもん貰ったって使わないしな」
「お金を使わないって……じゃあどうやって商売を? ここにあるものみんなタダですか?」
「気に入ったやつにはタダだよ」
「バカな……それで生活出来るんですか?」
「バカ! このスーパーは国立だぞ? 国立を舐めんじゃねぇ」
また国立……国立ってどんな意味だったっけかな……。