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カンノコ篭目村綺譚。  作者: ヒロモト
皆福神社ご参拝日和。
5/23

「ん? なにをニヤニヤしてる?」


「何でもありません……どうしました?」


僕の部屋の前に管理人さんが立っていた。


「ほらこれ。半纏(ハンテン)貸してやる。まだ寒いからな使え」


「あ〜〜……はぁ……ありがとうございます……」


僕は『これはダサいなぁ……やだなぁ……』と思いつつも断りきれず、半纏を羽織った。


(おっ? 思った以上に暖かい……いいなコレ)


「管理人さん。ちょっとお聞きしたいのですが……この寮には女の子もいるんですか?」


「……そりゃあいるだろう」


『お前、頭大丈夫か?』といった目で見られた。


「お前も男ってことか……教えとく。あのな、階段の横がトイレ。踊り場には公衆電話がある。電話はそれを使えや」


「はぁ?」


今度は僕が『お前頭大丈夫か?』といった目で見てやった。


「管理人さん……いくらなんでも今どき公衆電話なんて使わないですよ。僕だって携帯ぐらい持ってますし」


「お前頭大丈夫か?」


……とうとう口に出して言われてしまったよ。


「どういう意味ですか?」


「ここは電波ないんじゃ」

「電波……ない……?」

「そうじゃ、だから携帯は使えん」


「ええっ!!」


(今どきそんなアマゾンの奥地のような場所があるのか!?)


「どうしても連絡したい友達とかがいるなら使えや。今日はもう寝な。

明日は学校じゃ。恋に友情にときどき勉強して、青春を楽しめや」


「はぁ……せっかくですけど……勉強だけさせていただきます」


「ん? なんでじゃ? せっかくの青春……」


「やめてくださいよ。僕にとって学校は勉強の『復習』をするところ……わざわざ青春ごっこをするつもりはありません」


「ごっこてお前……」


「学生の本分は勉学です」


「そりゃそうじゃが……みんなでよ、何かをやりとげたり、笑ったり、泣いたりするのが青春じゃろうが? 恋人とか欲しいじゃろ?」


「そんなものいりません。『勉強より大事なものがある』……それを口に出すやつは勉強のできないやつです。勉強ができないからそんな戯れ言をいうのです。僕に勉強で勝てないからって価値観の逆転をはかるのです。ルサンチマンってやつですね」


過去にもそんな戯れ言を言うやつが何人かいた。

 そう……泉谷と足立……僕の成績を落として、せせら笑おうという、どうしようもない馬鹿たちだった。


「そいつらは……お前と仲良くやりたかったんじゃないかのぅ?」


「え……」


「お前に他の楽しいことを教えてやりたかったんじゃないかの?」


「ありえません」


「勉強は大事じゃし、するなとは言わんが……他に大切なものを見つけたらどうじゃ? 今のお前はなんだか勉強を支えになんとか立っているように見えるぞ。なくなったらどうするんじゃ? 大人になっても遊びもなんにもしないで机にかじりついて勉強するんか?」


「う……」


かなり痛いところをつかれた。

  勉強して、勉強して……その先にあるものを僕は見据えていない。

 いい大学へいって、いい会社に入って……いや、会社に行ったら勉強が出来ない。かといって勉強ばかりしていたら収入が得られない。

 人生いつまでも勉強の連続……というがそういう事ではない。僕はいつまでも競いあい、順位を決める『学校の勉強』をしていたいのだ。

 確かに管理人さんのいう通り、僕はいい成績をとって、たくさんの馬鹿を見下すことでしか自分を支えられない。

 僕は勉強を失ったら立っていることもできないと思う。


「継続は力なり……なにかいいことあるかもしれないし……」


「いいことってなんじゃ? それよりも体を鍛えたらどうじゃ? そんなにひょろひょろじゃこの先大変じゃろ? ん?」


「余計なお世話です。体なんか鍛えても無駄ですし。生きていくために必要な筋力だけあったらいいんですよ」


「……男には闘う時もあるじゃろ?」


「闘う? ケンカの事ですか? 馬鹿らしい! 無駄に鍛えると馬鹿は争いを始めるんです。戦争がいい例でしょう? そういう馬鹿を駆逐(くちく)するために僕は勉強して権力者に……」


「……どちらかと言えば戦争を起こしたのはそういうお前みたいな考えの権力者だと思うがの」


「うっ……だとしても、暴力で人の上に立ち、人を従わせるのは不可能です。この世には『法律』ってものがありますし……」


「そうでもない。ワシは昔、海で日本刀を持った男たちと百人の力自慢に囲まれたことがあるが……」


「……とんでもない経験してますね」


「お前、俺と同じ状況になっても相手のいうこときかん自信あるか? 力自慢に囲まれてよ?」


「……ないです」


「じゃろ? どれだけ頭を使っても海にドボン。従うしかない。力がなければ死ぬだけじゃ。

それに例えば今ワシがお前に便所掃除をさせるとする」


「なんですか? 嫌ですよ」


「『例えば』じゃ。お前は嫌がる、ワシはやらせたい。お前は法律じゃあ警察じゃあうんぬんゴチャゴチャ言う。ワシはぶん殴って言うことをきかせる」


「そんなことをしたら警察に捕まります」


「『それでもエエわい!』とワシが思っちょったら? お前は従うしかないわな。暴力の勝利じゃ」

「……なんかズルい」


「そんなもんじゃ。お前が絶対だと思っちょる勉強も、お前がバカにしちょる腕力ってのもまたしかり。暴力によって殺されたら勉強も法律もないじゃろ? まだ若いんじゃ、色々経験して色々学べや」


 管理人さんは僕に背を向けた。


(今さら遅い……他の生き方なんて僕には出来ないよ……)


「あっ、そうじゃ」



「わっ!」


 完全に気を抜いていた。


「この世で一番尊く素晴らしいものを教えちゃる」


「何です?」


「愛じゃ……愛し、愛されること……それが何より……」


「あいにくですけど……僕は愛したことも愛されたこともありません」


「……そんなことはないじゃろ」


「断言できます」


「根が深いのぉ……お前は……それともう一つ……」


「なんですか?」


「……恋人いらんてのは嘘じゃろ?」


「……」


「お前は愛を求めとる……ほいじゃあの」


管理人さんは顔をしかめて歩きだした。


(うるさい……僕はモテないんだよ!)


 3セット目も僕の負けだった。



……



……



……


「……」


 面白くなかった。 僕はなにも言い返せなかったのだ。


 ギュルリ〜〜……


 おまけに立ち話によって腹が冷えてしまって腹具合がよくない。


「うぅ……駄目だ!」


 僕はトイレに走った。




「おっ……ぉ……」


(噂に聴いたことはあるが……これが汲み取り式トイレ……いわゆるボットン便所ってやつかな?)


 なんだか禍々しいオーラすら感じる。


(これからは毎日このトイレを使うのか……すきま風が寒いなぁ……え〜い! ネガティブになってもしょうがない!! さっさと済ませてしまおう!!)


 僕はズボンを下ろした。


(そういえば……携帯が使えないって……うわっ、本当だ)


 携帯をネットに繋げようとしても繋げなかった。


(参ったなぁ。別に連絡したい友達なんていないけど……ネットが使えないのは痛い……携帯は大事な勉強ツールなのに)


 ガタン!


「うわっ!! ……あっ!!」


 ネズミだろうか? 僕は天井から聴こえてきた音に驚いて携帯をトイレに落としてしまった。


「……やっちゃったよ」


 茫然自失。


「どうしよう?とりあえずお尻を拭いて……うまくいかないなぁ!」


 紙がない……ちょっと笑ってしまうほどの踏んだり蹴ったりである。


「クソ!!」


 決してダジャレではない。


 篭目村移住初日……僕は携帯を失ったのだった。








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