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カンノコ篭目村綺譚。  作者: ヒロモト
皆福神社ご参拝日和。
4/23

「ほれ着いたぞ。ここじゃ」


「ここですか?」


 なんと言うか……。


「寮というより、なんだか旅館みたいですね。なんとも赴きがあって……」


 ボロいともいう。


「そうか。俺はボロいと思うがな。靴は脱いで、スリッパにはきかえてまずは…… 広間で茶でも飲んでゆっくりしいや。ポットと急須があるじゃろ? 棚の下には昆布茶と玄米茶があるから勝手に作って飲め」


「僕はコーヒーが……部屋にいかないんですか?」


「まずは飯だ。今日の晩飯は俺が作る。つうても温めなおすだけじゃがな。これからは朝と昼は俺が作っる。夕飯の話は……あとにしよう」


「え? 管理人さんが……?」


「嫌なんか?」


「いえ……ありがとうございます」


(嫌どころかありがたいのだが…… 中年の手料理を毎日というのは……)


 管理人さんはガサツそうだし、料理が上手そうには見えない。

それに『昼は』ってことは…… お弁当も管理人さんの手作りだろう。

毎日、メザシや塩鮭のドカベンだったらたまらないなと思った。


(とりあえずひもじい思いをすることは無くなったわけだし…… 贅沢は言わないでおこう。あっ……)


 広間にいい香りが漂った。


「さぁ出来たぞ。食えや。いつまで突っ立ってるんじゃ? ほれ座れ」


「あっはい……」

本当に温めなおすだけだったようだ。

管理人さんは器用に二人分のハンバーグとライスを持って、それらをテーブルに置いた。

焦げぎみのハンバーグの上に乗るのはケチャップ。付け合わせは茹でたキャベツ。いかにも手作りハンバーグって感じだ。

ライスは一粒一粒が光を放ち、ピンと立っていて実に美味しそうだ。

よかった。管理人さんは料理下手ってわけではないらしい。

僕は『いただきます』と言ってハンバーグを口に運んだ。

……うん、これはおいしい。


「うまいか?」


「すごく」


「そうか」


「なんかこう…… 懐かしい味です」


「懐かしい? ケッ!なぁに子供が生意気に、まだその年で懐かしいもクソもなかろうが? おかわりは?」


そう言いつつ管理人さんは嬉しそうだ。誉めてよかった。

その後、僕はライスをおかわりし、デザートのイチゴもすべて平らげた。

※これは少食の僕にしては異例の出来事。


誉めるつもりで『やはり空腹は最高のスパイスですね』と言ったら苦虫噛み潰した顔をされた。


……誉めるのって難しい。


……



……



……



(まずこのツマミを半回転させ、その状態をキープしたままレバーを回す、そしてツマミをもう半回転させると火がつく……面倒だなぁ……齊藤さんの家ではボタン一つだったのに……)


 僕は部屋に荷物を置いた後、安っぽい水色のタイルが敷き詰められた風呂場でこの日の汗を流していた。

なんとこの寮には大浴場もあるらしいが基本、学生たちは各階にあるこの小さな風呂を使うか銭湯に行くらしい。


(今日はだれにも会わずに過ごせてよかった……寮の人たちには明日適当に挨拶して、あとは極力かかわらず過ごそう……しかし『あの』部屋で僕は一年を過ごすのか……)


僕が使う102号室は六畳一間の和室だった。


ハダカ電球と小さなテーブルとカビ臭い布団一式しかない貧相な部屋……贅沢を言うつもりはないが、それにしてもあんまりだ。


(いいや……勉強するだけの部屋だしな。雨風防げればそれでよし! さぁ出るか!」


ここからはスピード勝負である。

 浴室から僕の部屋まで結構な距離がある。

 湯冷めしないよう風呂から出て、体をふいて、着替えて走って部屋に戻ってあとは寝る。

 さすがに疲れた。 やるべきことは全部明日にして、寝てしまおう。


「月が昇って陽が沈みぃ〜♪ 私は別れを惜しむのよぉ〜〜♪」


「えっ?」


ガララッ……


「えっ?」


「あら?」



 バスタオルで体を隠した女の子が扉を開けて入ってきた。


「あ……の……」


「あぁ噂の新入り?……お風呂入ってたんだ? ゴメンね。私は二階の部屋なんだけどこっち使ってるの。だって向こうのお風呂。黄ばんだピンクのタイル張りなんだもん。それ、たてかえし? あぁ。水取り替えたんだ? キレイ好きだねー」


「えっ……はい……」


思っていたリアクションと違う。

この場合『キャアアア!! 変質者!!』が正しいリアクションだと思うのだが……男女の出会い的に。


「それじゃあ私、後ろ向いてるからさ」


「えっ?」


「『えっ?』じゃないよ。後ろ向いてるから早く脱衣所にいきなよ。からだ冷えちゃうよ?

「おっとそうか……失礼します!!」


僕はタオルで股間を隠し、女の子の後ろを通り抜けて脱衣所に走った。

横を通り抜けるときに女の子特有の甘い香りがした。


「かぐや」

「はい?」


 一瞬『嗅ぐな』と聴こえてドキッとした。


「私の名前だよ。『かぐや』よろしくね」


「あっ……そうですか。かぐやさんですか……よろしくお願いします……」

「あんたは?」


「か……海です『広井海』」


「海か……海!」


「いきなり呼び捨て!? なんでしょう?」


「いつまでいるの? 湯冷めするから早く着替えなよ」


「はい……」


(あなたが呼び止めたんでしょうが……)


彼女のいうとおり、僕は湯冷めをした。

浴室で女の子と自己紹介するのははじめての経験だった。


(あれ? もしかして……もしかしなくてもこの寮……女の子も住んでいる?)


少しだけ頬が緩んだ。


「ハクショ! しかし寒い……」


外の気温とほとんど変わらない寒さの脱衣室で、僕はかぐやさんが脱いだ下着類を見ないようにドキドキしながら着替えた。


……



……



……



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