一
◇
(ああ……憂うつ過ぎる……)
フラれた次の日の通学路。
僕は『彼女がクラスで僕に告白されたと噂を広めていないだろうか? 教室に入った途端にクスクス笑われたらどうしよう?』
などと不安で頭が一杯だった。
「海!」
「海君!」
「ああ……足立君に泉谷君か……おはよう」
朝から嫌な奴等に会ってしまった。
僕を『カッコいい』と言った足立は冷静になって見てみれば、やっぱり僕とは比べ物にならないぐらいハンサムだし、泉谷は征矢あつみさんと仲良く手を繋いで登校ときたものだ。
……腹が立つ。コイツらにそそのかされたせいで僕はかかなくていい恥を……
「どうしたの? そんなに慌てて……」
「いや……お前、学校がダイダラボッチに破壊されたの知らないのか? 見ろよ」
「ダイダラボッチぃ? うわ! これはひどいな……」
僕たちの学舎は見るも無惨に破壊の限りを尽くされていた。
「ダイダラボッチか……政府の発表では昨日深夜にダイダラボッチが現れたらしいよ。幸いにも怪我人は0……よかったよ」
「妖怪こわい……」
「大丈夫。あつみは俺が守るさ」
「泉谷君……本当にホント?」
「ホントにホントさ」
(勝手に盛り上がってろ!)
嫌な時代になったものだ。
国が魑魅魍魎の存在を正式に認め、国民のはそれを信じている。
今この国では政治家の汚職も警察の不祥事も……はたやアイドルの女性スキャンダルも妖怪や悪魔の仕業なのである。
権力や金があれば裁判も幽霊のせいにして逆転無罪も可能……
諸外国はこの国を皮肉を込めて『神の国』などと呼んでいる。
一昔前の総理大臣は『日本は神の国』と発言し、大バッシングを受けたというのになんだこの変わりようは?
「これだけ破壊されたら学校も休校だよな? どうだ? みんなで遊びにでも行かないか?」
「それいい! 泉谷君ナイス!」
「そうだね。海君も行こうよ。そうだ! 僕の友達の女の子たちも呼んじゃおう!」
「悪いけど……遠慮しておくよ」
『え?』
ステレオ放送の『え』。
「家に帰って勉強するよ。泉谷君。本当は彼女と二人きりでいたいんだろう? 目がそう言ってるよ。気づかないと思ったかい? 足立君。そうやってモテない僕をさらに惨めにさせようっていう魂胆かな? まったく君はいい性格してるよ」
馬鹿の思考回路を僕が予測出来ないとでも思っているのだろうか? 舐められたものだ。
コイツらは腹の底では僕を見下しているくせに、形だけの友情の手を差し伸べようとする。
わかっている。
コイツらは僕を見下すことにより、小さな優越感を感じているのだ。
しかしコイツらは気づいていない。
僕が全てお見通しなこと。見下しているのは僕だということ。
本当に救い用のない虫けら共だ。
勝手に色気づいているがいい。性欲を愛だとはき違えたあわれな虫けら……
それがコイツらだ。
しつこいようだが僕は嫉妬などしていないし、昨日の事を思い出して不機嫌にもなっていない。
「それじゃあ僕は帰る。あまりハメをはずしすぎない方がいいよ? 少しは冷静になって周りを見てみるといい。まぁ君たちがこれから先、底辺として生きたいのなら話しは別だけどね。さよなら」
「海……」
「海君……」
……わざとらしい。傷ついたような目で僕を見る。
こうやって僕を悪人に仕立てようとするのがコイツらのやり方なのも重々承知している。
そして見る目の無い馬鹿なコイツらになぜか好意を持ち、僕を悪とする。
本当に愚かしい……勝手に青春ごっこでもしてろ!
……
……
……
◇
……学校のアクションは僕が思っているよりも速かった。
生徒たちは速やかに他校に転校ということになり。『その転校先は成績によって決められる』……というルールが学校にはあったらしい……。
(なんだそのルール? 知らないよ)と思ったが(世の中の学生の99、99%は学校をダイダラボッチに破壊されるなどという経験はしないだろうから、知らなくて当然だろう……)
と納得した。
(齊藤さんと奧さんは僕がいなくなって寂しく……ないんだろうな……)
僕の通うことになった学校は自宅から遠いらしく、僕は寮暮らしを余儀なくされた。
両親に捨てられた僕(といっても僕にその辺の記憶はほとんどない)にとって親戚の齊藤さんと奧さん(とうとう『お父さん』、『お母さん』と呼ぶことは許されなかった)は実の両親と同じ…… ぐらいに思っていたのだが、二人にとってはそうではなかったらしい。
二人は二人とも子供を作る能力に乏しい……らしかったのだが、長年の不妊治療が実を結び、どうやら妊娠の可能性が出てきたらしい。
つ・ま・り、『子作りに専念したい』『自分たちの子供が欲しい』 そんな矢先に僕の寮暮らしの決定…… 二人にとってはわたりに舟ということだ。
自分たちの子供が出来るなら子供がわりの僕はお役ごめんという実に清々しいまでの厄介払いだ。
……まぁいいよ。僕も彼らの妊娠活動に気を使って、早く寝たり、あえぎ声を聴こえないフリをするのはゴメンだ。
『携帯料金は払っておいてやる』
『あとの生活費やなんやらは自分でなんとかしろ。なぁに寮ではきっと白飯は食い放題だ。あとは豆を食えば問題ない。若いうちの苦労は買ってでもしろって言うだろう?』
『そうよ。海君。向こうの生活が辛くても絶対に帰ってきちゃ駄目よ? 帰ってきたって家にあげないんだから。帰ってきちゃ駄目よ? 絶対に駄目よ?』
『そうだ。それが私たちの愛情表現なんだ。絶対に帰ってくるな。なぁ正子?』
という、ありがたいお言葉も頂戴した。(しかし奧さんの名前は正子だったのか……初めて知ったよ)
愛と性欲をはき違えたバカップルがここにもまた一組……可愛いベイビーの為にも出費がかさむことが予測出来る今、愛情の欠片もない無駄にデカイ……なにより血の繋がらない僕は邪魔で仕方がないのだろう。
僕は法の下、徹底的に争ってやってもよかったが、一応僕は彼らにここまで育てられたのだ。勘弁してやることにした。
(やーーい! お前の父ちゃん、おじいちゃん!)と将来二人の子供がいじめられるのを想像し。小学校の運動会で二人仲良く心筋梗塞で倒れるのを想像したら、少しスッキリした。
……
……
……
◇
それから数日後。
(なぜ、この時間にこの場所なんだ?)
僕は夕暮れ時の公園でバックを抱きしめ、冷たいベンチに座りながら迎えに来てくれるという寮の管理人さんを待っていた。
「これじゃあ。まんま家出少年だな……」
(寒い……それになんだか怖い……怪しいおじさんにさらわれて、海外に売られたりしないだろうな? そういえばさっきからパトカーのサイレンが聴こえるし……本当に指名手配の犯人が町にいる? それにしても本当に僕はこれから一人ぼっちなんだな……もう家には帰れないしな。……にしてもなんだよ! 僕が出発するときの齊藤さんと奧さんのあの喜びようは! 恋人繋ぎなんてしちゃってさ!)
寒さは人をネガティブにする。
(落ち着け……何か僕らしい知的な事を考えよう……えぇっと……もし僕が新薬の研究をするなら……寒くてもネガティブにならない薬をつくる……って、なんだその研究は? 寒さは頭を痺れさすな……
おや?)
のしのしと歩いてくる大柄な男……。
(うわっ…… こっちに来るよ……)
ねじりハチマキに革ジャン…… ジーパンのポケットに手を突っ込んだその男は『陸地では案外オシャレな漁師』という印象を僕に与えた。
(あの人が管理人さんか?馬鹿な…… なんで徒歩で来るんだよ…… えっ? 本当に怪しいおじさん? 僕、危ないんじゃないのか? 拐われる?)
響くパトカーのサイレンの音。近づく怪しい大男……
そんな恐ろしいシチュエーションなのに僕は動けなかった。
なぜなら『逃げた瞬間に首の骨をへし折る』という妄想を僕に抱かせるほど男の迫力は凄かったからだ。
「……海じゃな?」
「はい?」
「広井海か?」
「そうです……」
「管理人の三好田洋じゃ。じゃあいくぞ。なんだ? ヒョロヒョロしやぁがって…… お前それでも男か?」
神よ…… どうやらこのやたらキツイ訛りの男が管理人らしい。
頭が痛い……。それはそうだ。初対面でいきなり人のコンプレックスを刺激する男とこれからひとつ屋根の下で暮らさなくてはいけないのだ。
いや、落ち着け僕。この青白く、か細い体は勉強に全てを捧げてきた証し……なにも恥じることはない。
(可哀想に、この脳筋ゴリラはそれが理解できないのだ。
知性にコンプレックスを抱いたゴリラは……あぁ……あわれ、ウホウホと体を鍛えることしか出来なかったのだ……)
と思ったら心が落ち着いた。
人間様がゴリラに怒りを感じてどうする? 僕はわざわざ格下に目線を合わせてやるほど優しくはない。
だがこのゴリラはこれから僕が暮らす寮の管理人……
敬語ぐらいは使ってやろう。ゴリラよ、頭を垂れろ。敬意を示せ。
「広井海です。よろしくお願いします……
ところで車はどこに停めたんですか?」
「車? ねぇよ。『篭目村』にゃ電車でいくんじゃ」
「電車で…… それじゃあ駅までは当然……」
「徒歩じゃ」
「……」
「『トホホ』とか考えちょるか?」
「……いきましょう」
正直考えてた。
いいだろうゴリラ。このセットはあんたのものだ。
◇
管理人さんは釜を振り回し、草を刈り取りながら林を歩き、僕はその後ろを歩く。
僕は自慢じゃないが……本当に自慢じゃないがこの町から出たことがない。
修学旅行やイベントは全て体調不良で欠席し、齊藤さん夫婦は僕をどこにも連れていってはくれなかったし、遊びに出かけるような友達も彼女もいなかった。
あぁ…… 嫌なことを思い出した…… 足立に泉谷。それに僕をフッたあのクソビッチ……思い出すな僕。
つまり僕は『駅はこっちだ』と言われたら『あぁそうですか』と言って着いていくしかないのだ。
「ついたぞ」
「ここが駅ですか……」
思った以上に荒んでいた。
ホームの石の地面はひび割れ、そこから雑草が生えており、線路は一本のみ…… そして少年……
「よう、ケー太郎。いっちょ頼むわ。ほれ、ヨーカンじゃ」
「おっ悪いな」
『ケー太郎』と呼ばれたその少年は片目を髪で隠し、この季節に半袖半ズボンで下駄を履いていた。
目は腫れぼったく、唇を尖らした顔がなんだか憎らしい。おそらく知能指数は低いだろう。
「管理人さん…… この子は?」
「ケー太郎だ。コイツが篭目村まで汽車でつれてってくれる」
「えっ!? この子が!?」
「えっ? じゃねぇよこのウスラトンカチ。文句あんのかや?」
「えぇっ!?」
この子供が運転士……そしてこの口の悪さ…… 思わず馬鹿みたいに二度ビックリしてしまった……不覚。
「ケー太郎は一流の運転士だ。心配すんな」
「そうだ、俺は完璧なんだぞ……モグモグモグ……」
ケー太郎は管理人さんに貰ったヨーカンを切らずに一本丸かじりしていた。
やはり知能指数は低い。
「でも……」
「『でも……』じゃねぇや。心配すんなクサレハゲチャビン!」
「おぅ! 汽車が来たぞ」
汽車…… 列車でなく汽車がポッポウと汽笛をならし、ホームに停まった。
(汽車…… まだ現役なんだなぁ……知らなかった)
「よしいくぞ」
「はい」
僕は(あれ?ここまでは誰が運転したんだ?まぁいいか。自動運転システムとかなんかあるんだろう)……などと考えながら乗車した。