十
僕は堕ちていくときはあっという間に堕ちていく人間だったらしい。
◇教室で……
「勉強とは暗記です。答えを覚えるか答えを導き出す方法を覚えるかどちらかしかありません」
「せんせーそれじゃあわかりませーん!」
「わかってよ……仕方ない。乗り掛かった船……徹底的に教えるよ」
◇音楽の授業で……
「海先生って歌が下手だねー」
「そんなことはないよ」
「いや、全部『ボエー』に聴こえるでヤンス……」
◇不登校の生徒の家で……
「先生! 僕だけかけ算が出来ないなんて恥ずかしいんだ! 学校になんて行きたくないよぉ!」
「そんなこと言うなよ! 世の中勉強だけじゃないぞー! 学校へおいで!」
「いや……それを海が言う?」
「僕がいうから意味があるんです」
「あそ」
◇
スーパーハイパーで……
「ほれ好きなだけ持ってけ」
「なんですかコレは?」
「生活用品。足りないだろ?やるよ」
「なんで急に?」
「お前が教師やってから家のガキが指をしゃぶらなくなった。学校にいくようになって寂しくなくなったんだろうな。気に入ったからやる」
「ありがとうございます……」
◇龍球で……
「海! 黒糖焼酎!」
「へい! 喜んでぇ!」
「海! なんかツマミ作れや!」
「それ以上太ってどうすんすか? 今日は早くかえって不細工な嫁さんのケツでも撫でてやりなさいよ!」
「かぁ〜〜! 海も言うようになったなぁ! わかったよ。帰る!」
「あーざーす! まーた! おこしくだーさせー! あっ! やまさん! いらーさせー!」
◇海がカスタマイズしたトイレで……
「ボットン便所にもすっかりなれたなぁ……次は……10巻……ラジオを設置し本棚まで手作りして……かぐやさんにまた漫画を借りにいかなきゃなぁ……ふぅ……スッキリした……あれ? 紙がない……まぁいいか」
◇
部屋で……
「なぜユキは当たり前のように『俺』の部屋に泊まってゆくのだろう? まぁいいさ……湯たんぽ抱いて眠るユキは可愛いし」
この頃には『僕』は『俺』になっていた。
◇
広間で……
「最近楽しそうじゃな?」
「そっすね」
「変わったな」
「まぁ思春期ってそんなもんスよ。おかわりいいっすか?」
「おう。たんと食え」
「一日働きずめだから腹減るんすよね。あ……でもあんま食い過ぎると脇腹痛くなるから……」
「今日も朝からかぐやとジョギングか?」
「はい。やってみると楽しいですね。筋肉もついてきたし、スタミナもついた。ウインドブレーカーもハイパーで貰ったし……あとは髪を切れってかぐやさんに命令されてるんですよ。命令ですよ? なんで上下関係が出来上がってるかなぁ……意味わかんねぇ」
「海! 早くいくよ!」
「待ってて! じゃあいってき……何をニヤニヤしてるんですか?」
「なんでもない……早くいってきな」
「ふーん……まぁいいや! いってきます!!」
……そんなこんなで俺はすっかり篭目村色に染まってしまった。
悪い気分じゃないけどね。
教え子の中学生に告白されたり、小学生にカルタで負けて猛特訓したり(もちろんトイレで)無免許なのにトラックで配達させられたり……働いて、運動して、遊んで飯食って、寝て起きて……俺は遅れてきた青春を満喫していた。
◇学校の帰り道……
「ユキ……今日の宿題はな。『小さな春を見つける』だ。わかったかい?」
「ん……ユキやこんこー♪」
ユキは音楽の授業で教えたこの歌が大好きだった。
「雪やこんこー♪じゃなくて……春を見つけるんだぞ?」
「春になったらユキはここにいられないもん」
「はい?」
「ユキやこんこー♪」
(何をいってるんだ?)
この時の俺は悲しいほどになにもわかっちゃいなかった。
ユキと……篭目村のみんなと突然お別れすることなんて考えてもいなかったんだ。