キズの繋がり
玻紅璃はゆっくりと,柔らかなベッドでまどろんでいた。自分の黒い力とはいえ,生死に関わるだけに強い力が必要である。人数はこの間より1人しか増えていないが,その1人が多かった。1度死に落とし,それから蘇らせるので,消耗は激しい。それを満たしてくれた掠夜は,今はいない。オーケストラとの練習があるからだ。
玻紅璃は家に帰ることも出来たが,醒のワイシャツを着ていることもあり,親に会わずにして家に帰る方法,すなわち夜中に帰ることを選んだ。それまで掠夜の館でゆっくりしていることにしたのだ。
ふと,掠夜のことを気付かせてくれたあの印があったところを見る。もうすでに消えてはいるが,あれを見たときの怖さは言い表せない。約束を交わした相手でもないが,いなくなってしまうのは嫌だ。
(掠夜がいなくなるなんて,心底嫌よ。)
鎖骨の左下をなぞる。ちょうどそこは,都が掠夜を刺したあたりであった。赤黒いしみも,血が出ている現れだったのだ。
自分が都に嫉妬せずにいたら,気付いたのかもしれない。
自分の勘はそれだけ自信を持っている。ちゃんと勘が働いていれば,誰も殺されることはなく,そのまま都を落とすだけで済んだのだ。今更言っても仕方のないことだが,自分の落ち度は覚えていた方がいい。
2度と繰り返さないために。
夜になり,掠夜が帰ってきた。
その頃には起き上がって動けるようになり,玻紅璃は珍しく料理を作って待っていた。それを知らない掠夜は玻紅璃が寝室にいないのを不審に思い,鼻をかすめた匂いに誘われてキッチンまで歩いてきた。料理を温め直している玻紅璃を見て微笑む。だが,ある1点に気付いた。ようやく気付いたと言うべきなのかもしれない。玻紅璃がワイシャツを着ていることに。そして,そのワイシャツはどうにも大きく,そして掠夜自身の物ではないことに。
『玻紅璃?』
声を掛けると,振り返った彼女は軽く笑んだ。
『お帰り。元気が出たから,ご飯作ってたの。勝手に食材使っちゃってごめんね。』
『そうじゃなくて。』
不思議そうに首をかしげる玻紅璃をうしろから抱きしめる。
『ど,どうしたの!?』
強く聞かれ,そこでハタと掠夜は止まった。
(俺が言う資格もないか…?)
『掠夜?』
返事をしない彼を不思議に思って見上げると,なにやら考え込んでいる表情であった。それがまた様になっている。そんな表情が一転して,見透かすような,涼しげな微笑に変わった。ただ,それには圧迫するようなものが感じられる。
『俺のものにしたいね。』
その声が,背筋を凍らせる。
玻紅璃の頭の中では赤信号が点滅していたが,抱きつかれていることもあり,身動きが取れなかった。
『私を食べる…?』
肉体関係ではなく,文字通りだ。掠夜の力を知っているだけに,戦慄が走る。自分の能力は,当然他人にしか出来ない。つまり,自分が殺されればそこでおしまいなのだ。
『それは惜しいんだよね。』
言っておきながら自己完結し始める彼をなんとかしたいが,身長差もあって何も出来ない。玻紅璃はもどかしい思いをしつつ,表情を読み取ろうとしていた。ただ,相変わらず彼の表情は読みにくい。それがまた魅力的なのだが。
『俺たちって何だろうね?』
初めて聞かれたこの質問には目を見開く玻紅璃。むしろ暗黙の了解で,聞かないことにしていたことである。2人は恋人なのかと言われれば,そうなのかもしれないが,そうだと言える自信もない。だからといって,友達ともまた違う。もちろん,上下関係もない。よく言う友達以上恋人未満なのかと思う節もあるが,でも決定付けるものは何もない。
『私だって聞きたいけど?』
『俺は玻紅璃を手放したくないね。』
自信満々に…思えば掠夜は自信のない言い方をしない…ハッキリと言った。
『掠夜?』
『ところで,このワイシャツは誰のだ?』
玻紅璃はギクリとして顔を元に戻す。
『分かりやすい態度だよ,玻紅璃。』
いつもこうである。
『醒さんのです。』
掠夜は意外な顔をしつつ,抱きついていた腕を放して,今度は抱き上げた。
『掠夜!?』
『今のうちに,今日は外泊だって伝えとけ。』
あまりに横暴な態度ではあるが,それを止める手立てはなかった。