Scar
玻紅璃はカーテンの隙間からこぼれる光を感じてゆっくりと目を開けた。
見知らぬ天井と壁に少しだけ驚くが,なんてことはない。あのあと醒とワインを飲み交わし,そのまま泊まらせて貰ったのだ。アルコールが入った状態で眠っただけに,ふわりとする浮遊感を感じつつ,隣にある温かさに微笑む。心地よい瞬間でもあった。
貸してもらったワイシャツをパジャマ代わりにし,ゆっくり眠らせてもらったのだが,もう日は高そうだ。身体を起こそうと思い,頭を上げたときに気付いた。昨夜…すでに日は明けていたから深夜と言うべきだが…醒に腕枕をしてもらったままであった。その優しさに感謝しつつ起き上がり,バックから携帯電話を取り出して見る。着信はゼロ。まったくの無反応。
いったいどうしたことだろうか。
こんなことは今までなかった。
嫌な予感が全身を走るが,それを無理にでも押し出す。
(私がそう思う権利はないもの。)
玻紅璃がため息をつくと,隣がもそもそと動き出した。
『起こしちゃいましたか?』
慌てて見ると,醒はまばたきしていた。
『いや,そんなことないよ。』
醒もゆっくり起き上がり,そのまま玻紅璃の額にキスを送った。
『おはよう。』
その姿はあまりに自然である。ハタから見れば,映画のワンシーンのよう。だが,主演女優にあたる玻紅璃は慣れていないので照れるばかりだ。あまりのことにびっくりして固まってしまった,赤い顔の彼女を見て,醒は笑い出した。
『まったく可愛いい反応するもんだな。そこまで初心じゃないだろ。』
初心じゃなくても,恋人でもなくても,渋い素敵な男性からされれば誰だって照れるであろう。
『え,あ,だって…。えっと。おはようございます。』
顔を真っ赤にしながら言う玻紅璃の頭を撫で,ベッドから降りてクローゼットを開けた醒はバスタオルを出して彼女に投げる。
『シャワー浴びてきな。』
『あ,はい。ありがとうございます。』
玻紅璃もベッドから降り,教えてもらったバスルームに行く。それを見送り,醒は携帯電話を取り出してかけてみた。
『何で出ねーんだよ。』
悪態をつくとほぼ同時に,荒々しくドアが開けられた。
『醒さん,どうしよう!掠夜が…!!』
醒のワイシャツを羽織っただけの姿で入ってきた玻紅璃の顔は,真っ青であった。醒の顔も自然と険しくなる。
『着替えろ。掠夜ん家に行くぞ。』
『え?』
当たり前のように返され,動きが止まる。
『掠夜に何か起きたんだろ。携帯電話にも出ないからな。行って確かめた方が良い。早くしろ。』
玻紅璃に背を向けて自分も着替え,車のキーを取り出した。玻紅璃は着替えるのも億劫で,醒のワイシャツのまま,ジーンズを履いただけで醒のあとに続いた。
醒の車は意外にも日本車であった。だが,今は不思議に思う時間はなく,慌てて乗り込む。醒は普段しないような荒々しさでスタートさせた。
『何があった?』
普段聞いたことのない険しい声。玻紅璃の表情だけでも事の深刻さが伝わったのだろう。
『掠夜の身に何か起きたんです。』
醒は眉を顰める。
『それはわかる。だが,どういうことなんだ?』
『内緒にしていたんですけど。掠夜を生き返らせたとき,お互いの身に何かが起きれば反応が出るようにしたんです。
それが,これです。』
ワイシャツの襟をぐっと下げ,鎖骨の左下を見せる。
そこには赤い線が5センチほどついていた。
切られたわけではないが,その赤さが,毒々しい。
『それが目印か。何が起きたって言うんだよ?』
攻めているような口調に,玻紅璃は思わず泣きそうになる。
『何がって言うのは分かりません。でもきっと,悪いことです。』
『最悪だな。3人にも連絡しておけ。』
そう返し,さらにスピードを上げた。