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Takt  作者: 快流緋水
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黒い靄

 ホテルから帰ってきたのは夕方。

 仕事がある日ならまず見られないような夕日をバックに玄関に入ると,薄暗く黒い靄がかかっていることに気付いた。俺は思わずニヤリと笑みを漏らす。

 都の力が溢れてきているからだ。使い慣れれば隠すことが出来るが,力を付けた頃には制御が出来ない。だからこうして黒い靄が出ているのだ。

 そのことに気付き,都本人がどう思っているかどうかと思って笑みがこぼれた。

『都。』

大きくない声で呼ぶが,この響きの良いエントランスによって大きくなった。それは部屋にいた都の耳にも届き,慌てた足取りで来て,2階のピアノの横から顔を覗かせた。

その顔は青ざめている。

『お,お帰りなさいませ。』

『どうした?』

挨拶に返事をせず,嫌味を込めた口調で聞いた。どうせ答えられないと思っていたが,意外にも都は階段を駆け下り,抱き着いて来た。予想外のことに面食らうが,その表情を一瞬にしてかき消し,冷たく笑う。

 うざい。

『こういう事は恋人にしておけ。』

拒絶するような声で言うと,都は尚更俺の胸にすがってきた。

『怖かったんです。』

この屋敷が?力を持っていれば,ここは怖いはずがない。むしろ心地良いはずだ。

『何が?』

都は顔を上げて俺を見つめた。


 ホテルから帰り,自分のベッドに倒れこむ。スイートルームとのベッドの差にむなしくなるが,やはり落ち着く。くるりと仰向けになり,身体を伸ばす。

 掠夜と久々に過ごしたからか,なんとなく充実感が満たされていた。

『変な関係。』

ポツリと呟いた。


 1週間経ち,玻紅璃は久々に玲と葵の2人とバーで会うことにした。

 侑の留学祝いの打ち合わせのために集まったのだが,やはり始めは力について話してしまう。

『ずっと見ていたって事ですか?』

玲が話した,呼び止めてきた女性について,葵は驚いた声を発した。玲はそのときがよほど嫌だったのか,ムッツリと不機嫌そうにしながらマティーニを飲み干した。

『気分良かったのに,その人のせいで台無しよ。』

『でも,結局は玲さんに言い返せなかったからいいじゃないですか。』

『玻紅璃,甘いわよ。』

ポンと玻紅璃の肩を叩いて首を振る。

『最後の最後に茶々を入れられると腹立たしいわよ。』

『それに,見られたことに気付かなかったのが1番嫌なんでしょう?』

葵がさらりと嫌なことを言った。いい所のお坊ちゃまのような雰囲気でありながらグサリと言う葵に玻紅璃はハラハラした。だが,意外にも葵は怒らずため息を付くだけであった。

『なんで私の気持ちが分かるかな,葵は。』

拗ねたように言うと,葵は小さく笑った。

『やっぱりお似合いだなぁ。』

玻紅璃が呟くと,2人して首を振った。

『それを言うなら,掠夜と玻紅璃でしょ。』

『前から言っているけれど,付き合っていませんよ〜。』

『でも,怪しい関係ですよ。』

『ん〜そうかもしれませんけど。って,今日はそれで集まったんじゃないですよ。』

玻紅璃は慌てて話題を変える。

『侑君の留学祝いのことですよ〜。』

『ああ,でもその前に。』

葵が遮った。珍しいこともあるものだと女性2人は首を傾げて見る。

『綾子さんのことなんですけど。』

『綾子?』

玲は記憶を探るように目を泳がせ,記憶に引っかからず肩をすくめた。

『誰だか分からないけど。』

あっさりと忘れている玲に苦笑しつつ,玻紅璃はあの出来事を話す。それで思い出したようで,玲はつまらなそうにシェリーに口を付けた。

『ああ,邪魔して来た人ね。そんな名前だったのね。で,その人がどうかして?』

『一応関係者ってことでお見舞いしに行ったんですけど,その時に……。』

 病室に入るときにぶつかった女性,そして部屋に残っていた黒い靄のことを話した。顔を見ていないことと,一瞬のことであることに信じがたいことだが,玲と玻紅璃は葵を知っている。無視は出来ない出来事だ。だが,一瞬のことだけに相手を特定することは出来ない。

『玲さんのもそうですけれど,葵さんのも誰なのかが分からないから手を出せませんよね。』

『まぁ,そうなるわね。』

『もっと見ておけば良かったです。』

あからさまに落ち込む葵を見て,玲は優しく肩を撫でた。

『気にしないの。何かあれば綾子って人みたいにちょっかい出してくるわよ。その時に見極めればいいわ。』

この中での年長者として,玲はきっぱりと結論出した。悩んでも仕方ないのは分かりきった事なのだ。

 その後ようやく留学祝いの打ち合わせをし,その日は解散となった。


 都の寝顔を見て,掠夜は落ち着かない気持ちになった。抱きつかれ,そのまま眠った都を部屋まで運んだのだが,なにかざわめいている。適当にあしらってきた相手だが,都の力が出てきてからはなんとなく気にかかっているのだ。

 もちろん,黒い力が引き寄せる事なのだが,それとはまた何かが違っているようだ。ただ,何が違うのかが分からない。玻紅璃のように力を取られるわけでもなく,探られるわけでもない。何もされていない。 しかも,まだまだ都の力は掠夜にとって赤ちゃんみたいなものだ。ただ,何かがおかしい。

 つい数時間前には玻紅璃といたのに,それが霞んでいくようであった。


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