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Takt  作者: 快流緋水
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揺らぎ

 玲がいつものようにヴァイオリンで心を引き出し,ビルから落として帰るときであった。ビルから駅に向かう途中,女性に声をかけられたのだ。

『どうしてですか?』

知り合いでもないのにそういう問いかけはおかしい。玲は無視することに決めた。

 だが,女性は続けた。

『間違えた物を点滴してしまっただけです。間違えなんて誰にでもあるでしょう。』

玲の顔が険しくなる。確かに今落としてきた人は看護師で,医療ミスを告白していた。あの場には誰もいなかった。音で結界を張り,誰ひとり,虫1匹すら入れていない。

 なぜそれを知っているのだろうか?

 熱帯夜なのにも関わらず寒気がする。ここは去るべきだ。無視して歩き続けると,女性は走って先回りしてきた。

『人殺しですね,あなたは。』

してきたことはそうだが,人に言われるのには苛立つ。それに,玲には玲の思惑があってそうしたのだ。あそこで落としていなければ罪の呵責に苛まれてあの女性は生きていけなかっただろう。だからこそ落としたのだ。

『なんだか分からないけれど,知らない人に対して失礼でしてよ。』

『失礼って,あなたがあの人を落としたんでしょう。』

なぜこんなことを言うのだろうか。

『なぜそう言い切るんですの?』

相手の顔をハッキリと見たいが,暗い夜道では前に来ていてもうっすらとしか分からない。言われていることにも,そのことにも苛立ちが募る。

『だって,私に話してくれたんですもの。』

玲の思考に引っかかった。死者が話すわけはない。意識が残っていたとしても,自殺したと思い込むようにヴァイオリンを弾いていた。

 なぜ?

 それは。

 玲はニヤリと笑む。

『あなたも持っているのね。』

女性が身を竦めたのがよく分かった。そして,先程の勢いとは逆に萎縮してきていることにも。

『覚悟がないのに使うんじゃないわよ。』

バサリと切り捨てるように言い,愕然とする女性を置いて駅に向かった。


ついいつもの癖で掠夜の家に足が向いたが,都がいることを思い出して醒の家に向かった。

 都心から少しだけ外れいてるが,交通の便の良い地に建っているビルの最上階に醒の家はある。一人暮らしにしては部屋数が多いが,誰かが来たときには便利である。

『いつ来ても眺めがいいわよねぇ。』

『だからって,俺の家にたかろうとするな。』

ワイングラスを手に,くるりと振り返る玲。

『こんな所を独り占めするなんてずるいじゃない。』

醒は脱力したようなため息をする。

『だったらそういう奴と結婚しとけ。で,どうしたんだ?』

『あら,ばれた?』

玲はカラッとしているが,醒は誤魔化されなかったようだ。

『お前とは付き合い長いしな。』

『そうよね。ね,死んだ人と話すことって出来る?』

想像していたよりもくだらない内容だと思ったのだろう。醒は一気につまらなそうな顔つきになった。

『出来るわけないだろ。』

『でも,聞いてくれない?』

これはもう,聞け,という命令だ。醒はしぶしぶ静かに拝聴することとなった。

 ここの来る前の出来事は確かに耳を傾けるべきことであった。醒のつまらなそうな顔つきは消え,鋭い目で見ていた。

『死んだ奴の気持ちを読み取る能力か。』

『そ。彼女はその力を持っていたわね。』

明らかにそれは人間の持つ力ではない。

 もっと私たちに近い力だ。

 黒い力。

『でも,持っていて良いとは思っていないようよ。』

『そりゃ覚悟なしに使って中途半端に接触してくるくらいだからな。』

『そうそう。けど,誰なのか気にならない?』

玲は醒のグラスに白ワインを注ぎ足し,自分にも注ぎ足して乾杯の仕草をしてみた。醒も同じようにしたが,最後までせず肩をすくめて見せた。

『最終的に使いこなせない奴はいらんからな。』

言われた玲は怒ったように眉間にしわを寄せた。

『しわが増えるぞ。』

『そうさせているのは誰よ。ねー,誰か探して〜。』

醒は首を振り,白ワインを飲み干した。

『俺は興味ないね。俺にも近づいてきたら考えておくが。ま,聞かれて萎縮するような奴はもう何もしないだろうな。』

『あっそぅ。是非狙われて欲しいわね。』

『お前な。』

醒の剣呑な視線から逃れ,玲はバッグを持って立ち上がった。

『帰るわ。あ,そうそう。侑の留学祝いをここでするから。いいでしょ?』

『お祝い?』

『学校の留学枠に入れたんだって侑が言っていたのよ。9月に出発らしいから,それまでにどうかと思って。お祝いって言っても,送別会に近いわね。』

『それで,ここでするのか?』

さも当たり前と言うようにうなずくと,醒は頭をかいて夜景に目を向けた。

『店を使うわけにもいかないか。いいけど,コンサートで忙しいから日程を早く教えろよ。』

『日程はもう決まっているわよ。』

事がとんとん拍子に進んでにっこりする玲。

『その日は空いているはずだもの。』

予定していた日にちを聞けば,確かにコンサート前の貴重なオフの日であった。

『当日は玻紅璃が来て,料理を作ってくれるんだって。よろしくね。』

それは,既に来る気満々であったことの証拠だ。醒はなにも言えず,軽くため息をついた。

『何がよろしくだ。』

『あら,いいじゃない。』

『はいはい。気をつけて帰れよ。』

『はぁ〜い。』

玲は来たときとは打って変わって,あっさりと帰宅した。


 掠夜が家に帰ると,都は出迎えず,ピアノを弾いていた。

弾いていたと言っても,1本指で適当に鍵盤を押しているだけだが。

『どうした?』

今までピアノに触れようともしていなかったので,不思議に思って声をかける。ハッと顔を上げた都の顔は少し青ざめていた。

『あ,お帰りなさいませ。』

いつものように挨拶するが,掠夜は何か引っかかっていた。

 黒い靄?

 力を使ったのか?

『あの?』

『ああ,悪い。ピアノを弾いているのを珍しいと思って。』

都だけに向ける,子どもをあやすような笑顔になると,都もホッとしたように微笑んだ。それがなんとなくぎこちない。掠夜は都を見通すようにじっと見たが,それ以上は何も把握できなかった。

『響くのが素敵だと思って。あの,ご飯をお召し上がりになりますか?』

『いや,食べてきた。』

『そうですか。』

『そうだ,明日は帰らないから。』

『え!?』

急に不安になったのか,都は自分を抱くように手を回した。

『帰ってこないんですか……。じゃあ,玻紅璃さんはいらっしゃいますか?』

掠夜は口の端を片方上げ,妖艶な笑みを浮かべる。

『明日は玻紅璃との約束だから無理だな。』

都は明らかに落ち込んだようにうつむいた。

『そうですか。あの,気になっていたんですけれど,おふたりってどんなご関係なんですか?』

『さぁね。』

何かを匂わせるような,魅惑的な言い方。

 掠夜はそれだけ言い,都を残して部屋に行った。

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