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Takt  作者: 快流緋水
3/42

Voice

とあるコンサート会場を出て,俺はある人に声を掛けられた。その人はすらりと背の高い,綺麗な女性であった。

「今日のコンサート,とっても良かったです。独唱の時なんか涙が思わず出てしまったくらい。」

そう言う女性のアイメイクはまったく崩れていなかった。だが,それに気付いていない振りをして微笑んだ。

「それはありがとうございます。」

「あの,よろしかったらご一緒に食事でもいかがですか?」

思わぬ誘いに驚きつつ,チラリと相手の薬指を見る。その視線に気付いたのか,彼女はサッと隠した。

「あの……。」

「失礼。あらぬ疑いをかけられたら,と心配しただけですよ。構わないのですか?」

「ええ。」

あまりにもきっぱりと言うので苦笑しそうになったが,俺は決めた。

 ある事を。

 思いついた自分に思わずニヤリと笑んでしまいそうになるが,軽く柔らかな笑みを作って見せる。

「じゃあご一緒いたしましょう。」

エスコートするように彼女を促し,近くのホテルへ入った。

 有名なホテルだけあって,味は格別であった。彼女との話もよく,ワインも結構進んでいた。

 会計はあっさり彼女がして,俺はホテルを出るときに頭を下げた。

「ごちそうさまでした。」

「いいえ。あの,お時間は?」

「まだ平気ですが。」

「じゃあ,家にいらして下さいな。」

プライベートなら困った表情を浮かべるのだろう。だが,このときの俺は女性には分からないようにクスリと笑み,女性にはやわらかく微笑んで見せた。

 タクシーで20分ほどで着いた彼女の家はやはり大きかった。警備も万全な様子を窺える家である。いわゆる,裕福な家庭というものを容易に想像出来る家だ。

 普段は家政婦でもいそうだが,今この家には俺たち2人だけだ。彼女自らコーヒーを運んでくれた。

「美味しいです。」

「まぁ,ありがとうございます。」

「いえ,こちらこそ。お礼に短めの曲でも。」

俺はそう言うなり立ち上がり,少し離れてから歌いだした。ただし,声は出ていない。しかし,彼女の耳だけには聞こえている。その彼女は段々とうつろな瞳になり,ゆっくりと歩んでどこかへ消えた。

 しばらくするとお盆のようなものに札束を山積みにして現れた。彼女はそれをいったんテーブルに置き,俺の皮製のアタッシュケースを開けて中にあった偽札を全部取り出し,持って来た札束を綺麗に入れた。そして偽札を山積みにしたお盆のようなものを持って,先ほどと同じようにゆっくりと歩んでどこかへ消えた。

 戻ってきた彼女は何事も無かったかのようにソファーにゆっくりと座り,歌を聴きこんだ。

 そう,コレが俺の能力。歌うことでその人の意思をなくし,自由に操れるのだ。

 俺が歌い続けると彼女はまぶたを閉じ,眠り始めた。それを見取ってから歌うのを止め,彼女の横に座ってコーヒーを飲んだ。

 30分ほどしてから彼女は目を覚ました。

「やだ,お客様がいらっしゃるのに。すいませんでした。」

真っ赤に照れながら謝る彼女に手を振る。

「いえいえ。こんな時間ですし,失礼します。ゆっくりお休み下さい。」

「本当にすいません。ありがとうございましたわ。また機会があったら来て下さいね。」

旦那のいる身で大胆な誘いだが,俺は臆する事も無く頭を下げて家を出た。もちろん,偽札ではなく本物の札束をアタッシュケースに詰めたままだ。

「いい獲物だったな。」

ニヤリと笑み,薄暗い街灯の少ない住宅街を去って行った。


 数日たってからニュースで流れるようになった。現金がそっくり偽札に摩り替わっていたというニュースである。

 当然,犯人はこの俺。だが,捕まる事は決して無い。

 理由は簡単。記憶も操作したからである。俺に関する記憶を一切消したのだ。

方法はもちろん,俺の声で。

「次は誰にしようかな?」

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