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Takt  作者: 快流緋水
28/42

 都が来て1週間。掠夜の家に慣れないと思って玻紅璃は毎日少しの時間でも来ていた。別に世話を焼くわけでもないし,逆に世話に焼かれるわけでもないが,都は同性が来てくれることに安心したようでずいぶんと警戒心を解いたようである。玻紅璃は生活していく上で必要な服や日用品などを持って行き,様子を伺っていた。

 お嬢様育ちな都と話が微妙に噛み合わないときもあるが,年が近いせいか打ち解けてきてはいる。

 ただ,玻紅璃はちょっと調子を狂わされていて帰宅すると,必ずしっくりしない気持ちが広がっていた。


 醒はバーボンを口にしながら待っていた。都がいるために,いつも通り掠夜の家で集まれないので,急遽バーで落ち合うことにしたのだ。

 しばらくすると,玲と葵がいつものように一緒に来た。

『年下趣味だったのか?』

そうからかうと,露骨に嫌そうな顔をしたのは玲だ。その横で葵が慌てている。

『違うって言っているでしょー。葵にも失礼よ。』

『からかいがいがあって面白いやつだな。よ,元気か?』

玲に笑いかけ,後半では葵に向けた。

『ええ,相変わらずですよ。醒さんは今度記念講堂で演奏があるんですよね。頑張って下さい。』

『ああ,まぁな。』

玲と葵が注文をしてから醒の隣に座る。

『で,何でこんな所に集まろうって言ったわけ?』

『まぁ待てよ。侑も来たらな。』

『玻紅璃は来ないの?』

バーボンで濡れた唇を舐め,それからうなずく。

『もう知っているからな。』

『へぇ。何かあったの,彼女と?』

茶目っ気たっぷりの上目遣いに,醒はハァッと軽く息をはく。

『掠夜に怒られるぞ。』

『あら,怒られないんなら手を出したわけ?』

『玲。』

あくまでからかう玲に冷めた声で呼びかける。さすがにこれは効いた。

『はいはい,分かったわよ。もう言わないわ。あ,侑!』

ドア付近でキョロキョロと見回す彼を見つけ,手を上げて合図する。侑は慌てて3人の所まで来て,息をついた。

『遅れて悪い。』

『いいから座れよ。』

醒に促されて座り,バーテンダーに注文する。

『さ,醒。話して頂戴。』

先程のに拗ねているのか尖った声ではあったが,醒は肩をすくめて話した。

 掠夜の家に居候として都がいることと,なぜ彼女を引き入れたかと言うことを。

 

 単に家に帰りたくない女性の保護をしたくてしたわけではない。

 そんな偽善には全く縁のないメンバーだ。

 では,なぜ彼女に掠夜の家で過ごすように言ったのか。

 それはもちろん。同じ香りがしたからである。

 都自身は気づいていないようだが,微かに漂っていた。

 黒い力が。

 なお確率が高いと言えば,玻紅璃のカンである。


 話し終わると,玲は胡散臭そうな眼を醒に向けた。心境としては葵も侑も同じであろう。自分たちがいかに不思議な,闇の力を持っていたとしてもすぐには納得できない。

『本当にその子に力があるんでしょうね?』

『その見込みがあるからこそ,引き入れたんだよ。ま,本人は力をどう思うか分からんがね。』

『だけど,力がなかったらどうするんですか?』

『どうにでもなるさ。』

消す方法などいくらでもある,そう暗に語っていた。

『けど,掠夜んちでいいんすか?玻紅璃だったいるのに。』

そう言う侑に大人3人の視線が突き刺さる。

 さすがにこれには参り,慌てる。

『な,なんすか?』

『玻紅璃は掠夜の家に住んでないわよ。』

『そりゃ知っているよ。』

『じゃあ,2人が付き合っていると思っているのか?』

『え?』

侑は眼を丸くする。

『まだ付き合っていないのか?』

驚く侑の横で,葵は深くため息をついた。

『付き合っていませんよ。』

『はぁ!?』

葵はもう1度深くため息をつく。

『やっぱり付き合っているように見えますよね。前にそう思って聞いたけど違うと言われるし,そういう予定もなさそうだし。』

『あれで付き合っていないのか?』

『まぁ,やることはしているんじゃないか。』

意外とあっさりと醒は言うが,玲は微妙にしかめ面をしている。

『どうした?』

『別に他人の事情に首は突っ込まないけれど,ハッキリして貰いたいわね。』

『え?玲って掠夜のことが好きなのか?』

あまりに直球な問いかけに,玲はテーブルに突っ伏したくなった。

『あのねぇ。そんなわけないでしょ。見ていて中途半端だから苛々するだけよ。』

『お前はそういうことが多いな。』

苦笑しながら醒がいうと拗ねたように口をつぼめたが,軽く息を吐いてシェリーに口をつけた。


 掠夜は玻紅璃だけを部屋に呼んで,都の黒い力について話していた。

出てきそうなのに,閉じ込められているようで表に出ていないということを。隠しているのでは,とも思えるがそれらしき痕跡も見えない。

『もっと強いと思ったのに。勘がはずれちゃったかな。』

掠夜は玻紅璃の頭を撫で,軽くキスを贈る。

『たまにはそういうことだってあるだろ。』

『うん。ね,いつまでいさせるの?』

掠夜は首をかしげてみせる。

『すぐにでもと思ったが,もう少し様子を見たい。』

玻紅璃は一瞬顔を曇らせるが,軽くうなずいて見せた。

 それから2人は応接間に行き,都が用意してくれた酒肴に手を伸ばした。

『口に合いますか心配ですけれど。』

出してくれたのは手作りのカナッペであった。琴=和風のイメージがあるだけに,意外だ。

『悪くないな。』

口にした掠夜が評すると,都はホッとしたように微笑んだ。

『どうぞ。』

赤ワインを掠夜のグラスに注ぎ,自分は烏龍茶を口にした。それだけでもなんとなく雰囲気が出来上がっているような気がして玻紅璃は視線を逸らしたかった。

『玻紅璃さん,あの,以前私の家の前を通ったとお聞きしましたが。』

『通ったけど何か?』

都は視線をさまよわせ,迷っているような仕草をした。それが鬱陶しく感じるが,それを出さずににっこり笑って見せた。

『ご両親のことが心配なんでしょう?』

『ええ。』

『都さんのことは捜索願を出されたようです。でもご両親ともに元気そうですよ。』

たったそれだけだが都は安心したように息をついて微笑んだ。

『良かったです。すみません,厄介事に巻き込んでしまって。』

『いや,お前を入れたのは俺たちが誘ったこともあるしな。気にするな。』

『はい,ありがとうございます。』

きっとここが和室ならば三つ指ついて頭を下げただろう。そのくらい丁寧に頭を2人に下げた。

 しばらく話してから,いつもよりだいぶ早い時間に玻紅璃は腰を上げた。

『もう帰るのか?』

『うん。都さん,またね。』

都に手を振り,バッグを肩にかける。

『玄関まで送ろう。都,後片付けしといてくれ。』

『はい。』

都が立礼するのを目の端で見てから退室し,ゆっくりと玄関に向かう。

『醒たちはどうしている?』

『今日,3人に醒さんが説明してくれるって。』

『そうか。玲には文句を言われそうだな。』

『うん。』

掠夜は横を歩く玻紅璃をじっと見た。視線を感じた玻紅璃は一瞬身体を硬くさせるが,それでも歩き続けた。

『言ってごらん?』

『え?』

思ってもいない問いかけに,立ち止まって掠夜を見上げる。彼はいつものとは違う,優しい目を向けていた。

『なんだかよそよそしい気がするが。』

玻紅璃は自嘲するように,ただし他人には苦笑しているかのように笑って見せて歩き出した。

『そんなことないよ。』

サラリと言い,そのまま玄関のドアに言ってドアノブに手を伸ばす。だが,それを掠夜が止めた。

『何かあるのか?』

『何もないってば。また来るね。』

改めてドアノブに手を伸ばすと,今度は後ろから抱きしめられた。

『何もないっていう顔じゃない。本当にどうしたんだ?』

耳元で囁かれゾクッとする。さすがにこれに抵抗は出来なかった。

『どうしたってわけじゃないの。私もよく分からなくて。自分で言ったことなのにね。』

何に対して言っているのかが見えてこなく,掠夜は何も言えなかった。玻紅璃は掠夜の腕をぽんぽんと軽く叩いて離し,ドアを開けた。

『また来るわ。』

パタンと重いドアの割には軽い音を立てて閉まったドア。

 掠夜はスッキリしない面持ちでそれを見つめていた。

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