ひとしずく
都には部屋が与えられ,そこで生活がスタートした。おそらく都の両親が捜索願を出すだろうが,それをかいくぐることは容易である。
都自身も戻りたくない一心で,行動を制限していた。
掠夜が家に帰ると,都は玄関まで迎えに出てきた。やめてくれと言っても,一向にやめてくれない。結局掠夜はこれ以上言うのをやめた。
『お帰りなさいませ。』
『遅くまで起きていていいのか?』
『厄介になっているのに,先に寝てしまうなんて……。』
半ば侍女か家政婦のように暮らしている都に正直うんざりしている掠夜。
だが,そんな顔は微塵も出さずに笑って見せた。
『別にあんたは俺の奴隷じゃない。好きにしていればいいさ。』
それだけ言い,さっさと自室にこもった。
(あれは嫌なものだ。)
翌日,掠夜は都に持っている楽器を一通り紹介しながら奏でさせた。だが,琴以外はどれも不器用な音しか出ず,あまり期待を持てなさそうだ。
『綺麗に鳴らそうと思っても,結構難しいものなんですね。』
苦笑しながら言う都。
『それ相応の練習が必要だからな。』
その練習をしたくなければ,俺のタクトでしてやる。
もちろん,代償は頂くがな。
都はその日から掠夜の許可を貰って楽器を色々と鳴らしてみた。琴以外の楽器に触れたことがないだけに,どれも楽しく感じてしまう。ピアノやマリンバ,ドラムなど弾き方が色々とあるのは手が付けられなかったが,タンバリンやカスタネットなどは比較的手を付けやすかった。単にリズムをうっているだけだが,それだけでも面白みは出てくる。
『どうだ?』
急に声を掛けられ,慌てて振り返る。そこには掠夜が立っていた。
『お帰りなさいませ。』
いつもの調子で言うと,掠夜は苦笑をもらした。
『そんなに堅くならなくても良いだろう。気に入った楽器でもあったか?』
「そうですねぇ。これは他のカスタネットと違って楽しくなるのですね。』
そう言って持っているのは,フラメンコを踊るときに持っているカスタネットだ。
通常のカスタネットと違って片手打ちで,甲高い音が出る。
『古典的なお嬢様にはあまり似合わないな。』
つい本音を口にするが,彼女は気にした様子もなくにっこりと笑った。
『私もそう思いますわ。』
それがなんとなく,引っ掛かるような笑顔であった。