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Takt  作者: 快流緋水
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 目が覚めると,真っ先に目には言ったのは真紅のバラや雪のようなカスミソウであった。

 手を伸ばして触ろうと思ったが,腕に力が全く入らない。腕どころか,身体に力が入らない。力を使い過ぎたのは自覚していたが,ここまで気だるくなるとは思わなかった。

この全身から力が抜けた状態に,思わずため息が漏れる。そのあと,コンマの差で覗いてくる顔があった。掠夜だ。ひどく心配している様子で,玻紅璃の頬に手を当てた。

「起きたのか?」

「たった今だけど。」

ただそれだけを言うのも億劫。しかしたったそれだけでも,掠夜は嬉しそうに微笑んだ。

「丸1日眠っていたよ。」

そう言うなり,掠夜は玻紅璃に覆いかぶさるようにもたれた。正直に言えば重いのだがあえて言わず,そっと目を閉じた。

「久々に使いすぎちゃった。」

舌足らずのような言い方に,クスリと笑みを漏らす。笑える自分にホッとして,使い過ぎによる死を間切れたことに感謝した。

「分けて?」

そう言うと,掠夜は当たり前のように優しい口付けを贈ってくれた。


 玻紅璃が再び目覚めたときには,すっかり起き上がれるようになっていた。手を伸ばしてバラに手を触れさせる。なめらかな花弁。

「綺麗。」

「醒からのお見舞いだ。玲からは日本酒。葵と侑からは本だよ。」

そして,掠夜からは……。

「玻紅璃のお陰で助かったよ。」

「そんなことないよ。あの空気に気づいていなかったら,入って私も餌食にされていたよ。」

掠夜はくしゃりと玻紅璃の頭を撫でる。

「やっぱりドアの向こうで聞いていたんだな。」

「ばれてた?」

「気づいたのは俺だけだと思うけどな。」

玻紅璃はそれを聞き,少しだけ拗ねた。

「気配を消してたのになぁ。やっぱり掠夜の力は1番強い。」

眉を上げる掠夜。

「その俺の手から逃れたのは玻紅璃だろ。」

「まぁね。でも,昨日は掠夜に助けられたもん。ありがとうね。」

玻紅璃がにっこり笑って言うと,掠夜は微笑んで頭を撫でた。

 柔らかい雰囲気であったが,それをぶち壊す着信音。

 ♪♪♪

 その音で,玻紅璃は青褪める。

「どうした?」

「丸1日寝ていたのよね。」

「ああ。それがどうした?」

空を仰ぐ。

「無断外泊だ。怒られる〜。」

気分は,メス熊に餌を取られて頭を抱えて悶えるあのオス熊だ。

「こうなったら徹底的に無視してやれば?」

それが出来れば後悔しない。玻紅璃は恐る恐る携帯電話を手に取り,通話にする。それと共に,突っ切る怒号。玻紅璃が返事をする暇なく続けられ,それは徐々に泣きに入っていった。

 約5分こちらから言うことなく通話が続き,最後に玻紅璃が謝って電話を切ることが出来た。

「苦労するな,玻紅璃も。」

「よそから見れば,ボックス娘らしいのよ,私って。」

変な言葉が出てきて掠夜の眉がひそむ。

「ボックス娘…?」

「訳せば,箱娘。つまり,箱入り娘ってこと。前に言われたの。」

変な造語に呆れたため息が出る。

「俺にはそう見えなかったけどな。」

「私だってボックス娘の気持ちはないもの。」

そう言ってため息をつく。押し付けられた通話にほとほと疲れた様子だ。

玻紅璃は横にいる掠夜に寄りかかる。

「どうした?」

「帰る気ないからいいかなって。」

「そうか。」

恋人ではないから爆弾発言のようだが,当の本人たちはいたって普通に甘い空気に酔っていた。


 次の日の朝。さすがに玻紅璃はこれ以上の叱責&泣き言を聞きたくなかったので,おとなしく帰って行った。

 その後,掠夜は醒とともに記者をはじめとしてその編集部全員の記憶を操作した。

 そして,玲は綾子の知り合いの振りをして部屋に入り,自分たちの写真やメモを押収した。


 自分たちの自由を侵させないために。


 自分たちの役目を終え,掠夜の館に集まる。玻紅璃はさすがに出て来れず,それ以外のメンバーが集まれた。やはり一昨日の夜に殺され,生き返っただけに全員の表情がにごっている。

「玻紅璃さんがいて良かったですよ。」

誰もが心の中で思っていることを葵が口にする。綾子を仕事で知っていただけに,あの変わりように頭が追いつけなかった。

「あの子は平気なの?」

「ああ。力も分けておいたから,しばらくすれば元通りになる。」

醒はチラリとからかいの視線を向けたが,今日ばかりはこの場にそぐわないので茶化すのはやめてワインをのどに流した。

「あの女。本当にやな感じだった。会ったときも寒かったし。」

「侑もなの?」

気だるそうに頷く。

「私もそうだったわ。なんか引っ掛かるわね。この先も何か起こりそうで。」

酒盃に口をつけ,思案し始める。だが,それはすぐに自分で首を振って中断させる。

「やめた。考えるのも嫌になっちゃうわ。」

「確かに。掠夜,どうする?」

醒に問われ,質問の意味を視線で問い返す。

「この分だと,力を持つのはおれたちだけじゃないはずだ。だけど,気軽に声を掛けるわけにもいかない。探り合いのようになるかもしれないし,おれたちにそぐわないやつがまたかき乱すかもしれない。」

その場合はどうするのか。ここにいる誰もが気に掛けていた。

 掠夜がリーダーではないから方針を決めるわけではないが,誰もが掠夜の方向性を知りたがっていた。

「そうだな。」

全員の視線が集まる中考え,赤ワインを一口飲んでから全員を見回した。

「気になる奴がいれば声を掛けてもいいし,掛けなくてもいい。それは個人の判断に任せる。だが,俺たちのやり方にそぐわない場合は消すか,記憶を操るか,後腐れのないようにする。かき乱すような奴がいれば,みんなに知らせる。そっちの方が誰もがそいつと当たったときに消せるからな。これでどうかな?」

根本的には,個人に任せている。それがこのメンバーの掟みたいなものだ。

「それならよくてよ。」

それぞれが頷く。

「ただ,少し抑えた方がいいかもな。」

突然の自重自戒な意見に驚きが出る。

「もちろん,あとに残さなければ好きにすればいい。だけどこれだけ事を起こされているから,少し慎重にしておかないと玻紅璃みたいに勘のいい人に気付かれる。その点を踏まえて欲しい。」

いくらあとを消しても,見えない尻尾を見られる可能性だってあるのだ。今の自由を持続するには,抑えることも必要だ。掠夜はそれを言いたいのだ。

 本来なら年長の醒が言うようなことだが,全員が納得して頷いた。

 力を抑えることもまた,その人の実力。

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