表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Takt  作者: 快流緋水
22/42

Hand

 ドアを開いた女性を知っていたのは3人。そして,名前まで知っているのは葵,1人のみであった。

「綾子さん!?」

私は驚いた声を発した葵に笑みを向ける。

「こんばんは。」

「何でここに…?」

「ええ,ちょっと。それから,醒さん,先程はどうも。」

柔らかく会釈してみせると,醒は探るような視線を向けた。

「どうぞこちらに。お客様を立たせたままでは申し訳ありませんから。」

掠夜が空いているソファーに誘う。誘導されながらも,私は置時計や燭台など興味があるように装って触っていった。

 私はこの人と初めて会った。テレビや雑誌では見かけるが,実際に会うのは初めて。このメンバーの中にいるということは,彼もそうなのかしら。位置関係から見て,彼がナンバーワン,つまりトップに立つものと考えられる。でも,こんなに近いのにもかかわらず黒い感じがしない。

「ありがとうございますわ。」

営業用の笑顔を向けてお礼を言うと,掠夜は軽く微笑んだ。それがどことなく冷たい。それなのに感じない。

 不思議そうに見上げる私に掠夜はグラスを渡してくれた。

「何がお好みですか?」

「好みを聞いてくださるなんて,お優しいんですね。でしたら白ワインを頂きたいですわ。」

希望通りに白ワインを注ぎ,またソファーに着く。その姿が優雅に見えた。

 欲しい。

 単純に私はそう思った。力関係なく,欲しくなった。

 だが,まずは見破った人が欲しい。

「私は綾子と申します。インターホンがなかったものですから,勝手に上がってしまってすいません。」

「ドアノッカーに気づきませんでしたか?」

私は目を見張って掠夜を見る。

「気づかなかったです。それをすれば良かったんですね。」

だけど,本当は気づいていた。それを無視して無理やり入ったのだ。

「あんた,何しに来たんだ?」

侑が単刀直入に聞く。ひどく警戒しているわね。無理もないわ。大学のカフェで声を掛けていたからね。その人がこうして現れるとは思わないもの。

 私はくすっと笑みを漏らす。

「取って食べようなんて思ってないから,安心して下さい。私はただ,あなたたちの力が欲しいだけ。」

「あら,音楽の才能をどうやって渡せというのかしら。」

高飛車に,たっぷりと嫌味を持って玲が言う。

 癪に障るいい方ね。

「そうじゃなくてよ。黒い力を持っているでしょう。」

確信を得た言い方に,4人は少しだけ硬直する。騙そうと思えば騙せたはずだが,そこまで気が回らなかった。彼女から冷たさを感じ取っていたからだ。

 だが,硬直しない者もいた。掠夜だ。掠夜は不思議そうな表情を浮かべ,首をかしげる。

「黒い力って,なんですか?」

私は眉をひそめる。本当に何にも知らない様子が広がっていて,上手く言い返せない。

 それを見取ったのかどうかは分からないが,掠夜はまわりに説明を求める視線を向けた。だが,誰も言わなかった。

 正確に言えば,言えなかった,である。

 私の力で身動きを封じられたからね。

 ふふっと鼻で笑い,優越心を持って5人の顔を見回した。

「アートホールではお世話になったわ,葵さんと醒さん。」

返答しようにも出来ない姿を見て,また笑みを漏らす。

「声にならない声で歌っていたでしょう。それを利用させてもらったわ。」

醒は視線をそらす。

 確かに醒は歌っていた。綾子のやり方が気に食わず,動けなくしようと思って歌っていた。だが,それを逆手に取られてしまったのだ。

 私は置く位置を変えただけで,逆手に取ったのだ。

 舌打ちしようにも出来ない。もどかしさが醒の身体を駆け巡る。

「私の力は,物の位置と音楽によって作用するのよ。死にたくないのなら,私の下に入りなさい。」

侮蔑の視線をぶつけてくる4人。でも,ここでも掠夜だけが無関心にいた。

 おかしいわね。彼は何を考えているのかしら。

 私は不思議に思いながらも,置時計を少しだけずらす。すると,4人がほっとしたように息を吐いた。だが,身体はまだ動けない。話すことしか許されていない状態だ。

「貴女の下に入る?嫌だわ。絶対にね。」

「あら。貴女が落とすはずだった獲物を横取りしたのがそんなに嫌だったの?」

蔑んで言うと,玲の顔がカッと赤くなった。

「貴女だったのね…!」

「ええ。何か文句でも?貴女の力を見たかったから,あそこに行っただけよ。でも,途中で逃げちゃうんですもの。獲物が中途半端でかわいそうだから,代わりに押してあげただけじゃない。」

悪びれた様子は全くない。

「過ぎた事はどうでもよくてよ。さ,死ぬか私の下につくか決めて頂戴。」

「誰がつくか!」

侑が怒りの声を上げる。その瞬間,虚空を見つめる羽目になった。

 私が撃ったのだ。彼の額を。

 サイレンサーを通して放たれた弾丸を受けた彼は崩れ落ちる。それを間近で見てしまった葵の顔が引きつる。

 力を持っているくせに,他人の生気を奪っているくせに,弱いのね。

「綾子さん…!!」

搾り出すような声を掛けられたが,無視。こんなことで動揺しちゃ,黒い力を保持していられないわ。

「さぁ,貴方たちはどうするの?」

「あんたの目的は何だ?」

醒が静かに問う。侑の死を悼むわけでもなく,ただ,彼女の動向を気にしていた。

「私の目的?楽しければよくてよ。気に入らない人を排除したり,貴重なものや良いものを持っていたいの。そういう点は貴方たちとたいして変わらないと思うけど?」

「だったらてめぇ1人でやってりゃいいだろ。」

「今のままじゃ物足りないのよ。貴方たちを使いたいの。」

文字通り,使役したいのだ。私の力を使えば,彼らを意のままに操れる。もっともっと,自分のしたいように出来る。

 だから欲しい。

 醒はため息をつく。

「俺はあんたの下になんかつかねーよ。」

やぁね,まったく。

 でも,彼の能力は魅力よ。もう少し様子を見なきゃ。

 自分自身を静め,葵に目を向ける。彼は侑が死んだ事によって,殺された事によって,ひどく青褪めている。私を見上げる視線も震えるように怯えている。

「葵さん,貴方はどうかしら?私の下に付いた方が楽よ?」

「なぜ侑を?」

あーあ,要らない人間にそこまでこだわらないで欲しいわ。分からないの?反抗的な人がいても,役に立たないもの。

 いいわ。葵の腕は惜しいけど,いらない。

 私は引き金を引いた。ほとばしる弾丸が彼の胸を貫く。

 あ,ちょっと血が飛び出ちゃったわね。アンティークもののいいソファーなのにもったいないことをしちゃったわ。

「私は本当に殺すからね。死にたくないでしょ?私の下につくとおっしゃい。」

威圧的な声をさせるが,醒も玲もきつく,鋭く睨み返す事しかしてこなかった。

 良いものを持っているくせに,選択は間違えるのね。

 なりふり構わず引き金を引く。それも,空になるまで。

 4人がソファーに身を沈め,血を流す。

「おりこうさんなのは貴方?」

あまり視線を向けていなかった掠夜は普通に見返していた。人が死ぬ様をまざまざと見ているはずなのに,動揺してなかった。慌てる事もなく,ただ私を見ていた。

「貴方の下には今誰がついているんですか?」

静かな声で聞かれ,私は一瞬彼を見つめてしまった。ここまで正常にいられるのが不思議で仕方がない。

 もしかしたら,1番使える人なのかもしれない。

 私はニヤリと笑み,掠夜が注いでくれた白ワインに口をつけた。のどを通ると,甘い香りが広がった。

「誰でもいいじゃない。」

「質問を変えます。誰が貴方の上についているんですか?」

眉をひそめる。どういうつもりで聞いているのかしら?

「そんなこと,どうでもよくてよ。さ,貴方はどうするの?」

「でも,俺は黒い力なんて持っていませんよ。何ですか,それって?」

「そうかしら?人が殺されるのを平然と見て,普通にしていられる人なんてそうそういないわ。持っているんでしょ?」

ここまで平気でいられるのなら,持っているはず。そう確信していた。

「本当の事を言ってちょうだい?」

甘えるような声で問われ,ここで初めて掠夜がふわりと醸し出した。見えない黒い風を。

「甘いな。」

掠夜の両手が振るわれる。

 私は見惚れてしまった。それと同時に,身体の自由がきかなくなった。

 そんな私の耳に流れ込んできた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ