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Takt  作者: 快流緋水
19/42

Chain

 コンサート後の打ち上げに出て,呆れ返ってしまった。人にではなく,自分に。

 前々から睨んでいた人がいる。

 彼がいる。

 私はコントラバス奏者と話している彼を遠くからじっと見つめた。あのとき,困り果てるまで聞かれてうんざりしていた表情とはまったく違う,達成感が滲み出た晴れ晴れとした表情が眩しく感じる。

 だが,私はこのとき気づいていなかった。彼が疲れきっていたことを。同時に,彼も私に気づかなかった。

 私は何気ない様子を装って声を掛けた。

「お疲れ様でした。あのときはありがとうございました。」

そう切り出されて一瞬目を丸くしたが,すぐに思い出して苦笑をもらした。

「いいえ,どういたしまして。ここのスタッフだったんですね。」

「ええ。急にこっちへ部署を変えられてしまったので,音楽のことを身に付けようと焦っていたんですよ。聞いておいて良かったです。あのときは有名な葵さんとは知らず,失礼致しました。」

神妙に頭を下げて見せると,葵は焦って手を振った。

「有名だなんて…。僕はまだまだですよ。」

「そーだな。まだひよっこだよな。」

コントラバス奏者が葵の頭をがしがしとなでぐりまわしながら言った。それに思わず笑みをもらす。

「あら。でも,コンクールでは何度も優勝なさっているのでしょう?」

「だとしても経験値はまだ低いからね。でも,伸びるぜ,こいつは。」

「そうでしょうね。期待してます。」

微笑んで頭を下げ,その場をそっと離れる。

 おかしい。前に話しかけたときは,うっすらと感じていたのに。

 今はまったくの白。

 私の勘違い?

 そんなはずはない。だって彼は接点の全くない侑と一緒にいたもの。無関係なはずはない。

そして,この間のヴァイオリニストとも……。


 アートホールから出た2人は,その足で掠夜の家に向かった。

「やっぱり玻紅璃の勘は凄いね。」

「いいえ。葵さんと醒さんのお陰ですよ。」

「でも,最初に気づいたのはお前だからな。震えていたときはびっくりしたよ。」

玻紅璃は明るく笑って醒の腕にすがりつく。

「手を握っていただいて,だいぶ安心したんですよ。ちょっとドキドキしちゃったけれど。ありがとうございました。」

「いいや。」

恋人とは違う,ほんわかした空気を漂わせていた。

 掠夜の応接間に行くと,すでに玲と侑が来ていた。2人の組み合わせに驚いていたが,1番驚いたのは掠夜であった。

「こんばんは。」

「なんだ,掠夜。その顔は。」

ニヤニヤして醒が聞くと,ハッとして表情を隠す掠夜。その様子がたまらなく面白かったのか,玲は笑い出す。

「あんたにもそういう感情があったのね。おっかし〜。」

「玲……。」

「掠夜って結構独占欲強いんだな。」

侑も肩を震わせて笑っている。普段すましたような,静かな表情しか知らない人にとっては,笑える状況であった。本人にとっては少し不機嫌になる状況ではあったが,いつも通りワインと日本酒を持ってこさせ,2人をもてなした。

 掠夜から始まり,玲,醒,玻紅璃,の順で手柄を語った。最後に侑の手柄を話したのだが,状況を聞いて4人は眉をひそめた。

「コンサートのオーディションでやるとは,結構大胆だな。」

顔の割には口調が笑っているが,それでもいぶかしんでいるのが滲み出ている。

「ワーストからベストの腕前と言われたんだ。力なんて使わなくても,受かるだろ。」

「それに,周囲の目が多いときは少し控えなさい。ボロが出ても,知らなくてよ。」

「私に見られちゃったこともあるんだから,気をつけてくださいよ。」

4人4様のコメントに,侑は困った表情を浮かべた。

「平気っすよ。心配性だなぁ。」

(前はもっと大人数の前で使ったんだけどね。)

「玻紅璃さんのときはちょっと油断してたけど,大丈夫っすよ。」

「まぁ腕前が上がってきたことだし,コントロールは自分でしろよ。」

醒が親心を持ってまとめた。

 5人の話が終わり,ようやくコンサートの出来事を3人に話した。玻紅璃が感じたこと,醒が見た舞台のこと,葵の対処など,詳しく話した。聞いている3人は始め,にわかに信じがたいような表情を浮かべたが,玻紅璃の勘があるだけに重く受け止めていた。

「椅子と譜面台の位置で力を出すのね。まるで魔方陣みたいな感じ。」

「でも,置いたのは団員だろ。葵さんに気づかれないように置けるかな?」

「力があれば,造作もないことだよ。それに,団員が置いたあとに動かした可能性だってある。まったく,何が目的なんだか。」

醒は肩をすくめて見せる。

「それは分からないね。誰がやったのかも分からないし。ただ,今回のことで分かったことはあるぜ。」

「なんですか?」

「前に起きた,地方交響楽団の事件。あれは楽器じゃなくて,今回と同じことだろう。」

2ヶ月前の,あの不可解な事件が蘇る。

「あの被害者数なら,楽器だとかなり無理がある。ほかの楽器の音を巻き込んで力にするのも,奏者が持たないだろう。数人と手を組むというのも考えにくい。だけど,今回みたいに椅子と譜面台をセッティングするだけで力を発揮するのなら,納得出来るな。」

4人がうなずく。

「醒さん。そうしたら,この間と今回に関わっている人が犯人ってことですよね?」

「そうなるね。まぁ,楽団が違うから奏者じゃないことはハッキリしたな。」

「指揮者かスタッフってことよね。ふふ,面白くなってきたじゃない。」

玲が妖しく微笑む。彼女は今回の件にいたく興味を引かれたようだ。

「きっと力を見破られて心底腹が立っているだろうね。次にどう出るのか,見物だな。」

掠夜も陰の入った笑みを浮かべた。侑はそんな2人を見て,少し呆れていた。

「確かに気になるけど,俺たちは俺たちだろ。邪魔さえしてこなけりゃいいや。」

「結構さっぱりしているんだな,侑は。」

「しつこい男に見える?」

からかい口調で返すと,玻紅璃が笑い出した。

「なんだか普段話していない親子が,お互いに驚いているみたいですね。」

醒は思い切り顔をしかめる。

「親子って…こんな息子はいやだぞ。」

「こっちだってこんな親父は願い下げっすよ。」

「ふふ,今日は醒さんの意外な1面を見た感じで楽しいですね。」

それを聞いて,今度は掠夜が顔をしかめた。

「ずいぶんと楽しんできたんだな。」

「葵さんの演奏を聴けてすっごく良かったし,醒さんとの話も面白かったんですよ。」

「ふ〜ん。」

明らかに不機嫌になる掠夜。だが,それに気づかず玻紅璃はニコニコと微笑んでいた。

 見ていた3人はそろそろと腰を上げる。

「もう帰ろっかな。」

「そうだな。明日は打ち合わせが入っていたし。」

「私も明日は朝早いのよ。じゃ,失礼するわね,掠夜と玻紅璃。」

そそくさと帰り支度をして立つ3人を,玻紅璃は目を丸くして見上げた。

「終電までもう少しあるのに。今日はお早いんですね。」

「ふふ,そうね。」

「とばっちりも食いたくないしな。じゃあ,またな。」

「玻紅璃さん,あとをお願いします。」

「あとって…?」

疑問符を浮かべながら玻紅璃は3人を見送った。

「みんな今日は早いですねぇ。」

「玻紅璃。」

いつになく固い声の彼を見上げる。

「なんですか?」

返事をせず,軽くキスを送った掠夜。されたほうは驚きだ。

「どうしたんですか?」

「醒とずいぶん仲良くなったんだな。」

これを言われ,ようやく玻紅璃にも感じた。

「そういうのは,付き合っている恋人に言うものだと思いますよ。」

掠夜はため息をつく。確かにそうかもしれない。実際掠夜と玻紅璃は付き合っていない。自分の気持ちを伝えたこともない。こういう感情を抱くのもおかしい。でも,ぶつけたくて仕方がなかった。

「そうだけど。嫌か?」

玻紅璃は首をかしげ,それから微笑みながら掠夜を見た。

「嫌ではないですよ。」

「じゃあ遠慮なく。」

すっぽりと自分の腕の中に玻紅璃を収め,ぎゅっとする。

「今日は黒のワンピースで,大人っぽいな。」

「格好だけですけれどね。」

「似合っているよ。」

そう言い,軽く彼女の耳をついばんだ。


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