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Takt  作者: 快流緋水
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影法師

 玲が掠夜の応接間の扉を開けると,すでにそこには醒と侑が来ていた。いつになく刺々しい雰囲気がおおっぴらに出ていることに気づいた3人は,伺うように彼女を見つめる。

 その視線に気づいた玲は,ため息をついて席に着いた。そして,愛用のヴァイオリンを足元に置き,出されたグラスを手にする。いつものように掠夜が赤ワインを注ぐ。

「今日はずいぶんと荒れているな。」

「失礼よ,掠夜。」

肩を竦める掠夜。

「事実を言って怒られるとは思わなかったね。」

すげなく返され,玲は眉をひそめる。その様子を見て,醒がグラスを持って玲の横に座った。

「どうした,お前らしくもない。」

空いた片手を伸ばし,玲の肩を撫で,頭に触れる。人を落ち着かせる手つきであった。見ていた掠夜はごく普通にしていたが,侑は大人な香りを感じて目を背けたがっていた。

 玲はむっつりしていた表情を次第に和らげ,醒にもたれる。

「これよ。」

玲が差し出したのは新聞の切り抜き。

 あの,玲が仕留めようと思っていた彼女の自殺が書かれたものだ。もちろん,真相は自殺ではない。

「これがどうした?」

「私の獲物だったのよ。」

「先を越されたって言いたいのか?」

断固としてフルフルと首を振る。

「対面して,ヴァイオリンの音色も聞かせてやったわ。でもね,最後の最後って言うときに寒気がして。」

それでその場を離れ,下で様子を見ていた話を続ける。彼女が落ちたことを。そして,何より言いたかった,落ちる寸前に見た陰のこと。

「人影?」

強くうなずく玲。

「そう。間違いなくてよ。明らかにその陰の人が落としていたわね。」

男性3人の表情が渋る。

 誰がその彼女を押したのか。

 何のために?

 なぜ,仕留める直前に現れたのか。

 玲は両腕をさする。思い出しただけでも,少し寒気がよみがえる。

「すっごく寒く感じたのよ。嫌な感じだったわ。」

「寒くて嫌な感じ…見えた人影って女性っぽかった?」

目を大きく開いて侑を見る。見られた方はドキリとして3人を見回す。

「あ,いや,あの…。」

「どうしたのよ?何かあったわけ?」

3人の視線,とりわけ玲の射るような視線に負け,侑は口を開いた。

「大学のカフェで相席になった人が来たとき,そんな感じがしたんだ。だから,女性かどうか気になって……。」

掠夜は眉をひそめる。

 何かがおかしい。

 自分たちは人と違う力を持っている。 

 白よりも,黒に近い,真っ当ではない力を。

 その自分たちが感じる感覚は,やはり人と違う。

 何かが琴線に触れている。

 漠然とする何かを感じるのだが,それが何であるのか,何を意味するのか,全く分からない。

「2人が同じような気を感じるのも,気になるな。」

「そうだな。」

「まさか,交響楽団の事故の犯人とか?」

「侑,先走り過ぎだ。」

醒に釘を打たれ,少しむくれる侑。

「でも,最近の怪しいことって言ったら,それしかないじゃないか。」

「だとしても,安易に繋げるもんじゃない。白黒はっきししていないだろ。」

大人の忠告。侑はしぶしぶうなずく。

「掠夜はどうよ?」

「その人物は明らかに怪しいと思う。ただ,同一人物かどうかは分からない。下手に手を出さない方がいいね。」

「それが妥当って言いたいの?」

あの寒気を身に感じた玲にとっては物足りない気分なのだろう。だが,掠夜はそれを気づきながらもうなずいた。

「疑心暗鬼だよ。」

闇を含んだ声。それは,踏み込むなという意味が込められているような気がする声であった。

 気分を変えるためにも,掠夜はにっこりと微笑んで見せた。

「日本酒を用意しようか。何がいい?」

「越の寒梅。」

即座に返されたのに苦笑しつつも,注文通り用意する。

 出された越の寒梅を多めに一口飲んでほっと息を吐く玲。度数の高い日本酒がのどを通し,身体を熱くする。そこでようやく今の状況にも目を向けることが出来た。

「あ。悪いわね,醒。」

もたれかかっていた自分の身体を起こす。

「いや,落ち着いたみたいだな。」

「ようやくね。参ったわ,もう。」

侑が苦笑をもらす。

「玲さんと葵さんもお似合いだけど,醒さんともお似合いなんだな。」

「まぁ,ありがとう。でも,この人ったら私に目もくれてくれないのよ。」

醒のネクタイを引っ張って言う。

「おい,首を絞める気か?」

「こんなことでは死なないくせに,何をおっしゃるの?」

「そういう問題じゃないだろ。それから,玲は俺みたいなオヤジが嫌いなのに何を言っているんだ。」

「あら,真に受けちゃったの?冗談に決まっているじゃない。」

「冗談じゃないと困るね。」

2人はそれから飽きもせず,あーだこーだ言い合っていた。

 掠夜は2人のやり取りにあきれつつ,侑に視線を向ける。

「侑は教授にベストだって言われたらしいね。」

「ああ。あれ?俺,話したっけ?」

「葵から聞いてね。それはおめでとう。」

「まぁ,駆け出しだから頑張らないと置いていかれるだけだし。みんなに負けてらんねーし。」

貪欲な向上心に掠夜は微笑む。

「腕が上がれば力も強まる。いいことさ。」

「だから,玻紅璃さんにピアノを教えているのか?」

鋭い突っ込まれように,豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる掠夜。その顔を見て,侑はあはは,と明るく笑う。

「図星?掠夜さんが表情崩したの初めて見た気がする。」

「いや,図星ではないが驚いたね。」

思わず苦笑をもらす。

「ピアノを教えなくても,玻紅璃の力は結構強いよ。勘がよくあたるから,甘く見てられないしね。」

「面白いっすね,掠夜さんと玻紅璃さんの関係。」

「そうだな。それは確かに思うよ。」

「私も思いますけれどね。」

いきなり本人の声が混ざったものだから,掠夜と侑は固まる。それを見て笑みを漏らす3人。

「こんばんは。今日は遅くなっちゃってすいません。」

「いいえ。どうぞ座ったら?」

いつも通り掠夜の横に座り,玲から酒盃を受け取る。なみなみと注いでもらった日本酒に軽く口をつけ,ほっと一息をつく。

 玲と侑は自分が感じたあの奇妙な寒気のことを玻紅璃に話して,勘はどうか聞いてみたかったのだが,掠夜が無言のうちにそれを制していた。あまりに短絡的に繋げるのを良しとしないのは醒も同じで,その話題には触れさせず,自分の手柄の話を続けた。



 とあるコンサート会場で椅子のセッティングし終え,上から眺める人がいた。あたりに人はいなく,その人だけが会場に残っていた。それは,スタッフでセッティングした椅子の位置を変えたかったからである。

「これでよし。」

少しずらした椅子を見て,ニヤリと笑む。

「これで明日は……。」

明日起こりうることを頭で描くと,笑みが止まらない。

「楽しみね。」

そう呟くと,コツコツとヒールの音を響かせてその場を去っていった。

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