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Takt  作者: 快流緋水
16/42

New Moon

 空は暗く,都市の明かりで見えにくい小さな星が,精一杯の光を出している。その中で,夏の大三角がひときわ目立って見えた。それから視線をはずし,ヴァイオリンケースをゆっくりと開ける。

 生暖かい風が頬を撫でる。昼間の熱の余韻が纏いつくように感じて,鬱陶しいわ。

 弾く時としては,不釣合いな時。

 弦も弓も,しけって重い。

 それでも私はヴァイオリンを肩に当て,調律をする。悪くないわね。

 私はゆっくりと弓を引いた。

 暑さを忘れるような,浮遊感漂う音色。大音量ではないのに,当たり一面に響き渡る。

それがまた,妖しくも,美しい。

 しばらくして,10代の女性が来た。最近はオヤジばかりだったので,珍しいと思いつつ彼女の顔を見る。頭の軽そうな感じ。

「あなたはどういった御用件で?」

「信じらんねーよ。」

言葉遣いもなってないのね。うざったいわ。

「だから?」

嫌な気持ちが大っぴらに出ている声に,彼女は少しだけすくむ。面倒臭いわね,まったく。

 私は緩やかな曲調を弾く。だが,彼女には通じなかった。

 怒鳴られて育って来た子のようだ。そこで,激情な曲をきつく弾いた。それはもう,脅すような雰囲気で。すると,最初はビクッと身を縮めた彼女が焦って話し始めた。

「だって,イキナリ別れるとか言うんだよ。しかも,新しい彼女と寝ながら!!信じらんないよ!なんであんな年増に寝取られなきゃならないわけ!?死んで祟ってやる!」

あーあ,なんか嫌な感じ。寝取られて悔しいからって死ぬの?くだらないわ。

 さっさと落とそうかしら。

「年増の女性に彼を取られたのが嫌だから死ぬの?」

呆れ返った口調に,彼女はカッとした。

「悪い!?なんで私が別れなきゃならないのよ?あんな年増のどこがいいわけ!?」

だから死ぬの?あーもう,馬鹿な生き方ね。

 さっさとケリを付けてあげるか。ヴァイオリンを弾く手を止め,弓でマンションの端を指す。

「さっさと落ちなさいよ。死んで祟るんでしょ?何迷っているの?」

冷たく,あっさりと言われ,彼女は堅く口をつぐんだ。

 これだけ喚いているのに,肝心なところでは踏み込めないのね。だらしない。さっきの意気込みはどうしたのよ?

 世話が焼けるわね。

 再び弦に弓をあて,息を深く吸う。そして,滑らせるように手を引く。

 その瞬間,何かが引っかかった。

 背筋がざわざわとする。ひんやりしたものが這って行ったように。

 嫌な予感。

 強い何かを感じ,手を下ろす。

 私は急いでヴァイオリンをしまい,屋上の入り口階段を目指す。

「ねぇ!なんで行っちゃうのよ!?」

忌々しい。なんであんたなんかに付き合わなきゃならないの。

「この先は自分で決めることでしてよ。他人なんかを当てにして甘えるんじゃないわ。さっさと落ちればいいじゃない。」

漂って来るどす黒いい雰囲気が強くなるにつれ,自分の口調も切り刻むような冷たさがあった。それを身に沁みた彼女は絶句する。

 口も身体も動かせぬ彼女を尻目に,私はその場を去った。

 先程までいたマンションの前の公園に来て,深呼吸をする。ここなら大丈夫。

 さっきのはなんだったのかしら?ふと気になって屋上を見上げる。うざったい彼女が屋上の端に危なそうに立っているのが見えた。いざって時は,震えるみたいね。私があのまま弾いていれば,夢見心地で落ちれたのに。かわいそうにね。

 あと2歩ほどで落ちる所まで来た彼女。どれだけ時間を掛ければいいのかしら?

 そう思った瞬間。人影が見えた。

 彼女以外の人影が。

 そして,彼女はまっ逆さまに落ちて行った。

 何,今の!?

 自分の手で下したのならこんな思いはしない。むしろ清々としているわ。でも,今のは明らかにおかしいじゃない。


 翌日,新聞に自殺の記事が載った。もちろん,あの彼女だ。失恋の末に,なんていう題が付けられていた。

 それが間違えということは,私しか知らない。

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