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Takt  作者: 快流緋水
15/42

Witch

 夏休みに入った。友達は海外へ勉強しに行ったり,バカンスしているというのに,俺は相変わらず朝っぱからか教授の猛特訓の毎日であった。

 冷房が入っているとはいえ,密閉している防音の練習室に1日缶詰にされるとたまらない。でも,甘えられない。

 時計の短針が4に振れたとき,ようやく教授から解放され,カフェテリアに足を向けた。

 綺麗に整えられている庭園を眺めながら,アボガドとサーモンのサンドイッチを頬張る。考えてみれば今日初めての食事だった。上手い。ここのコーヒーもおかわり自由のわりに味がいい。金のない大学生にとっては良心的だな。

 なんて思っていたら,声を掛けられた。

「ここ,いいかしら?」

声を掛けてきたのは,40歳に近いくらいの女性。ショートカットで,キャリアウーマン的な雰囲気を持っている人だ。

 ただ,上手く言えないが嫌な雰囲気が身体を走った。

 空いている席はありそうだが,なんで俺の隣なんか来たんだか。ま,関係ねーや。

「どーぞ。」

 残りを食べ,コーヒーを飲み干す。うん,充電満タン。

 トレーを持って立ち上がったとき,また声を掛けられた。

「あなたはトランペットを吹いているのよね?」

質問だが,確信を得たような口調。なんなんだ?

「はぁ。専攻はトランペットですけど,何か?」

「いいえ。ずいぶんと上手になったんだと思って。頑張ってね。」

上手になった?俺,この人知らないぞ。なんで俺のこと知っているんだよ?

 薄気味悪い思いをしながらも,軽く頭を下げてその場をあとにする。ずっと視線で追われている事に気付かずに。

 練習室に戻り,再び猛特訓。こんなにしごかれているのは俺くらいだ。まぁ,それだけ下手だってことなんだけど。実際,落第させられそうになったし。力持っててどれだけホッとしたことか。それを玻紅璃さんに見られたのはまずかったけどさ。

「うん。よし!」

今までにない位力の入った褒め言葉。少ないけど,俺にとってはかなり嬉しい。

「ビリからトップのレベルだ。頑張ったな。」

えぇ!?まじで!?

「ありがとうございます!」

「なに,お前の頑張りが良かったんだ。これで気を抜くなよ。これからも精進だ。」

「はい!」

信じられないほど嬉しい。自分じゃ分かんなかったけど,かなり上達していたんだ。ラッキィ。

 

 その日の夜。気分が良くて,葵さんに教えて貰ったバーに足を運んだ。20歳になったお祝いに教えてくれた店で,時々一緒に来る。20歳代があまりいないバーなのでちょっと浮いてしまうが,味のよさを考えればここを離れたくない。そんな店だ。

 ゴッドチャイルドを少しずつ飲み,時間を過ごす。

 30分ほどたった頃だろうか。奇遇にも,葵が入ってきた。重そうな様子はなく,チェロを持って俺の隣に座る。

「侑も来ていたんですね。」

「ええ。飲みたくなったんで。」

葵は目を開く。

「嫌な事でもあったんですか?」

俺は,思わず鼻で笑った。自棄酒するよーな俺じゃねーよ。

「トランペットの腕が上がて,嬉しかっただけ。初めて教授に褒められたもんだから。ガキっすよね,俺。」

自分で言っておきながら,自分の幼さを感じてちょっと恥ずかしかった。だが,葵は優しく微笑んだ。

「上達して良かったですね。侑は頑張っていたから。」

「葵さんは十分上手いじゃないか。そういう葵さんは何で来たんだ?」

軽くため息をつき,キールに口を付ける。

「知らない女性にチェロについて色々聞かれてうんざりしたんです。いわゆる自棄酒ですよ。」

ん?俺の記憶に何か引っかかった。

 女性だ。

 昼に会った女性。なんとなく寒かった。

「自棄酒っすか。よければ付き合いますよ?」

なんて冗談を言ってみる。前の俺だったらこんなこと絶対言わなかったね。褒められるって,人を変えるもんだな。

「珍しいですね。じゃあ付き合ってもらいましょうか。」

そう言って,葵はグラスを掲げた。


 楽器を持った男性2人がカクテルを飲む姿を,じっと見ていた女性がいた。マンハッタンを口に付け,微笑む。

 赤いカクテルに妖しく写っていた。


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