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Takt  作者: 快流緋水
14/42

 玻紅璃が目を覚ますと,窓からは明るい朝日が差し込んでいた。その爽やかな空気とは裏腹に,身体はふらふらと,宙に浮いているような感じであった。

(二日酔いかな?)

今まで潰れるほど飲んだ事はないが,昨夜の記憶は微妙に途切れがちだ。

(昨日は何していたんだっけ?)

思い出そうとしても,浮遊感が邪魔をして上手く引っ張りだせない。

 なんとか引き出したのは,昨日いた場所。昨日の記憶の終わりにいた場所は応接間。だが,ここは掠夜の寝室。正確に言えば,ベッドの上であった。その証拠に,掠夜も隣で眠っている。

(うわー。掠夜の寝顔,初めて見た。男のくせに可愛いなぁ。)

まだ酔いが続いているような頭で考えたことは,頬をつねる事。

(私より肌が綺麗じゃないか?)

なんだか悲しくなる思いをしながらも,頬をつねる。

 3回して,ようやく掠夜が目を覚ました。ご機嫌斜めな視線を玻紅璃に向け,むっくりと起き上がる。

「なにをするんだ?」

ほや〜っと気の抜けた笑みを浮かべる玻紅璃。

「なんとなく♪」

掠夜はその答えを聞いてそっとため息をつく。

「酔っているんだな。」

「そんなことないですよー。」

「じゃあ昨日どれだけ飲んだか覚えているか?」

数秒沈黙。そして,テヘっと軽く笑う。

「覚えてないです。」

「まったく。玻紅璃,昨日は日本酒5合と赤ワイン1杯を飲んでいたんだぞ。」

「ワインも。あ……!!」

一気に記憶が戻ったようだ。そして,掠夜に視線をしっかりと向ける。だが,その視線は寂しさをたっぷりと含んでいた。

「水珂を食べちゃったんですよね。」

「あの人が水珂という人ならね。」

昨日と同様,無関心に答える掠夜。

「憎たらしい。」

掠夜にまたがり,昨夜のように首に手を掛ける玻紅璃。だが,力は全く入っていない。

「でも,憎めない。それだけ言えればいいです。」

そう言い,手を離してゴロンと横になる。

「そうか。で,話は変わるが二日酔いだろ?」

「んー,ちょっとかったるいだけですから。」

「ちょっと?」

含み笑いをする。

「なんですか?」

拗ねた口調。いつも通りの玻紅璃だ。だが,いつもよりはパワーダウンしているようだ。

「昨日は俺とキスしているうちに寝たくせに。ちょっとの酔いとは思えないな。」

玻紅璃は一瞬で真っ赤になる。

「えぇ!?」

「覚えてないのか?」

「いや,キスした事は覚えてますけど。」

その後の記憶はない。暗にそう言っているのを読み取り,掠夜は微笑む。

「今日は寝ておけ。俺は仕事に行くけど。」

「行っちゃうんですか?」

「作曲したやつのCD製作でスケジュールがいっぱいだからね。適当に過ごしていな。」

「はぁい。」

眩しい朝日の中,掠夜は部屋をあとにした。


 その日の夜,醒が物をつっかえたような,あまりよくない表情を浮かべながらやってきた。仕事の疲れかと思っていたが,どうやら違うようだ。ワインに手を付ける前に,ゴシップ雑誌の切抜きを掠夜に差し出した。

「とりあえず読んでみろ。」

言われるままに目を通す。横から玻紅璃も顔を覗かせて読む。その表情が段々と疑惑に満ちてくる。

「これって本当に起こったことですか?」

「多分。」

ワインをひと口飲んで落ち着いた醒は言った。

 記事の内容は,某交響楽団の団員の半数がコンサート後に事故にあったということである。しかも,バラバラにだ。数名ならばこの記者はもとより,誰も気に掛けなかったであろう。だが,被害にあったのは団員の半数である。数十人にものぼる。

「誰かが故意にしたってことか?」

醒は首を軽くかしげた。

「分かるのは,俺たちの誰かってことじゃないくらいだな。」

「私たちの知らない力の持ち主ってことも分かるんじゃなくて?」

横から声を入れたのは,玲であった。お決まりのように,葵と一緒に来ていた。

「やぁ,いらっしゃい。」

掠夜は軽く笑んで迎え,サッと手を振って日本酒とグラスの追加をした。

「いつも一緒に来るんだな。」

「付き合っているのか?」

思いもよらない質問に玲は目を丸くし,葵は少々慌てた表情をした。

「付き合ってませんって。こんな僕と釣り合いませんし。」

「そんなことはないと思うけどな。似合っているよ。」

半分は本当にそう思い,半分はからかっている掠夜。面白がっているその様子が気に食わなかったのか,玲はキラッと狙いをすました猫のような視線を向ける。

「そう言うのなら,掠夜と玻紅璃だって付き合っているんじゃなくて?」

2人が顔を合わせる。色めいた雰囲気は欠片もない。

「付き合ってはいないな。」

「そうですね。」

あまりにあっさりとした反応。更に面白くなく,玲は肩をすくめて席に着いた。

「私たちもそれが気になって来たのよ。」

「ゴシップ雑誌だから真偽は微妙ですけれど,ここまで大きいと無視出来ませんから。」

この記事を巡って5人は話し合う。玻紅璃の勘ではこの記事内容は本物のようだから,一体誰がしたのか。また,何のためにしたのか。あてもないところから探っても仕方がないのだが,やはり気になる。しかし,結論としてはやはり様子を見る,ということであった。

 その後,教授の特訓にほとほと疲れた侑もまざった。疲れきってはいたが,この話に食いついてきた。あまりない様子に,全員の視線が集る。

「それは本当のことだ。教授が,教え子がコンサート後に突然死んだって話していたから。」

「どこの楽団だ?」

某交響楽団とは,地方の交響楽団であった。だが,知名度としてはかなり低い。そんな交響楽団だからゴシック雑誌に取り上げられたのだろう。

「ま,さっきもそうだったけど,やっぱり様子を見るしかなさそうだな。」

醒が掠夜に視線を向ける。向けられた彼はすました表情であったが,唇を片方吊り上げて鼻で笑った。

「そうだな。また何かあれば出てくるだろう。」

掠夜がまとめてしまえば,他の人は何も言わない。

 それからは,最近の手柄の話や掠夜のCD製作の話に移って言った。


 彼らの知らないところで,うめき声をあげて倒れた人がいた。全身を強く打ち,血が流れている。それに気を取られることなく,その場から離れて行った人がいた。

 コンクリートの地面に,ハイヒールの音だけが響いていた。

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