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Takt  作者: 快流緋水
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Takt

 ふと気付くと,古い館の前にいた。屋根に風見鶏がついている,木造の洋館の前にいた。洋館の周りを囲む生垣は荒れていて,手入れはされていないようだ。また,門はさびていて,開けるとギーギーという音がしそうである。

(こんなのあったっけ?)

夕柳水珂は首をかしげる。

 いつもの散歩道に,このような洋館があるとは。 

 見落とせるわけもないくらい,目を引く洋館なのに。 

 住宅街の一角のため,そこだけ空間が分けられているようなのに。

 それでも今までは気にならなかった洋館。でも,今目に入ると,気になって仕方がない存在となった。

(ずいぶん古いなぁ。)

外壁にはツタが自然と生い茂っている。門から洋館までの約10メートルの小道は,落ち葉が吹かれたまま散らばっている。誰かが踏んだ様子も見られないので,廃屋のようだと水珂は思った。

「誰の家だろ?」

「俺のだけど。」

突然,後ろから声を掛けられてドキリとする水珂。そっと振り返ると,そこには身長180cm位ある,黒のロングコートを着た人が立っていた。少し長めの前髪のせいで顔全体がはっきりとは見えない。それでも,端麗そうに感じた。

「そ,そうだったんですか。」

「中も見る?ちょっと埃っぽいけど。」

突然の誘いに,また見知らぬ人の家に上がるのに躊躇する。また,男性とともにあがるのは危ない……。

 それでも,気になった存在に踏み込むチャンスは逃したくない。

「いいんですか?」

「いーよ。」

身の危険にドキドキしながらも,水珂は男性についていく。重そうな門を男性は軽々しく開け,水珂を招き入れる。

「ずっとここに住んでいるんですか?」

「まーね。ここ半年は海外にいたけど。あ,丁寧語じゃなくていいよ。」

見知らぬ人だが,親しみをもって接してくれるようだ。水珂の警戒心も徐々に解け,もっと早くこの洋館に気付けば良かったと内心思っていた。

「うん。分かった。」

散らばった落ち葉を踏んで玄関にたどり着くと,男性はアタッシュケースから鍵束を出す。鍵は全部で20個ほどありそうだ。それなのに男性は迷うことなく選び出し,頑丈そうな扉を軽そうに押して開ける。水珂には重そうに見えるのだが,男性はなんともないようである。見た目は細身で力がなさそうであるが,そうではないのかもしれない。

「半年いなかっただけでずいぶんと埃っぽいな。こんな中で悪い。」

「ううん。」

洋館の玄関はホテルのフロントのように広い。そして,左右の階段から2階に上がれるようになっている。バルコニーのように,2階には飛び出たスペースがあり,そこには漆黒のグランドピアノがあった。

「ひろーい。」

水珂の声がかすかに響く。その反響は家の中でするようなものではなかった。

「ミニオーケストラをするからな。」

「ミニオーケストラ?」

「ここで管弦楽の人たちが演奏するんだ。ピアノも入れたければ2階にあるし。」

扇状のスペースなので,コンサート会場の舞台に見えなくもない。反響が良い点も納得出来る。

「すごぉ〜い。」

「まぁな。俺は何をしていると思う?」

「え?」

「このミニオーケストラで,俺は何をしていると思う?」

水珂は男性をジーッと見つめる。音楽の知識に乏しい水珂は,外見で判断することにしたのだ。

「楽器をあまり知らないんだよねー。そうだなぁ,ピアノ!」

男性の口元がニヤッと釣り上がる。

「よく言われるけどね。違うよ。」

水珂は顔をしかめる。

「だったらー,ヴァイオリン!」

「ハズレ。」

即返されてしまう。その後,ティンパニー,チェロ,コントラバスと言っていくが,ことごとく外見からの判断が否定されていく。

「じゃあ何?わかんないよ。」

男性は何も言わずにアタッシュケースを開け,鍵の掛かった古い箱を取り出す。先ほどの鍵束から1番小さな鍵を手にして鍵穴に通すと,カチリと小さな音をたてて蓋が開いた。

 それには指揮棒が入っていた。

「なんだ。楽器じゃないのね。」

「誰も楽器だとは言ってないけど。」

冷静に返す男性。水珂は一本取られた,と少し悔しそうである。

「でもかっこいいね。あ,海外に行っていたのは演奏旅行とか?」

「ああ。ニュースでやっていなかった?」

「んー,ごめん。音楽って私の範囲外だから。ピアノは弾けたらいいな〜とは思ったことあるけどね。」

それを聞くと男性は水珂に手招きをし,2階に上がった。疑問符を浮かべつつも水珂はあとに続いて2階に上がる。

「ここに座って。」

男性の意図が読めずに戸惑うが,指定されたとおりグランドピアノの前の椅子に座る。男性は何食わぬ顔でふたを開け,ピアノの音の調子を弾いて確かめる。特別気になった点がなかったのか弾くのをすぐに止め,水珂に鍵盤に手をのせるように言った。

「何をするの?」

先が見えない不安に,表情がこわばる。けれど,男性はそれを当たり前とみなしているのか気にした様子もなく,サッと指揮棒を上げた。

「俺がこのタクトを振るうと経験がなくても演奏が出来るんだ。」

水珂は止まる。あまりのことに。

「嘘じゃない。今から君に体験してもらうから。プロ並みに弾けるよ。」

突然実験台にされるような思いもしたが,男性が言うことに惹かれないわけがない。練習なしに,この男性の力でプロ並みに弾けるのならば,弾いてみたい。

「何も考えるな。じゃ,曲はショパンの別れの曲で。」

男性は呼吸を整えてから,ゆっくりと指揮をし始めた。すると。

「嘘。」

ピアノを弾いたこともない水珂の手がしなやかに別れの曲を奏でる。それも,男性が言うとおりプロ並の音色を。信じられない。それでも水珂の手は,本人の意思とは別に動いている。このことを信じるのみだ。

 水珂は演奏に合うよう,身体を動かしてみる。それを見て男性は納得したのか,軽く笑ってから指揮を続ける。

 それから約5分後。男性が指揮棒を下ろすと,水珂の手は一気に力が抜け,ダランと鍵盤に下ろしてしまった。そのため,不協和音が。

「あ。」

「もったいない。」

「ごめんなさい。」

「いーけど。凄いだろ?」

得意げに,鼻高々と言う。だが,それには嫌味はなかった。むしろ,尊敬したくなる。

 それほど魅力的な力だ。

「弾けないのに,貴方の指揮でプロ並みになるなんて。本当にすごいね!!」

「どーも。でも,代償がある。」

「え?」

もう遅かった。男性がニヤリとした笑みを見た瞬間に,息が詰まった。

「これでまた生きられる。」

手にしていた指揮棒が水珂の心臓を貫き,背から突き出ていた。

「どうし…て?」

「この力を使うにはかなりの命を削る。代償が多いんだよ。君の命は貰ったから。」

ニヤッと笑み,指揮棒を抜く。水珂はこと切れて倒れ,床は血の海に変わっていく。

「いい獲物だったな。」

ぺロッと指揮棒に付いた血を舐め,ニタッと薄笑いを浮かべた。


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