VSコボルト——ライト
「じゃあ、ニーナはお城の近くの村から来たんだ」
女の子はニーナというらしい。すでに皆と打ち解けている。
というのも鋼介がひたすらに話しかけた結果だ。話しかけた分話題ができ会話を続けることができた。まぁその代わり本人は馬車の隅っこで霜塗れでボロ雑巾のようになっているが……気にする事はないだろう。
「これでよしっと」
怪我をしていた足と腕を応急措置だが包帯をまいた。消毒用に買っておいた酒が早速役に立った。
ニーナは森を知っているようで最短距離を教えてくれた。正午は越えてしまうだろうが、日が高い内に森を抜けることができそうだ。良かった。
城には結局明日になるそうだけどそれは仕方ない。
「あ、見て。お城」
忍が見る方に目をやると森が少し開いており、山と山の間に城が見えた。明日到着する予定のエルゲニア城だ。八つの物見塔、分厚くギザギザの城壁とそれを囲う幅の広い堀。入り口は二重の門があり敵を閉じ込められるようになっていた。
城が見えたのはそこまでだった。見きれた後すぐに森を出ることが出来たので、時間は遅くなったが昼食にすることにする。ただ素っ気ない。こういう移動中の食事はどうしてもパンになるからだ。無いよりはマシだけどな
俺達だけ食べるのもなんだしニーナにも勧めると初めは「でも」や「そんな」、とか言って遠慮していたが以外と早く折れ食事にありつく事になった。
食事中森の側に鹿が見えた。一匹は小柄だった。親子だと思う。パンを投げると木々の間から出てくると、親鹿は口にくわえ小鹿に与えた
「ライトさんやっさしい!」
「つかまえないんですか?鹿肉、美味しいですよ?」
ニーナのワイルドな捕食宣言に苦笑いしつつやんわり断る。だって親子だしさ。なんか躊躇しちゃうだろ?
鹿の親子は礼を言うように俺を数秒見つめ、また森に戻っていった。ニーナは残念そうだったけどさ
「さて、行くか」
「あ、あの!」
ニーナが喋りだした。なんだ。もう一個欲しかったのか?なんなら出発前に買っておいた干し肉もあるぞ?
「皆さん、お急ぎでなければ今日はお礼に村に寄って行きませんか?大したお礼は出来ませんが部屋くらいは都合できると思いますので」
………
「いいの?5人も?」
「ええ寝るくらいなら問題ないと思います」
「理性の弱い二人がいても?」
まだ言うか…ってか離れて欲しいって言っただろ?言ってるような事はないと弁解しようとニーナを見ると目があった
「…ポッ」
なんでちょっと嬉しそう?後3人はジト目をやめなさい。鋼介は…羨ましそうな顔をしてたけど知らん
「じゃ、すまないが頼めるか?替わりに晩飯分の食料くらいは提供できると思う」
だってキノコ落としたらしいしさ。泊まり賃がわりに渡してもいいだろうな。まだお金も余裕あるし。
ニーナの案内で森を抜けた先は緩やかな坂道である。この先は山なのだか、王国へ続く道なのだろう。しっかりと整備されていた
山に入る直前の脇道でニーナが馬車から降りて誘導してくれた。ニーナは怪我をしていたが、それを思わせない足つきで村への道に立ち進んで行く
森が切れ谷を越えた。谷の流れはオークのいた河に繋がっているようだ。いまの俺なら時間をかければ楽に倒せるだろう。堰き止めた後、河に放ち氾濫させた後雷を流せばそれで終わりだ。そこに丸太や岩なんかを流せば最良だ。地形効果万歳。
谷の向こう側、山と谷に挟まれた場所に村はあった
「ロマの村へようこそ」
ロマという村だった 。今朝出発した街と違って何もない。十数件の家があるだけで店はない。いや…村の奧に雑貨屋が一件あるみたいだ
この村は農作業と狩猟に支えられているらしい。どの家も軒先に鍬、鎌、動物の毛皮を吊るしている。そりゃニーナも鹿を取ろうとしたがるはずだ
「あの家です」
ニーナは一つの家を指差して進んで行った。訂正だ。ニーナの家には動物の毛皮はなくボロボロの鍬と鎌しかなかった。ニーナはどうやって鹿の親子を捕まえるつもりだったのだろうか?
……素手で殴り殺す……とか?実は整体師やってて裏では仕事人だったりするのかもしれない。隙は見せないようにしよう
ニーナに家に通してもらい一息。馬車は家の裏に置かせてもらった
「ちょっと村の皆に話して来ますから寛いでいてください」
ニーナがそういって家を出ていった
「ところで部屋は居間と寝室しかないですね。」
「お風呂とか無さげね」
「屋根と壁があるだけ文句は言えないよ。なんなら俺達は馬車で寝たらいい」
「え~」
鋼介が不満な声を出してるけどこれ以上距離を置かれたらチームとしてやっていけない。あと泣きそうになるぞ
「せっかく泊まるか勧めてくれたんですからお言葉に甘えましょう。お…男の人だしそういう時だっただけですよ…ね」
もういいです…弁解しません
「今のうちに食材降ろしておこう」
立ち上がり玄関を開け裏手にまわる。肉3野菜7…いや4対6でいくか…
ワオーーーン!
荷物を持ち家の横を歩いていると、どこからか犬の鳴き声が聞こえた。どっかの家でペットでも飼っているのか?
「なんだ?」
村人が集まりだして話し出している。その中にニーナを見つけたので近寄り会話を聞いてみる。
ふむふむ、どうやら鋼介が倒したコボルト・ブルは4匹の群れの1匹だったらしい。今の遠吠えはコボルト・ブルだった物を見て嘆いた声だったのかもしれない
「それで恐らく報復に村を襲いに来るでしょう。その対策の為に今話し合ってたのですが」
村人が鍬とか鋤とか持ち出して来ている。想像以上に警戒してるな
「…半年前にそこの家に住んでいたお年寄りがお亡くなりに…ですから自分だけはなにもしないなんてできないんです。明日は我が身かも知れませんから」
結構深刻な問題のようだな。っていうかもう巻き込まれてる。鋼介を生贄にしたら帰ってくれないかな?
「分かった。俺も防衛に参加しよう」
俺達が原因なのもあるしな。ちゃんと埋めとけばよかったな
「そっ、でも、いいんですか?」
なんでそんなに噛むんだ?
「落ち着いてくれ。防衛は構わないが全員かはわからない。最低俺一人ででる…というか一匹担当する」
「いいんですか?」
「ああ、で?すぐに来るのか?」
「いえ…夜行性だしきっと夜に来るはずです」
少しでも有利にってことか。ここは小さい農村だ。壁なんて言えないような柵しかないし、電灯なんて当たり前にない
夜行性だし敵は見えてるんだろうな。俺たちには灯りが必要だ
「松明を用意しますので…」
「いや、村の真ん中で火を焚く。松明を持ちながらじゃ戦えない。村のあちこちに篝火を作ってくれ」
「わかりました」
「あと見張りを置いておくよう言っておいてくれ」
頼み事をしたあと俺は食材を家に持ち込んだ。今の内に何か食べておこう
外の騒ぎを説明する。戦闘はしなくてもいいが手伝いはして欲しい
「ライト様、村長の方には伝えました」
「うん。夜まではまだ時間がある。簡単な物を食べて仮眠をとっておきたい」
わかりましたと炊事場へつくニーナ
「鋼介、土魔法でデカイ石を加工して水槽を作れ。零華、忍は紋章でヘルプ(戦闘行動の補助)を確認してくれ。恵はすまないが沢まで一緒に水汲みだ」
流れでわかるかも知れないけどできたのは風呂だ。やっぱり現代人だからか風呂にちゃんと入りたいし戦い前だから気合いが入る気がしなくもない
鋼介に造らせた水槽に沢でくんだ水を恵の火魔法で沸かせた。思ったより上手くいくもんだな
「み…みなさん、これは?」
「ん?知らないか?風呂だ」
「皆さんはやっぱり貴族…?」
何故そうなるかと聞けば女達に理由があるらしい。荒れずにがさついてない手や指、なめらかで艶のある髪、男に対する態度等々あるそうだ。態度って……
「安全と覗き防止の為二人ずつ使いましょう」
「俺は最後でいい」
「…女のコが入ったお湯をどうする気?」
「泣いてもいいか?」
最初に零華と忍が、次に恵とニーナが、次が鋼介で最後は俺だ。野郎と一緒に入るなんてあり得ないからな。皆でさっぱりしたあとは軽食をとりひとまず寝た
そういえば風呂から上がったニーナは湯上がり美人だった。ちゃんと拭かなかったのかシャツが濡れて肌に貼り付いていたのには目のやり場に困った。大きかったしさ。
うん
仮眠から起きたのは7時頃 (たぶん)だ。日も落ちてきたから魔物も動き出すだろう
村の中でも動きが激しくなってる。最後の準備に忙しいんだろう。
家の外は日が落ち始めていて薄暗くなってきている。ちょうど松明に灯りを入れ始めた所のようで何人かの村人が松明を持って村をウロウロして警戒している。
―ワオーーーン!!
昼間より大分近いな。近づいて夜を待ってたって事か。
「皆、戦闘準備。」
っていっても手袋をはめるくらいだけどな。あと意識的に。前回みたいに身体能力をあげる事を忘れさせたりはしない。何かの時それだけで助かることもあるからさ
俺を先頭にニーナの家から出て広場へ向かう。集まっているのは成人男性6人
主力はこれだけだ。あとは家からの投石要員にしている。他にも仕掛けはしているけどな
「恵は俺と一匹受け持ってくれ。鋼介、忍、零華はもう一匹を頼む。そっちはさっき伝えた作戦で頼む」
残りは村人に任せよう
「来たぞ~!!!」
村人の一人が村の入り口から急いで入ってきた。後ろには三匹のコボルト。ドーベルマンにレトリーバー、プードルのコボルトだ。それぞれ剣を持っている。肉球はどうなっているんだろうか…気になる
いかん…戦闘に集中だ
「石を投げて足止めするんだ」
投石部隊が窓からコボルトの足に向けて多量の石を投げつけた。甲斐あって三匹は立ち止まって周りを見渡す
俺と恵はドーベルマンを殺る。三人はプードル。村人はレトリーバーとなった
基本的に村の中に入って来た時点でこちらの勝ちは揺るがない。後はどれだけ怪我をせずに倒すかだ
「俺が盾役と援護をする。やれるだけやってみてくれ」
「わ、わかりました」
ちょっと怖じ気付いているがここは経験だ。頑張れ。
俺達はドーベルマンに向かって剣を向けた。こいつは恵に戦わせるための餌だ。だから多くは割愛するが上手く倒した
始めに俺が相手の剣を防ぎ恵に何回か攻撃させる。相手は一体だし俺は盾役、こちらの攻撃が回避されるのはともかく恵に攻撃させたりはさせない
三回ほど斬らせて盾役を終え恵を下がらせる
「投石部隊、湯をかけろ」
周りに向かって叫ぶと閉ざされた窓が開き投石部隊が配布しておいたお湯をドーベルマンにかけた。夕方に入った風呂の湯だ。汗(塩分)等の成分で通電率をあげた液体だ。他にもいろいろ入れてある。眼に染みそうな薬草をすり潰していれたり匂いのキツイ花だったりする。相手が犬だとわかってるんだから目や特に鼻を攻撃するのは当たり前だ
お湯を求めたのは決してやましい思いがあった訳じゃないからな。飽くまで水が必要だったからだ。そこはただの水でもいいじゃないかとか言ってはいけない。約束だ
湯をぶっかけられたコボルト、そして俺の魔法の属性は雷。ならやることは一つだよな。濡れて地面に手をついて放電
―バリバリバリバリ!
激しく音をたてて感電するコボルト。隙だらけだ
「恵!決めろ」
「はい!やぁ!」
手に持った小剣で袈裟斬り…というか斬りやすいようにやったみたいだ。結果はもちろんさっき言った通り勝利だ
次に鋼介達だけど既に残り湯をかけられてびちゃびちゃだ。鋼介が壁になり(どうみてもオークほどの攻撃力はないから手甲で防御しても影響はなさそうだ)足止めするように言ってある。
鋼介まで濡れているのは何故だろうか?
観察していると一人の青年が嫉妬に狂った目で湯を放っているのが見えた。おそらく零華と仲良くしていたのを見てやったのだろう。戦闘中のどさくさに紛れてなにしてんだ?
びちゃびちゃになったコボルトに零華と忍で冷たい風をこれでもかと吹きかけると途端に動きが悪くなって震えだした。もちろん近くにいた鋼介もだ。普段の行いが悪いからそうなるんだな……気をつけよう
そこへ周りから投石。寒くて肌が冷えると痛覚神経が過敏になる。だからこの投石は無視できないだろう。流石に青年も躊躇ったのかちゃんとコボルトを狙っている。
見た目ちょっと苛め感がでるけど人死によりかはずっといい
が、少し予定を違えた。コボルトが鋼介に体当たりしてマウントポジションをとってしまった。鋼介は固まってすぐに動けなかったのがまずかった
「鋼!」
さすがにこれは援護しないといけない。小石を拾い上げると魔力を込めて投石と同時に零華が弓を射ち、忍が後ろから斬った
「援護はいらなかったな」
すべての攻撃を受けたコボルトは力尽き、鋼介に地面に転がされた。二人もちゃんと攻撃できたしまずまずの結果だろう
「うわぁ!」
!
残りの一匹か。そちらを見てみると村人が足を斬られたみたいだ。蹲って足を押さえている。他の村人も怪我人が出たからか踏み出せず周りを囲むだけになっていた
「俺がいく。皆は下がって村人を守れ。」
女三人は気の張りすぎでくたくたになっているし、鋼介も少しは休ませないといけない。俺は一人でコボルトに相対した
見るとさっき零華達が戦っていた時と同じ状況だ。長毛なのが災いし濡らされ加重がかかったらしい
その後、石を投げられるまでは一緒だ。その後耐えかねたコボルトに正面にいた村人に斬りかかられたらしい
俺はコボルトが村人に注意を向けないよう村人の判断側に位置をとる
村人の位置では投石すれば俺にあたるし逆に村人は電撃の有効範囲で使えない
ここは経験少ない剣技でやるか
俺は頭を叩き斬る為に飛びかかるが普通に受け止められる。もちろん受け止めさせたんだけど
このまま押し込みつつ鍔迫り合いで時間を稼いで村人を救助させよう。何人かの防衛担当に目配せし村人を下がらせた
戦闘に向き合うとコボルトが噛みつきしてきたのでを腹部を蹴飛ばし回避&距離を取る
「グルルッ!」
コボルトは持っていた剣を口元に持って行くと剣を歯で噛み固定し四つ足歩行にシフトした。組み合うのも避けれるし石を投げられても避けられる。結構嫌だったようだな
「皆は家に入れ。助けてる余裕はない」
そういって村人とコボルトは同じタイミングで動いた
「―ッ!」
剣の部分を考慮してか攻撃する場所が微妙だ。正面から来たから剣を振り下ろして競り合うつもりだったけど直前で首の角度を変えてきたので剣筋が変化し左腕を斬られた
傷は浅いけど痛いのは嫌だ。
コボルトはターンし再びこちらへ走ってくる。が二回も食らう気はない。こちらからも走りだし攻撃の瞬間を狙う
走りだし相手の攻撃を誘うとさっきと同じように飛んでくる。ワンパターンだな。剣の柄の方に移動しやり過ごした直後に胴体へ振り下ろす
「―ギャウゥッ」
足が地面に着いてなきゃ回避できないだろう。胴体へ深々と剣を差し込み地面に叩きつけた
「ガ…」
うめき声を上げこちらに視線を送ってくる。すぐさま剣を引き抜き首元に差し込むと目がグルンと白眼を向いた。死んだか…まだ数える程しか倒してないけど罪悪感がなくなってるなぁ
「ふうっ」
一瞬の静寂
「う、うおぉぉぉ!勝った!勝ったぞ!!!」
村人の一人が勝鬨をあげたことで村に一斉に広まった。村は勝利ムードで一色になったが怪我人がでている俺には不満な結果だ。もっと強くならないと。
あと回復魔法欲しいな