マイナス金貨1250枚——コナー
「よく来てくれたわ。そっちの調子はどう?」
私達が部屋に入っても書類から目を離さずルナマリア様は言った。凄く忙しそうです。
今はセリス様と別れエルゲニア城、ルナマリア様の執務室にいます。カミラ、ユーリカは店の様子やギルドの依頼とか知り合いの挨拶に向かって今はいません
積まれた書類、封筒、手紙が所狭しと置かれ、ライト様がプレゼントしたというコルクボードも一面走り書きされた紙で埋め尽くされています。そして終わった書類から次々とメイドに扮したネームレス様が運んでいくと同時に新たな書類を置いていく
「そうだな……バルクティンとやった時よりは確実に強くなってる」
ライト様も構わずに窓から下を眺めながら話しかけた。この二人はお互い対等なのでしょう。ネームレス様もその状態を見ても何も言わないところを見るとライト様の婚約者計画が進んでいるようですね
「そう。それならいいわ。斥候からの情報では魔神は北東の140キロ地点の先にいるらしいわ。そこの領地の貴族からも連絡がきたけど領内の混乱に手一杯で遅れたみたいよ」
思ったより近くにいるのですね。
「らしい?」
「集まってる魔物が多くてね。近づけなかったらしいの。」
五千体程度の魔物がいるのだから場所は目立つのでしょう。ゴブリン一匹程度なら私でも頑張れば倒せるかもしれませんがそんなはずがないです。
ルナマリア様がライト様に渡された報告書を読むとオークやリザードマンなどの上位種も含まれていますので私が出たところで何の役にも立たず殺されてしまいますね。
「こちらからは私の戦力の六割とラドニー様、筆頭貴族の兵力で攻めます。」
ここに来るまでは山も谷もあるから罠の類いも設置したいけど何しろ時間がない。とにかく遅れをとらないことを話すライト様
「他の貴族は戦地に近い領地や国境の守備をフォローをさせるわ」
ひっきりなしに廊下を騎士や文官が行ったり来たりしては入って来てルナマリア様が対応しておられます。ライト様も窓際にたつのを止めて机の向かい側に恵と並んで立つようにされました
「あの……いつ言おうか迷ったんですけど……」
「なんだ?」
恵がそろりと手を上げて発言した。そんなに畏まるような間柄ではないでしょう?それともそんなに重要な事なのですか?
「ライトさんの神獣モードあるじゃないですか?あれ、バルクティンでできるみたいなんです」
「は?」
ライト様もルナマリア様も唖然とされています。神獣モードというといつだったか腕を切り落として店に来られた時の状態でしたよね?
「あの……それでですね。試して見たいんですけど、ライトさんの時みたいにルナマリアに報告したほうがいいのかなって。でもユニエール様達がいたし屋敷では言わないほうがいいって思ったから」
「そうね。その方がライトも安心でしょ?いきなりよりは」
二人が顔を見合わして頷きあう
「そうだな。場所を移すか。時間とれるか?」
引き出しから時計を取りだし、時間の確認
「……そうね。十五分程度は。浴場でならいいでしょう」
時計を持ったまま部屋の外へ。部屋の入り口にいた侍女に休憩だと伝え浴室に向かう。現在室内にいるのは掃除をしているメイドの方
ルナマリア様が出るように言うと急ぎ出ていき、私達だけになった
窓を閉じ、外界とも隔離の上ルナマリア様が周囲の壁、天井、床に水の膜を張ってくれた。これで外に炎が漏れる心配はない
次いでにライト様とルナマリア様自身にも水の膜を張ったので安全面も十分です。お優しい事に陛下はライト様が言う前に私にもかけてくださいました。ありがとうございます
私達の準備が終わったのを確認すると恵はお湯の張っていない浴槽中心に立ち深呼吸。自然体に立ち、静かに左手を前へ
「……バルクティン」
静かな声とは裏腹に荒れ狂う炎が恵を取り巻き、回転しながら高さ2メートルほどの炎の円柱を作り出した。
天井焼けませんよね?修理費とかかからないでしょうか?え?見るところが違う?申し訳ありません。視線を恵に向け観察します
身体を包む炎の間から見える服は燃えてはいないみたい。正直炎が出た時は服が燃えたらどうしようとか思いました。神獣モード時に毎回裸にならなくてよかった。もしそうだったら使えないですからね。毎回の出費もバカになりませんからどうしても使うなら裸マントにさせなくてはいけないところでしたよ
ライト様に話を聞くと契約時の雷と同じで自分には作用しないそうです。出費は気にしなくてよさそうですね
周りに張った水の膜がシュウシュウと音を立て、その温度をあげていく。水の膜が沸騰したころ炎の流れが一定になり、膨れ上がったかと思えば、急に四散した
ライト様とルナマリア様の間から見えたのは左手を前に差し出したままの恵。目を向けた瞬間跪きたくなる衝動に負けその場で膝をおりました
「恵?」
ライト様が呼んだ瞬間、恵身体周りに黄色い紐のような物が見えた。どうやらライト様は重圧を感じておられないようですさすがですね
「恵?」
今度はルナマリア様が呼び掛けると紐が腰に巻き付いた。滑らかな動きで静かに腰に収まっている。あれは……尻尾?恵は人間だったはず
「ふぅ。どうですか?どこか変わりました?どっ!どうしたのコナーさん!?」
「ど、どうやらバルクティンは尻尾の様ね。あと猫科の目」
「ああ、コナーは多分神の力にプレッシャーを感じてるんだろ。獣人だしバルクティンの力に敏感なのかもしれないな」
ルナマリア様が恵に鏡を渡すと自分の変化を見始める。
恵の目は猫科の目をしています。色はもちろん炎の赤、明るいため縦に細くなってるのは本当に虎のようです。……タイラントシルバーファングのタマが恵に懐いているのはこれが理由なのかもしれませんね
腰の紐も見ればタマに似た虎模様、一回転して体を確認している恵のお尻から立派な尻尾が生えていて下着を晒しています。尻尾だけなら獣人マニアは喜びそうだけど、肉食動物の目がそうさせないかも。あとライト様、恵のパンツを見過ぎですよ。ルナマリア様が冷たい視線を送っていますよ
「どんな感じだ?」
「そうですね。力が溢れ過ぎています。20倍近くの力を持った感じでしょうか」
ライト様が魔力を全開に防御姿勢をとり、攻撃するように言うと、助走からパンチ。ライト様は体が軋むような音と共に水の膜へ殴り飛ばされましたが特にダメージを受けたような感じはありません
「ライトさん!」
「平気だ。次は速さだ」
反応速度、防御、反射神経など色々と試し、紋章状態のライト様より速さを除いて、あらゆる点で強いらしいです。速さはほぼ同じくらいで基本の速さはライト様、反射神経は恵が勝っている感じです
大体5分ほど使って解除、恵は眠りにつきましたが数分後目覚めました。そしてもう一回神獣モードをさせるライト様。
「イクスと違って複数回使えるようだな。」
「眠りも同時間って感じね」
実験を終えると寝ている恵を抱えて執務室へ戻ったライト様。今は四人で机を囲んでいる
「デルクリウス戦では期待させてもらうぞ。使っていれば、危険も減る」
「分かりました。一緒に戦えますね」
前回はサポートがメインでしかもピンチに陥ってしまったそうですが、この力があれば問題ない。きっとライトさんの力になれる。と喜びを見せる恵。羨ましい限りです。私もライト様のお力になりたいのですが……仕方ありませんね
「鋼介だが、あいつもかなり期待出来る。そろそろ完成のはず、出来たら見せにこさせよう」
「分かったわ」
「あ、もう一つあるんです。ライトさん。これ覚えてますよね?」
恵が取り出したのは一冊の分厚い本。歴史書か何かでしょうか?丁寧に装飾された表紙に未だ白いままのページ。完璧な保存状態ですね。いくら位の値段がするのでしょう?
「星の黙示録か。しかしな……こっちの人間で試した事はない。犯罪者で実験してからと思っていたんだけど……」
「大丈夫です。まぁ根拠は無いんですけど失敗は無いと思いますよ」
黙示録と呼ばれた本を両手で開き私に向き直る恵。ライト様達の間で紋章処理という魔力を得る為の儀式的なものだそうですが……
「コナーさん。ライトさんの力になれるはず。私を信じて?」
「親友を疑うはずはありません。ライト様の力になれるなら尚のこと。」
私は恵に促されるまま本に触れるように手を置くと静かに本を閉じる恵。挟まれているのに痛みも圧迫感もないのに体の内側から私の何かに圧力がかかってくる。そして内側の何かからさらに理解できない何かが溢れ出すかのような感覚
「ん、終わったみたいだね。」
閉じていた本を引き私の手を解放する恵。私の左手の甲を覗き込むと何も書かれていないページをめくり交互に見比べていく。ライト様が言うには恵しか見えないし読めないそうです。事実私の目には何も書かれているようにはみえません
あるページで捲るのを止め穴が開きそうな程見つめてくる。
「これは【影】の紋章だね。【闇】属性に関する魔法の一部が使えるはずだよ。おめでとう。魔法使いのコナーさん」
いそいそと本をしまい私に向かって拍手をする恵。【影】の紋章と呼ばれた黒く輝くそれを見ているとゆっくりと光が消え紋章も見えなくなった。
「本当にうまくいったようだな」
「え、と。よくわかりませんが?」
感じるのは心臓の辺りからポワポワとうっすらと全身に向かって流れる何か
「ああ、コナーから魔力を感じるよ。よかったな。後で魔力の使い方を【ハートリード】で教えるよ。気をつける事もあるから始めは俺たちの誰かが必ずいるところで頼むよ?」
「はい。これで私も……」
恵が作っているダメージを代われる魔法が使えるようになるはず。恵との約束で言わない事になっていますのでそっちは恵と隠れて修行ですね
「ちょっと!なによそれ!?私にも処理してよ」
「ん、ルナマリアは魔法使えるじゃない。」
「わ、私だって紋章欲しいわよ。ね、ライトも言ってよ。」
「ライトさんに言わすとかズルい。いいよ。ルナマリアもやったげる」
そうして処理されたルナマリア様の手には白銀の紋章が。
「むむっ!これは【月】の紋章だね。氷、水、闇、土の総合的な奴だよ。ルナだけに月とか月並みな事だね。ちなみに私はさっきの状態の時から変化してて【太陽】だったけど。日比野恵だけに太陽ですって。なんか作為的ですよね」
【太陽】は火、風、光、雷を統括したものだそうです。
「俺、イクス使っても変化しなかったんだけど?属性だけってもしかして弱いんじゃ?」
「それを私に言われても……ま、まぁライトさん強いしいいじゃないですか?」
「なんか余計伸び代が増えてしまったような気がするわ。」
「【闇】と【影】は黒髪からコピーさせてもらえばいいか。」
しばらくして帰ってきたカミラとユーリカにも処理をしてもらった。カミラは【熱】、火の下位互換。ユーリカは【音】だった。その時に無属性魔法だけチェックしてもらうと私は【シールド】、カミラが【ストレングス】、ユーリカは無かった。ルナマリア様はもともと【シールド】が使えたようでしたが新たに【タフネス】を得られたようです
無属性魔法が使えないユーリカには悪いけど私が【シールド】を使えるようになれてよかった。これならライト様の役にも立ちやすい。【影】魔法も大事だけど物資の運搬ができる方が私の仕事にも都合がいいですし
カミラはカミラで早速紋章を起動させてライト様と手合わせしているようですね。いつもの狩りを見ている時と違って超人的な動きを見せています。とはいえライト様は一度も攻撃を受けていませんが。
「くっそー。オーナー!【ストレングス】使ってもいい?」
「使ったら俺も使うからな?」
「ええっ!セコイよ!オーナー!ってかオーナー強すぎっ!!」
………ま、まぁいいでしょう。張り切ってるだけでしょうから
ユーリカはユーリカで【音】魔法の実験をカミラの相手をする片手間、ライト様から要求されています
「難しいですよ〜」
「焦るな。しかし【音】か。風に属する魔法って事なんだろうか?」
「知りませんよ〜」
そして私ですが一つの箱を渡されています。これは【シールド】用の練習だそうで常に触る用に言われています。ボックスの形を意識する事で生成しやすくするのだそうです
「コナーは【影】より無属性魔法の練習で良かったのか?」
「はい。とにかく魔力があればよかったので。恵には感謝です。【シールド】の知識もいただいておりますので早いうちに使いこなせるようになりたいです」
「そうか。戦争が終わればゆっくり教えられるんだけどな」
それは二人きりだと嬉しいですね。そうなるように戦争までにいいところを見せておかなければ
「コナーといい雰囲気出すより私を助けなさいよ」
ライト様と見つめ合っていたらルナマリア様からクレームが入りました。
現在陛下は氷の魔力で凍った床の上で立っています。ご自身の【月】の魔力の制御が効かず先ほどから倒れる事が出来ずに立ったまま滑り続けておられます。ライト様は重力という力が陛下に働いているんじゃないかと推測されています。
「魔力を維持したまま氷から前かがみになって足を離してみるんだ。転びそうなら助けるから」
「わ、わかったわ」
そう言うとライト様が仰った通りに頭を前に出す陛下。自然と足が宙に浮き地面と水平になったままになりました
「無重力状態だな。範囲はルナマリアの周囲50センチ。いや、触れた者も含めるみたいだな」
ライト様が宙に浮いた陛下に手を伸ばすと陛下がその手を掴んだ瞬間ライト様も同じような状態になられました。
【シールド】で作った棒を部屋の端から端に渡しそれを掴む事で安定されました。即座に紋章を解除するルナマリア様の脇から手を差し込み体を支えるライト様
「あ、ありがと……」
「ん。」
抱きしめられて赤くなる陛下。羨ましいですね。あれが恋人の距離なんでしょうか。陛下の反応も初々しくて素敵ですね。お互いに意識しあいパッと離れました。二人の間にはまだ微妙な空気が流れています
「……それじゃ、今日は帰るよ。たまには休んだ方がいいぞ」
「え、ええ。考えておくわ。」
ルナマリア様も本当はゆっくり寝たいのでしょう。少しやつれ感が見られます
「あ、コレあげるよ。来るときに姫巫女様がいっぱい食べたから一本しか渡せないけど王妃様と……」
「オーナー。ルクレツィア様は皇太后陛下とお呼びになってください。王妃と言う役職は今は空席です」
「あ、そうか。んん〜。皇太后様は」
「レティアで良いと言っているじゃないですか。脱童貞 (早)英雄(笑)」
急に後ろから聞こえた声に振り向くとイリア様とリアン様を従えたルクレツィア様がおられました。車輪のついた椅子に座るルクレツィア様。その椅子を押しながら部屋の中央に位置どるイリア様。今日の髪色は赤ですね。石化の呪いがかけられているルクレツィア様も顔色は良さそうです。石化しているであろう足首から下を隠しておられなければ健康そのものなのですが……
「えっ?そうなの?ライト。恵?」
「えぁ?」
「ちょっ!あの……ね。ルナマリア?言おうとは思ってたんだよ?約束だしさ。あー、もうっルクレツィア様も言わないでくださいよ。それよりなんで知ってるんですか!?」
ルクレツィア様の言葉に目を細める陛下。どうやら恵との間でヤッたら教えるとの事だったようですね
「ウフフ。その程度見ればわかります。分からないのは童貞か処女くらいです」
そうかもしれませんね。少なくとも二人の間の空気感は友達や仲間ではでないものであり、それでいてルナマリア様とのものより近く濃厚な空気を感じますから
「それより今ルナマリアに渡そうとしていた物を渡してください。せっかくなので今この場でいただきましょうか。」
「ライト殿?父に渡す分をお持ちだとか?父には今度でいいのでそれも渡してください」
「いや、ラドニー殿はかなり楽しみにしてると思うんだけど?」
「どうせ一本じゃ足らんと言って要求してきますよ?作り直すべきでしょう」
「…………なんでみんな食べ物を奪うんだ?」
「そこに食べ物があるから……でしょうか」
「はぁ……わかったわかった。カミラ、また作っといて」
「わかりました。今度は十本は作りますね」
「その内五本はウチで買いましょう。代金は前払いにしましょうか?コナー?」
「はい。……材料費、手間賃、人件費で……多少の割引を加えて、金貨で十五枚いただきます。」
魔物のランクなどを考えると一本で金貨四枚程。これくらいが妥当ですね
「ではリアン。後ほど用意するので届けて置いてください」
「御意」
ライト様の持ち物リストからハムを削除し私のメモに注文を書き込む。ルクレツィア様が私を手招きされましたので近寄るとリストを見せるように言われました
初めは普通に見ているだけだったのが下に行くにつれて目を見開かれました。そして幾つかの商品を交渉しました。もちろん国庫からではなくルクレツィア様のポケットマネーです。
真紅玉、豚肉、鶏肉、熊肉、魚などを購入されました。ウェポンフィッシュのナイフやショートソードもお買い上げになられました。ありがとうございます。ライト様に品物を出して貰うとイリア様が物品のチェックをされます
ドラゴンの骨や鱗は国で買われました。少量ですがこれ自体が超貴重品。個人で買う気は無かったようです。ともかく売却益は金貨550枚程。やはり皇太后様、ポケットマネーとはいえど簡単に大金が動きますね。
ちなみに国庫から出た分の代金はルクレツィア様の嫁の実家からお金を取るのですか?との声でライト様ががっくりしながら「これはプレゼントです」と言われ収入にはなりませんでした。金貨1800枚がおじゃんです。まだだいぶ物はありますので困る程ではありませんがルクレツィア様にも手加減していただきたいものです
恵とルナマリア様が二人してライト様を励ましておられました
結果ルクレツィア様の支払いでマイナス金貨1250枚となります。
「ふむ。よい買い物でした」
いつの間にか切り分けられたハムに満足気にうなづくルクレツィア様を見てせっかく持ち直しかけたライト様が項垂れていました。
「ああ……スタンプボアの肉が減る。いろんな料理にさせようと思ったのに」
「私のものは私のもの。貴方のものも私のものなのですよ」
「ジャイアニズム!?」




