初心者はピンチになりやすい——ライト
「ライトさん!起きてください!着きましたよ!」
うん?もう町の中か?町の名前とか見るの忘れたな。
頭を働かせ辺りを見渡す。見渡すというか見られてた。それはもうひしひしと感じるくらいだ。そりゃこんなカッコの奴見渡しても俺達くらいだからな
ふむ、家屋はほとんどが木造だな。一応言うとゲームと変わらないようでみたところ宿屋に道具屋、教会だ。武器屋はないけど鍛冶屋があるな
この街のだけの事かは分からないけど鍛冶屋だと言うことは武器はオーダーメイドってことなんだろうか?
武器といえばさっきリザードマンが持ってた剣をロレンスさんが回収してたような…?
ま、いっか。別にいらないし。折れてるしな
教会って何をやってるんだ?いや…宗教活動なのは分かるけど他の活動の事だ。死んだら生き返らしてもらえるのか?
いや…ないな
後は馬屋、薬屋、服屋、食料店各種ってとこだ。魚は置いてない。海からは遠いらしいな
ロレンスさんとの約束通り荷物を商店に下ろし終えると時間は正午が近く、酒場が賑わう時間だ。仕事か先ほどの魔物を退治したからかロレンスさんの奢りで昼食を取ることになった
まぁ、多少の遠慮はするが、腹は減ってる。多めに頼むのは許してほしい
「君たち、本当は旅行者なんかじゃないんだろ?神官様かい?魔法が使えるのなんて一部の冒険者か教会関係者か王族、森の人…あとは城に使えるものくらいだが…」
見えてたのか…
…鋼介は話に構わずドンドン食べている。どうみても王族とは偽れそうにない。品が無いし
「トラファール城の方でちょっと…」
「まあいい。君たちは助けてくれたんだ。詮索はやめておこう」
リラックスした顔になり片手で持てる小さな樽をコップがわりに飲み物が入っている。ワインだった。俺達は未成年だけどこの世界には関係ないらしい。鋼介も気にせずグビグビいっている。いや…遠慮しようぜ
「じゃあ出会いと勝利に乾杯」
二人が杯を交わすと同時にコップを持ち上げる俺達五人
大人数なので多少目立ったせいかゴロツキのような男達が絡んできた
どこでもいるよなぁ…目が赤く目蓋が重そうだ。完全に酔っている
「おい!ねぇちゃん達よぉ!!」
エリザさんの肩を掴み酒を注げとか言っている
エリザさんは困った顔でロレンスさんに助けを求めるとロレンスさんはここから立ち去るように言う
当たり前のように怒り酔っぱらいは拳を振り上げ殴ろうとしてきた。俺はもちろん殴らせるつもりはない。足払いをかけ酔っぱらいを転ばせる
「帰れって言ってるんだ」
起き上がり片膝を立てこちらを見てくる。これ見よがしに手を剣の柄に置いているのを見せつける
酔っぱらいはさすがに剣士と対抗する気にはならなかったのか文句を言いながら店を出ていった。外で転んだみたいだけどどうでもいい。
「はったりがきいたみたいだな」
少しワインを飲んで今のやり取りを流して食事に戻る
ロレンスさんは何を真剣な顔になってるんだ?
「はったりだなんて、いやいや…やっぱり腕がたつようだね。いや、しかし…」
ロレンスさんは何か言いたげだがはっきりしない
「言いにくそうですね。さっき見たいなことですか?」
魔物関係か…そうすると撃退、討伐、視察のどれかになるな。条件の提示で分かる気がするけど、本人の話を聞いてからにしよう
「まあ、そうなんだが…」
まだ言いよどむか…なら
「なら、どうですか?商売としてなら話せませんか?」
報酬を出すものの話ならしっかり話してくれるだろう。なんたって相手は商人だ。利益は考えてるだろ?
「なるほど。それなら受けるも受けないのも自由だしね」
やっぱり商人だしな
早速とばかりにロレンスさんは懐から地図を出し一点を指差す。この町から出て少し歩いた先の川だ
「この川沿いの道。ここでさっきみたいに魔物に襲われてね。命からがら逃げてきたんだ。その時の荷物を取りに行きたいんだが…」
「まだ魔物がいると…いうわけですか。」
居座ってるってことか…荷物がいるってことは撃退か討伐、もしくは見つからずに荷物だけ回収ってとこだな
討伐は難しそうだが…回収ならなんとかなるか……
「何人か派遣したが音沙汰なし…諦めようとしたんだがそんな時君達と会ったってわけだ」
今知り合って魔法を使えて恩がある相手である俺達は最適ってことか
「話は分かりました。少し考えさせてください」
派遣した人間が帰ってこないか…魔物は戦闘経験がある一般人以上だってことだ。危険だな
ロレンスさんは頷いてから席を立った。食事は終わりらしい
エリザさんが急いで食べていたのには癒された気がした。歳は上そうなのに子供っぽいんだよな
「成功報酬は金貨で100枚、3日間はこの町の宿にいるからその間に頼みたい」
そう言ってロレンスさんとエリザさんは先に宿へ引き上げていった
今は俺達だけが席に着いている。今無言なのは二人が離れ、今の話題に対して各自が考えてるからだろうな
「ライトやろうぜ。なんたってまずは金だよ。なにするにもいるだろ」
口火を切ったのは鋼介だった。こいつのことだろうから、きっと報酬に釣られたに違いない
「私は反対よ。何人かやられちゃってるんでしょ。危険だわ」
反対にも一票。零華は冷静だ。問題なのは無事で帰ることだと言うことだ。それを忘れていないのは零華らしい
「なんだよ。魔物のボスを相手にすんだぜ。もっと戦いになれないと」
でも、だけど、と言った言葉がいったりきたりしている。ちなみに俺は戦う戦わないではなく、とにかく一度見る事にしようと思っている
コップを置く。飲んでいたのはただの水だぞ
「今回は行きたい奴だけでいく。鋼介のいうとおりだ。今強くならないと戦う事もできないと思う。とはいえ負けちゃ意味がない。だから俺が提案するのは様子見だ」
ロレンスさんがいったのは荷物の回収だ。しかもさっきの話だと小さい小箱の回収が必須だそうだ。まずは敵の観察をしてからがいい
「じゃあ賛成の人」
恵が裁決を取ると賛成3反対1だった。反対したのは零華。恵は回収ならと手をあげてくれた。忍はどちらにも手を挙げなかった
「兄さん。怖くないの?兄さん魔物とはいえ生き物殺したんだよ。」
「怖いさ。当たり前じゃないか。」
リザードマンを貫いた時の感触が手に残っている。不安にさせないように震えを抑えてたが肉を貫く感触はすぐにはなれなさそうだ
「でも、みんなわかってるだろ。やらないとみんなやられてたかもしれない。倒す覚悟がないなら、たとえ逃げてもこの先死ぬさ」
零華も忍も置かれている状況を理解した。逃げても、何もしなくても、後、数年したら死んでしまう
「わかったわ、協力するわ。もう!神様がいたら文句言ってやるわ」
零華の言葉を受け席を立ちあがる
「わ、私は…」
「無理するな。とりあえず今日は宿で待っててくれ」
肩に手を置き留守番を勧め入り口に足を向けた。皆も反対はないようで特に何も言わなかった
「兄さん、待って。私も連れていって」
勢いよく椅子を押しのけ追いかけてくる。頷くと安心したような顔を見せた。妹とはいえまだまだ年下の女の子だな。
そんなことを思いながら店を後にする。
ちなみにさっきの酔っ払いはリベンジに来なかったのでテンプレは無しだった
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準備の為に別行動をすることにした。鋼介と零華が携帯食を買いに出ている間に町のはずれに出てきたけど……二人は大丈夫だろうか?一応会話は出来るんだし問題ないとは思うけど鋼介がいるのが少し心配だ。問題を起こさなければいいが
それより紋章術の訓練と作戦を練らないと。っていうか恵から紋章術についてもう少し具体的に聞きたい
「やだなぁ。私が分かることって言ったことくらいですよ。属性違うし難しいと思いますよ。それよりは紋章を出して戦闘行動の補助で理解した方が分かりやすいと思います」
ふむ、なるほど。一応聞いた火の場合は周りから空気を寄せて燃焼をイメージするらしい
電気ってどうなんだ?ダメだな…上手くイメージできん。発電の原理でもイメージするのだろうか?
仕方がない。今は放置だ。となると作戦か…
今度の戦いの場は川だ。正確には川辺だな。川があるんだから魚が売ってないのはおかしいと思ってたけど魔物が川に居座ってるからか。関係ないけど納得
…真面目にやろう。
作戦を練り危険のない戦いをしなくてはならない。誰が決めるでもなく俺はリーダーになっていた…めんどくさいな。誰か代わってくれないだろうか?
文句を言っても状況はかわらない。ちゃんとやろう。メンバーを第一に考えて作るぞ。今回は勝つ必要はないとも言えるしな
とにかく逃げ道だけはしっかりしておかなくちゃな。これは大事だ
地図の地形を見ても有利な点は見つからない。本当に普通だ。そんなに広くない川に、見晴らしの良い川原
雨も降ってないし川が氾濫してる訳でもない。電気が使えるならかなり利点になるのだけどできないんだから仕方ない
他には…川から離れると町とは反対側に山がある。あるにはあるが…平凡な山だな利用価値は無さそうだ
となると紋章術だけが頼りとなるか?強引だな。まだろくに試していない肉体強化での攻撃はどの程度か知っておかないとダメだな
おもむろに立ち上がると剣を抜き手ごろな岩を切った。岩は砕けるでも剣を跳ね返すでもなくスパッと切れた
うおっ。なんだこれ?ぜんぜん力入れてないのに…剣を見ても刃こぼれひとつしていない。剣が良いのか紋章の力なのかはわからないが、かなりの威力なのは間違いない。これでダメージを受けてくれるといいな
「あとは攻撃のタイミングだな」
忍と恵も何かしていたみたいだ。聞いてみると魔物の説明を何処かで聞いてきたらしく二人で話し合っていた。俺にも教えてくれよな
買い物班二人が来ると町の入り口に戻った。出発の準備の確認だ
「パンと果物の果汁を買ってきたわ。あと干し肉」
手には竹筒で出来たような水筒と五つのパンを入れた風呂敷を持っている。干し肉は味見したのか固すぎるとボヤいていた
細かい銅貨を渡してくるが拒否する。じゃらじゃらうるさいしさ
準備が整ったようなのですぐさま出発する。とにかく不安になるような事は言わない様に気を付けよう。こういうのは信じたもん勝ちだろ。無事を祈ろう
時計はロレンスさんに渡したので正確な時間は不明だけど街道沿いに行けば3時間程度で目的地へ着くだろう。街から3時間の場所なのに国は何故討伐に来ないのだろうか?街を出た所五分後に現れた緑の不細工な奴、おそらくゴブリンを斬りながら考えていた。
このゴブリンで鋼介が殴り倒し、恵が炎で焼き倒し初の魔物殺しを経験した。後は忍と零華だ。この世界で頑張るには早い目に経験するべきだろう。依頼後余裕があれば殺らせてみよう。
「基本は俺と鋼介で前衛をやる。みんなは援護を頼む。鋼介は戦闘行動の補助から戦い方を確認しておけよ」
「分かりました」
「わかったわ」
「うん。」
三者三様の返事が帰ってくる。援護っても火か風を放って気を逸らすくらいだけどな
「ま、俺がいれば心配ないって」
鋼介は相変わらずの楽天的な考えを振り撒いてくる。マイナスな事を言われるよりはいいが鋼介の場合不安にもなる。
「危なくなったら逃げる。敵対してしまって勝ち目が無さそうな場合も逃げること。いいな?」
みんなは頷くが鋼介だけは勝手に道を外れ小高い丘や岩の上に登り周りを見回している。集団行動のできんやつだな
「ライト!あっちに川が見えるぜ」
阿呆が言ってるのはどうやら地図にあった川のようだな。下れば直ぐに目的地まで行けるかも知れないと鋼介が直接川に向かおうと言うが賛成はできない
「道を行こう。川は足場が悪い。いざという時逃げられない」と説明する
川原は大小様々な石があり足がとられやすそうに見えた。これは予定通り行こう
「今回は作戦と言える物はない。まずは見る。」
敵の種族や形状、性格なんかを知っておきたいな
「で、敵対してしまった場合、川原では絶対戦わない。まず逃げて足場がシッカリしたところまでおびき寄せ迎え撃つ、それだけだ」
―――――
更に二時間。ロレンスさんの言ったポイントに到着するとあらかじめ皆に武器を抜くように指示する。確認できるまでオークの居場所は不定だろうし、あとは心構えとかもいるしな
川原は道から少し外れ崖のようになっている。崖の縁から頭を出し目的の物を発見する
「あった…」
崖の下に横に倒れ車輪が真横を向いていた。横転した馬車の影に動く物がある
…いた
俺達の位置からはまだ見えない。無言で馬車の前方へ指を差し静かに見下ろせる位置に移動した。馬車の前方へ回り込むと影の正体が見えてくる
でかいな…腕も足も体もでかい。茶色い体毛に覆われていて、豚や猪に似た頭をして石の棒を持っている。オークと呼ばれる生き物だ。足は遅そうな代わりに攻撃力や防御力はかなり高そうだ
あと漫画やゲームなら腰ミノくらいはつけているが目の前のオークはなにも身につけていない。全身毛に被われているが盛り上がってぶらぶらした部分が男として気に入らない。
「でかいな」
鋼介が言った。ああ…本当にでかい。いやいや、今のところは体が…だろうか?女性陣は恐らく気づいているだろうが…無視か?それとも人間じゃ無ければ平気なのか?
「倒せるかな?」
三人を見るが真顔だな…正直赤面したりするものかと期待したのに……………何考えてんだ俺は?
続いて荷台の方だ
……うげ
俺は先頭を行っていたのでもろに見てしまったけど変な動きはしないようする。俺が馬車の荷台の中を見ているのを見ているからだ。女の子にはキツイ光景だろう。もう息は無い裸の女の子が手足を拗られ横たわっていたからだ
それでもバカの鋼介が後ろから回り込んで見ようとするが押し留める。皆も止まらず進もうとするので、来ないように手を向けた。荷台のさらに中には先に派遣されて来ていた者達の成れの果てがあったからだ。どうやらオークの食料とされていたようだ。見るに耐えない。さっさとオークを誘導して荷物をかっぱらおう
こちらからオークを挟んだ向こう側に落ちるように石を投げてみる。川に大きな音を立て水飛沫をあげてたけど、オークが見たのは二・三秒後だった。反応が鈍い。かなり遅いか…?
「よし、今度は直接いこう。まず俺達だけで行く。足場がしっかりしたところまでおびき寄せるから後から追いかけて運動能力を見ててくれ。能力が低くて倒せそうならそのまま挟み撃ちにして倒す。無理そうなら馬車から離して荷物だけ回収する。いいか。」
皆は覚悟を決めた。最悪逃げれるのが大きいんだろうな。
女組は馬車から大きく離れ男組は馬車の前方に一定の距離から近づかずオークと一直線になった
「さて、やるか」
鋼介は頷いて石を拾い上げた。紋章を発動させ投球フォームを取る
「俺から~。うりゃあ!!」
別段何もする訳もなくボーッとしていたオークに石が投げつけられる
―ヒュッ―ガン!!
石はオークのこめかみに当たり音をたてて河原に転がった
「おっしゃあ!ヒットぉってあれ?」
確かに当たったけどオークは?と回りを見ている。何が飛んできたのか確認してるのか?傷どころか大したダメージはない。防御力はかなり高いな。いや、紋章使って無いのかよ。そりゃ効かないのも無理はないな
落ちた石を見て、投げつけられた方を見るオーク。石を手に持ち騒ぎ立てる鋼介を見つけにらんだ。オークは怒り、馬車に立てかけておいた石の棒をもち、俺達の方へ走ってくる。
うん、鋼介にそんなことされたらそりゃ怒るよな。俺ならキレるよ。
俺は一足先に逃げると後を鋼介が追い、さらに距離を開けてオークが追ってくる。バカなのか逃げる俺達だけを見て走るので時々躓いている。見た感じ集中力はないし注意力もない。足は思ったより早いけど、程度は知れてる
接近戦に持ち込まれなければ勝てそうだな。接近戦中でも俺達が本気で走ればまず追い付かれる事はない。逃げ切れるな。ただし平野に限る。
川原から草地に変わり普通の足場だがまだまだ逃げる。女組が逃げる場所を確保しなければならないし
オークがよそ見しないように距離を保ち石を投げるのも忘れない。
ちっ!生意気な事にオークも見よう見まねで石を投げてくる。石にコントロールはなく足元にただ転がるだけだったが威力だけは申し分ない。当たらないようにしないと
オークがこちらに気を取られてる内に薄い坂道を登り引きつける。逃げる先を見ると道は山の方に向かっていた。さっき石を投げた側だな
オークは手ごろな石を拾い次々に投げてくるだんだんと飛距離が伸び、近くに落ちる。だんだんコツをつかんできたようだ。
ところがいくつもの石を投げたオークは辺りの石が無くなったことにも腹を立てた。石の棒で地面を叩き回る
暴れた痕跡は見てて参るな…怒ってるとはいえ普通に陥没って…怖っ
「ライト、あれ」
鋼介が指を差した方向には大きな岩がある。強く押せば倒れ、転がりそうだな。オークへ転がるように押すと岩は不規則な地響きを立て転がりオークへ向かう。当たればラッキーくらいなもんだ。それでダメージもあたえれるなら鋼介のやつを誉めてやろう
―っと、突風か…
岩があった場所にいる俺達に向かって山を昇る風が吹いた
「おい、ライト。あいつ止まっちまったぜ?」
後ろを見ると確かにオークの足が止まっていた。オークはしきりに鼻を動かしている。
オークは先に風を浴びていた。そして吹いたのは下から上に向かう風だ
なんだ…?嫌な予感がする
こちらを見ていたオークはいきなり踵を返し下山を始める。その為、転がる岩の軌道から外れ岩は無意味な方向に進む
価値のなくなった岩は二三転すると砕け散った。誰かに当たらなくてよかったって事にしとこう
「あいつ恵達の方に!」
オークの意図に気付き後を追う
「鋼介!急げ!」
鋼介も気付いたらしく顔色を変え慌てて走り出した。
俺達とオークの視線の先には木に隠れながら追いてきた恵達がいた。足止めしようと持っていた石を投げるけど走りながら投げるし、走る標的にはそうは当たらない。近くをかすめるだけだった。当たってもダメージを受けないならオークは無視して進むだろう
やがてオークが三人の下へ辿り着く。三人は坂を降る勢いとか迫る醜悪な顔に驚いていて動けないでいるようだ。
紋章強化すらしてない!あれじゃ逃げられないだろ!
三人に覆いかかるように体を拡げるオーク
「ひぅっ」
小さな悲鳴を漏らしたのは忍。二人は陰に隠れててよくわからない。でも間違いなく恐怖しているだろう。その様子に満足したオークは石の棒を振り上げ、下ろそうとした
目をつぶった三人に振り下ろされる棍棒
させて…たまるかぁ!!!
「グオォッ」
体を硬く強ばらせ、互いの体をつかみ合っていた三人。でもいつまでたっても痛みは襲ってこないぞ。女子の悲鳴じゃないんだからちゃんと見ろよな
ゆっくりと目を開けた三人はオークが倒れているのをみた。まだ生きているが振り上げたまま固まって倒れた
右腕からの出血。後ろから俺が最後の石を投げた結果だ。最後だからはずせない。絶対にさせない。倒す!そんな意思が石に雷を纏わせたのかもしれない。投げた時、輝き異様な速度で飛んでいった
「今の内にコッチにこい」
力強く命令する。今は緩く言ってる場合じゃない。オークを飛び越えこちら側へ駆け寄る三人
投石の名残で左手の紋章が輝いている。やっぱり紋章術で撃ち抜いたようだな
「さがっているんだ」
三人を下がらせ鋼介と一緒にゆっくりとオークを挟み込む
苛ついたオークは怒りに痛みを忘れ立ち上がると左手で石の棒を持つ。流石に右腕は動いていないので左手で振り回しだした
俺も剣を抜き構える。完全に敵対してしまった。しかも接近戦だ。陥没するような攻撃を受けるなんて嫌すぎる。常に相手の右に回ろう
攻撃を避け、斬り込むタイミングを探す。大きく避け、なるべく着かず離れずで戦う事にした。
相手は出血中だし暴れてるし体力の限界を待ちたい。横を見ると鋼介も攻撃を受けないよう必死だ。手甲で上手く受け止め、流し、凌いでいるが、たまに直撃を受けてるけど手甲がなんとかダメージを軽減してくれてるようだ。鋼介は受け止めれるか…負けるなよ。ここからは体力勝負だ
攻撃は乱雑に振り回され続く。隙は大きいけど元々高い防御力に攻撃のタイミングが見付けられない。できれば胸と首がガラ空きになれば……
「お、い!ライト。わっ。どうすんだよ?さっきの出来ないのかよ」
…無理か
「紋章が光らない。使えないみたいだ。」
紋章は薄くなっている。さっきは一瞬強く光ったのだけど……魔法の力を大量に使ってしまったようだな。さらに少なくない疲労感も感じている
俺はそれを理解するとある作戦を立てた。魔力?という力も無しで倒す方法。遠距離からの攻撃はできない以上懐からの攻撃で倒す。そんな作戦だ
あとで怒られるかも知れないなと考え、鋼介と場所が被るタイミングを図った。死ぬよりかはいいだろう
鋼介が攻撃を受け流すと同時に一歩下がりオークに見えるように鋼介の後ろにつく
俺は鋼介の真後ろについた。オークからはチャンスに見えるだろう。当然、頭から叩き割るように打ち付けてくる。二人を一網打尽にできるからな
俺は棍棒の動きを確認しながら体制を低くして鋼介の横を駆け抜ける
「鋼介受け止めて弾け!」
「うぇ?」
―ガン!
鋼介が頭上で腕を十字に組み石の棒を受け止めた。踏んでいた小石が弾けるが鋼介はしっかりとした意識を持ってオークの左腕を跳ね上げる
「はっ!」
俺は鋼介の脇を抜けオークに肉薄すると斧を振るうように剣を両手で持ち振り、分厚い毛皮ごと頭をはねた
飛んでいったオークの頭は恐怖に固まり事切れていた。頭を失った首からは絶え間無く血が噴き出している
——ズン……
膝が折れ、遅れて体も地面に倒れ僅かに砂ぼこりを上げた。今だに噴き出す血が大地を流れ河へ向かって行った。俺は近くの岩にどかっと腰をおろす
「はぁっ!はぁっ!ふう…」
息を整え集合する。三人は涙の跡が見えたし、どこか怯えた雰囲気すら感じる。よほど怖かったんだろうな。逃げる事も出来なかったくらいだし。
と思ったらあんな恐ろしい奴を倒した俺にも少しビビっているようだ
「あ~うん。…なんか結局倒しちゃったな」
事も無げに言ってみる。俺は今変なテンションだけど怖がらせないように努めてみる。ようやく正常に戻りつつある三人は恐怖が抜けたあと執拗に具合を聞いてくる
「兄さん、大丈夫?吐きそうとかは?」
「ライトさん、かすり傷が…」
「手首はどう?痛みは?」
「たぶん大丈夫だ。気分が高揚してるから今は平気だ。傷は大した事ない。何日かしたら消えるだろ」
それでもと離れない三人に囲まれ…あ…女の子の匂いが…いや…気が高ぶってるからやめて欲しいんだが…
……あ
「「「あ」」」
三人の目が下に……俺の血の通った俺自身をガン見された。
……………
………………………
……………………………………
「キャアアァァァァ!!!」
「ぞうさんがぞうさんが!」
「パオーンって、パオーンってなってるぅ!!」
その後の事は言うまい……
あとオークが引き返した理由だけどたぶん零華が持っていた干し肉だったんじゃないだろうか?現在進行形で引きちぎりながら思った
「ぉ~ぃ」
もう一人の功労者が小さな声で自己主張していたのに気づいたのは15分が過ぎたころだった
――――――
俺達は——三人は少し距離をあけて歩いている。だから高揚=気が高ぶってるっていったのに——川原へ戻ってきた
ちなみにオークの頭は回収したし、一応ロレンスさんを見習って魔物が持っていた石の棍棒は回収してある。頭があれば、この道は安全になったと証明できるし、棍棒は金にできるかもしれないしな。金は大事だ
で、依頼の方だけど俺だけで死臭のする荷馬車に入りロレンスさんが取り戻したい物を探す。
小箱だった。荷台の隅に無造作に転がっていたそれをポケットに入れ馬車を降りた。俺は中身を予想してしまっているので開けたりはしない。開いた形跡がないほうがいいだろうからな
馬車を降りた俺はもう一度馬車を見ると冒険者の物であっただろうマントを拾い上げ、オークに穢され慰み者にされたと思われる女性の遺体に掛けてあげた。せめての供養になればいいな
「よし、町にもどろう」
「もういいの?兄さん少しくらい休んだら?」
ちゃんと落ち着いた?と裏が聞こえるのは気のせいだろうか?三人の視線が息子と周りの景色を往復しているがとりあえずやめてほしい。藪蛇はごめんだからな。気のせいだということにしとこう。
現在時間は不明だけど行きに2時間、帰りに3時間、戦っていた分を考えて町に着くころには夜8時頃になるか
「ああ、とりあえず宿で休みたい」
そう、と了解を示す忍。他のメンバーに伝えにいった
「目的は果たしたから金貨100枚だよな、銀貨にしたら2000枚くらいらしいぜ」
なんて事を言っている鋼介は囮に使ったにもかかわらず怒っていなかった。気にするどころか勝利に酔っているようだ。同時に不自然さもあるけど
「鋼」
「何だよ零華?」
零華は心配した顔をしている。
「なんでその手甲外さないの?」
「ん?いや、いいんだ。あ、ちょっ、待てよ」
零華が強引に手甲を外すと鋼介の両手はアザができていた。手首から肘前まで青紫になっていたらしい。さっきの一撃を受け止めた代償か…
「やっぱり…あまり手を動かさないから変だと思った。」
すまないな…。よく見えないが酷いんだろうな…ちゃんと治るだろうか?気にした様子も無く、俺に文句を言うでもない。言ってくれた方がいいのに
「ほら、返せよ」
催促するが零華は返さない。それどころか持ったまま行こうとしている
「お、おい…」
持ってあげると言ってくれているのだから空気読めよと伝えてやると零華の横に並び帰る道を歩いていく。
「…あふ」
アクビがでた?凄く眠くなってきたなぁ。あぁさっきの戦いでの影響かな?
視界が歪み道脇の草葉に踏み入れてしまった。忍が振り向きこちらに何か言っているけど聞き取れない
足元がおぼつかず真っ直ぐ歩けないがなんとかまだ行けそうだと一応伝えてみた。こんな道端では寝れん
もう少し頑張り街道に出る。日が暮れて夕日が眩しい。まぶたにキツイぞ
「なあ、みんな。悪かったな。怖い思いさせて。俺、もう少し強くなるよ」
そう呟くと体が草地に倒れこんだ。ドサッという音を最後に意識が飛んだ。意外と持たなかったな。