「名探偵と助手」
とある旅館の廊下を、一人の青年が駆ける。青年は額に汗を浮かべ、少々青ざめた顔をしており、如何にも慌てていますと言う態度で一番奥にあるドアを開けた。
「先生! 大変です! 大変なんです!」
「そら見ろ、だから私は嫌だと言ったんだ」
慌てて部屋に入って来る青年を見て、先生と呼ばれた男が顔を顰める。
「で、でも、今回は絶対に偶然ですよ!」
「偶然なものか。良いか、此れは必然なのだよ。物事は起こるべくして起こったんだ」
男は座る向きを座卓から青年の方に変える。息を整えた青年は、男の前に正座して「でも」と口を開いた。
「でも、今回の原因は先生じゃないでしょう?」
「直接的な原因が私で無くても、切っ掛けは私にあるだろうに。解決には発端が必要なのだから」
「そ、そんな事ないですよ!だって、今回は僕が居合わせたのであって、先生には全く関係ない話で」
男の剣幕に青年が慌ててフォローを入れる。しかし、そのフォローを聞いた男は額に青筋を浮かべて青年を怒鳴りつけた。
「話? 話だって!? そうさな、私が居なくても御話は続くだろう! しかしな、私が私、君が君で有る限り、その話には関わってしまうのだよ! その話の都合で毎度居合わせられる身にもなりたまえ! 今回の旅行だって、私は嫌だと言ったんだ! なのに、君が無理に連れて来るからこんな事に!」
男の怒声に青年が首を竦める。
「す、すいません! 今回は絶対に、絶対に大丈夫だと思ったんです!」
「私と君に関して、それが如何に無意味な言葉かと言う事を、何故に君は学習せんのだ」
眉間を抑えて溜息を吐く男に、青年が苦笑いを返す。
「そりゃ、学習しちゃ話が続かないからでしょう」
「続いて何か得があるかね?」
「え? そうですねぇ。こう、お金が沢山手に入って生活に困らなくなる、とかですかね?」
「まぁ、無いとは言い切れないね」
「あ、可能性は有るんですか?」
男の意外な言葉に青年が驚く。男が続ける。
「ここが紙の上で無く、私と君が現実に居て、偶然に警察から迷宮入り事件の依頼を山程受けて、それを一般の人目に触れず、極秘裏に完璧に解決すれば、政府や警察から一生の生活は保証されるだろうね」
「……無理ですねぇ」
「……無理だろう」
そこまで言い、男は頭を抱えて座卓に凭れかかった。その時、ドアを叩く音と外で誰かが喚く声が部屋に届く。
「ああ、聞きたまえ。君が此処に来たから関係者が私の所に来た。これで私は晴れて関係者に仲間入りだ」
男が諦めの溜息を吐くと同時にドアが開き、口ひげを生やした一人の警察が入ってきた。その警官は、先生と呼ばれる男を見て、驚きと興奮の声を上げた。
「あ、貴方は名探偵の!」
かくして、名探偵と助手は今日も事件に巻き込まれるのであった。