先住民の決断
コーチ? 林君は彼と佳奈ちゃんを守るために、鷺村先輩に走る特訓をしてもらおうとしているの?
訳が分からずぽかんとしている私と、心配そうな顔で林君を見つめる佳奈ちゃんに挟まれながらも林君は先輩に頭を深く下げていた。そこまで彼が必死に頼むのは何か切実な理由があるのは分かるし、さっきの林君の口調から考えるとそれが今日の昼休みに追われていたのと何か関連があるのは確かだ。でも、急な話だし、林君には悪いけれど先輩がオッケーするとはとても思えなかった。
先輩はどうするつもりなんだろう、と先輩の方を見ると、さっきから林君の方に体を向けたまま動かない。窓からの光にわずかに照らされた、彫の深い大人びた顔から彼が何を考えているかも分からなかった。
黙ったまま動かない先輩と林君。
先に口を開いたのは、先輩だった。
「説明が先だ」
「「「はい?」」」
思わず、三人同時に聞き返してしまった。先輩は人とつるむのが好きではないのは知っているから、当然先輩は林君の頼みを断ると思い込んでいた。それは私だけでなく佳奈ちゃんも、いや頼んだ張本人である林君でさえもが思っていたことなのではないか。でも、先輩は断っていない。林君に、条件を出している。頼みを受け入れようとしている。
「なぜお前は自分たち自身を守るために速く走れなければならないのか。そのコーチが何故俺なのか。そこが分からないと、コーチなんて出来っこない」
「分かりました。先輩に、全部話します。ですから、俺のコーチになって下さい」
「…場合によってはな」
無理を承知での頼みがはねのけられず心に余裕が出来たのか、顔に赤みと笑顔が戻った林君は、どこから話し始めようかしばらく考えあぐねていたが、やがておもむろに語り始めた。




