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徒然短編

そら

作者: 紅夜 真斗

ケータイ向きじゃありません。話の内容上血生臭い表現がありますので、苦手な方は申し訳ありません。


 空は薄茶色、空気は硝煙。目の前にはおびただしいとも云える赤。

 赤は両腕だけでなく全身を染めていた。

 自分のものじゃない……、腕の中で冷たくなっていくものからだ。

「冗談だろ……起きろよ、なあ……」

 壕の中で止まない悲鳴の中で、覆いかぶさって冷たくなっていくこいつをゆすった。

 微かに、ほんの少しだけ黒い瞳とぶつかった。だけど、一秒も間も持たなく光が消えていった。







「あんた、邪魔」

「な、なんだよいきなり」

 狭い陣地とはいえ外で、しかも俺一人でいるときに飛んできた台詞。

 咄嗟に振り返り相手を確認、短い黒髪に大きな黒い瞳、頬にはでかいガーゼをつけた顔見知りの女だった。

「……邪魔。あんたみたいな図体のでかい奴がいると、邪魔なの」

「お前が小さいだけだろ、大体、休憩時間にどこで休んでいようと俺の勝手だろ」

 同じ小隊の仲間でも名前は知らない。逆にあいつも俺の名前を知らない。聞く気も知りたいという気持ちもなかった。

 だから、会ったときもあいつは俺のことを「あんた」と呼んで、俺はあいつのことを「お前」と呼ぶだけだった。

「……」

 沈黙の後直ぐにあいつは踵を返した。これ以上の会話も無駄だと思ったらしい。

「あんたの班、哨戒」

「……うあ、やべっ!!」

 ベルトに通していた懐中時計を引っ張り出して確認すると、時間二分前。食器を洗う時間をなくなく削り、班長の元へと走っていった。

 歳の割にはいかつい顔した班長、時間にして三十秒の遅れを取った俺に鉄拳制裁一撃で済ませてくれる心優しい……オヤジだ。

 班員は全部で六人、それぞれ二人一組になって分担して陣地内を見て回るだけだが、ここからほんの十数キロ先には戦争相手の基地がある。

 相手の基地の規模自体は小さく、近いうちに破棄される予定になっている……らしい。上からの話だから、その真偽自体確かめるすべは雑兵の俺らには何もなく、ただ、言われたままに行動を起こすしかない。

「てかさ、もし本当に破棄されるなら俺たちが出張ってくる意味自体ないよな」

「それは言うなって。隊長たちが本部に戻ってる今、オレらが気張って部隊守ってなきゃいけないんだしよ」

「うわ、無理。隊長たちみたいにバケモンなら別だろうけど」

「……本人たちが聞いたら殺されっぞ」

 ぽつっとこぼした言葉に相棒が苦笑いを浮かべながらとんでもないことを言ってくれた。それに、うちの隊長と副隊長のコンビは他の部隊の連中とは比べ物にならない力量の持ち主。

 常に最前線に居て解放した町は数知れず。最近じゃ英雄化されてきて本部の総指揮官も押される人気。

 つまり、陰口と言ってたら本人たちだけじゃなく信奉者たちにも何されっか…… 

「まあ、だからだ。きっとあの基地には何かあるんだとは思う」

「例えば?」

「んー……例えば、ツインバスターライフルとかIDEとかなんならガビグラでも可」

「よりによって美野郎かよ。せめてゲペにしとけ」

「えーーーーー」

 ど三流じみた存在がいいのに。とは言わずにすれ違う上官たちに挨拶をしてやり過ごしていった。

 それから、陣地を半周したところで次の班がくるまでの時間を固定で待つ。

「なあ、あれ……なんだ?」

「んー?」

 示された方向に目を凝らしてみたが地平が広がるだけで、何も見えない。

「なんも見えないけど、気のせいじゃねーの?」

「いや……ほら、また」

 否定の声の少し前に確かに光が入ってきた。軽い点滅を繰り返しふっと消え失せた。

「なんだあれ?」

「さあ」

「ともかく、報告に走るぞ」

「だな」

 踵を返し、走り出す体制を取った体に重たい衝撃が全身に伝わった。

「なっ……」

「悪いな相棒。合図だ……」

「てめ……」

 腹にぶっ刺さったコンバットナイフが勢いよく引き抜かれ、一気に血が流れ出て行くのが分かった。

「色々と気にかけてくれた礼だ。そこで寝てろ」

 くそっ、自分が倒れて行く瞬間って意外とゆっくり見えるっつーのは、嘘じゃないようだな…。

 倒れきってから、食料保存用テントから火の手が上がるのが見えた。

 一気に狭い陣地で連続した爆発、怒号、悲鳴が入り乱れ始めた。


「起きな、あんたのでかい図体でいつまでも転がしてないでよ」

 肩をつかまれ、仰向けにされたが顔が霞んで見えない。

「……仕方ないか」

 ぽつりと聞こえた言葉に、顔面とナイフが刺さったところに冷たい何かが掛かった。

「っぷは! てめ、殺す気か!!」

「死ぬ気なら死ね、生きる気力があるなら生きな」

「お前なぁ……」

 文句を言いたかったが、それよりも傷だらけの女を目の前にして言うのも情けない気がした。

「ちくしょ、部隊は……部隊はどうなった」

「堕ちるのも時間の問題だね。隊長たちが、本部に戻されてるのがどっかで洩れたんだろうね」

「くそ、あいつら……」

 意識が戻ると痛みも半端なく体を引き裂いて行くが、それよりも怒りが先立って走り出していた。

「あんた、そんな体でどうすんの!」

「うっせー、あいつらとっ捕まえるんだよ!」

 それだけ叫んで、どいつが敵でどいつが味方なのか分からない混戦の中に突っ込んでいった。

 テント越しに弾丸が掠め、上空を手榴弾が飛び越えて行く。地面は誰とも分からない血で染まり、何人もの仲間だった奴が転がっていた。

「うああぁぁっ!」

 直ぐ近くで聞こえた叫び声に続いて、テントの影から弾薬が詰まった木箱と死体が転がってきた。反射的に銃剣の引き金に指をかけたが、引いた後に待ってる結末は……。

 だから意識をして引き金から指を離しグリップを強く握りこんだが息を整えるまもなく人影が出てきた。

「っ!」

 思い切り踏み込み、叩きつけるように銃剣を振り下ろした。鋼がかち合う鈍い音と手に電気が走ったみたいな痺れが伝わってきたが、すぐさま水平になぎ払われた。

 銃剣を放すまいと力をいれて自分の傍へ引き戻し、下からすくうように不自然な体制のまま振るった。空気を思い切り切り裂いただけで手ごたえは何も感じられなかった。そして、肩から地面に倒れ落ちるとすぐさま転がって距離を取り直し立ち上がった。

 今度は構えなおす前に踏み込みだしバッティングの要領で全身のバネを使い銃剣を振るった。最初よりも鈍い痺れが手から腕へと伝わっていた。

「お前はどっちだ」

 聞こえた怒りを抑えた声に促され、相手の顔を見た。額を切られ血まみれになってはいるが間違いなく俺の班の班長だった。だけど、ここで剣を引くことの考えが起きなかった。

 もし、班長も俺たちを裏切った人間だったら……

「俺は……隊長の理念に従う人間ですっ」

「そうか……」

 班長はにやっと笑うと銃剣が微かに下がった。味方と判断してもらえたのかそれとも……

 円を描く流れる動きに逆らえずに俺の腕が強制的に動かされていく。

「なら、ここで死んでくれ」

 腕が元の位置に戻ると同時に銃剣が弾かれた。がら空きになった体に血で汚れた鋼が迫ってくる。

「伏せろ!」

 鋭く飛んできたのは言葉だけじゃなかった。強烈なスライディングを仕掛けられなす術もなく足元から体制を崩した。

「裏切りに制裁を……」

 カチッ、乾いた音に連続した発砲音が耳元で鳴り響いた。時間をおかずに生暖かい血が降りかかってきた。

「うぐっ……」

 喉の奥にべったりと張り付くような空気に胃の中のものが一気に駆け上ってきた。

「堪えな、吐いたら余計に苦しくなるよ」

「分かってる……」

 無理やり吐き気を堪えて、自分の銃剣と転がっていた弾をポケットの中にねじ込んだ。

「あ……のさ、助かったよ」

 助け方はどうであれ、生きてる。だから一応礼は言う。

「あんたみたいな莫迦でも、仲間だからね」

「お前なぁ、もう少し言い方あるだろ」

「行くよ。あの突撃隊長が再編を始めてるから」

「ああ」

 止血と痛み止めの薬を打ち込んで、こいつの肩を借りて走り出した。

 再編に残った人間は最初の半分以下の十三人。元々部隊としても五十人で組んでいたから、ある意味では予想通りの人数だった。

 だけど、俺の班にいた仲間は誰もいなかった。

「第二、第三班全滅か……お、そこのお前、確か第五班だったな? 報告はどうした」

「あ、はいっ!」

 直接声がかかり、前に出る羽目になった。周りの視線が冷たく突き刺さってくる気がした。

「班長は確か……」

「あの、よろしいでしょうか、私から先に報告があります」

「おー。情報は早めに欲しいとこだ、カムカム」

 この緊迫した中で見せる余裕は隊長の影響だろう。あの人なら、自分の周りで何があっても俺たち下っ端を不安にさせるような表情は出さないだろうな。

 俺の隣に立ってさっきの出来事を報告していたこいつに、またひとつ借りができたような気がした。

 他の連中から庇うこともせずただあった事だけの報告だが、俺がこの一連の騒動との関わりのないことだけは明らかになった。

「出るぞ。ただし無理すんなよ。第二班は八時から、第五、第六班は三時から逝って来い。派手に打ち上げるぞ!」

 陣地放棄がどこぞかの花火大会のようなノリに変わった気が……こんだけふざけた部隊はどこを探してもないだろうな。

「ちょと、もう少し真面目にやりなさいよ」

 突撃隊長の傍らで突っ込む声が聞こえたがもう、これ以上はどうでもよくなってた。元々がはぐれ部隊で本部の厄介者集団の集まりだ……

「で、お前さんたちは本当に、残るのか?」

「「はい」」

 尋ねられた質問に即座に答えた。

「死ぬかもしれないぞ?」

「覚悟の上です」

「班の責任があります」

 時間稼ぎのために残ったのは今は席をはずしている部隊長の率いる第一班と俺とこいつの八人だった。

「……オレは死にたくはないけど」

「なら、生き残ることに全力をかけます」

 突撃隊長は苦笑いを浮かべながら愛用の剣を背中に収めてサブマシンガンを手に、隣に立っていたこいつも無くなった弾丸を補填しながら答えていた。

「で、お前はどうなんだ?」

 問いかけられた言葉に俺はなんて答えればいいのか分からなかった。

 俺は、一人だけでも残らなきゃいけない……それが今までだった。だから、答えられなかった。

「つっても、軍隊上がりはそうなるわな」

「はぁ……」

「戦争なんてもんは生き残った方が勝ちだ。今死ぬことより、次に何を残せるか……そっちの方が大事だ」

「準備できたよ」

「おう、打ち上げろ」

 答えが出ないままでいたが、時間は待ってはくれない。照明弾が上がり撤退救援の知らせを空に向かって知らせていた。

「行くぞ」

「はいっ」

「……っ」

 俺は、俺は自分の銃剣を握り締めて走るしかなかった。

 敵がもっと押し寄せてくるかと思ってたけど、そういう気配は殆ど感じられなかった。

「裏切り者を混ぜこむにしては、ちょっと雑すぎると思わない?」

「……多分、裏があるんだろ」

「そんなのは分かってる。大体あんたの注意力が足りないからこんなことになってるでしょ」

「全部俺のせいかよ……」

 痛いところを突きつけられて、口をつぐむしかなかった。

「大体あんたはいっつも詰めが甘い。さっきだって、ためらってたでしょ。敵は討て……軍ではそう教えられたんじゃなかったの?」

「お前……」

「あんたの一個上の階級だった。でも、あの隊長に助けられた……最初は辱められるくらいなら死ぬ気だった」

 出会い頭の敵に容赦なく銃弾を浴びせながらこいつは淡々と話していた。

「でも、生きたいと思った。隣には立てなくても守りたいと思ってた……」

「何で……そんなこと俺に言うんだよ」

 前に出る俺のから火を移した木材が落ちてきた。それを銃剣で打ち払い道を開く、遠くに影が見えた。それを追って走っていた方向を変えて逃げて行く敵に背後から数発、撃った。

 短い悲鳴の後に倒れた姿を確認して、後ろから文句を言いながら追いついてきたこいつに先を促した。

「何か来る!」

「こっちだ!」

 ジープの土煙を見つけ近くの壕の中へと避難した。壕っつーより堀にちかいが、それよりも何よりも、ジープの上に備え付けられている何かに光が灯った。

 ヤバイ……全身が総気立つ寒気に本能的にこいつの胸に掛かっていた通信機に手を伸ばしていた。

「ポイントEより、全員逃げろーーーっ!!」

 全身を縮ませて力の限りに叫んだ。一秒か二秒あとに光の柱が頭の上を掠めていった。光が通っていった場所には何もなくなっていた。

 完全にえぐれた地面に、射線上にあったはずのテントも転がっていたものも全て灰になって、消えていった。

「な、なんなの……アレ」

「そんなの、知るかよ!」

 混乱して八つ当たりのように叫んでいた。

「ともかく、長居は無用ね」

 背中を土壁に預けたまま時計を見て呟いていた。

 あれからまだ十分も経っていなかったが、あんなもんの第二射を受けてなんか居られなかった。

「援護するから、先にいける?」

「ああ」

 銃剣に新しく弾丸を補填しいつでも打てるように準備をし、壕の中から飛び出した。先の砲撃で近くに敵は居なかった。地面が異様に熱されているのがわかった。

「超高密度の光粒子砲ってところかよ」

「……アレの試射が目的かもね、そう考えれば敵の増援が少ないことも納得できる」

「あんなモンが戦局投入された日には……こっちの敗北が目に見えるぜ」

「そうね、ともかく皆との合流を優先して、それから報告するしかないね」

「だな」

 あれを間近に見て生きてることの感謝しながら、走り出そうとした。

「……    っ……」

 だけど、それを止めるかのように微かな声が聞こえた。一瞬空耳かと思い後ろに居たこいつにも確認を取ると聞こえたことだけは確認できた。

「たす……    て……」

 ズルズルと地面を這う音が聞こえてきた。そんなに離れていない場所、腕の一部を黒焦げにした人間が倒れていた。

「……っ!! てめぇっ」

 そいつの顔が見えた瞬間、銃剣を構え引き金を引いた。

「やめろっ」

 咄嗟に上から押さえつけられ銃弾はそいつから逸れていった。

「何で邪魔した! こいつのせいだぞっ、こいつのせいで!」

「あんたが殺さなくてもこいつは、ほっとけば死ぬ」

 心臓が凍りつきそうなまでの冷たい視線に言葉が続かなかった。怒りも何もかも凍らされてしまった気分だ。

「たすけ……        なあ…………」

「行くよ」

 腕を取られ促されて、歩き始めたけど……こいつを前にして俺を殺そうとした相棒の存在がやけに哀れに思えた。

 結局あいつも捨て駒にされたんだ。誘い文句がどんだけ甘美でもそのへんの石ころ以下の扱いで捨てられたんだ。

「ちくしょーーー! 先に裏切ったのは隊長たちじゃねーかっ!」

 最後の呪いの言葉に俺たちは足を止めてしまった。振り返らなければ良かったとか、足を止めなきゃ良かったとかそんな事を思うにはもう少し時間が必要だった。

 残った力を振り絞って転がしてきたのはピンが抜かれた手榴弾だった。

「くっ」

 爆風に突き飛ばされた形で壕の中に背中から叩きつけられた。視界が真っ白に染まり目を開けていても何も見えなかった。

「おいっ……生きてるか」

 体に掛かる重みで乗っかってるのは分かってた。だけど目が見えない。

「おい……おいっ!」

 返事が無いあせりに、肩を掴んで揺さぶった。手のひらにぬるりと血が付いたのがわかった。でも……それでも返ってくる返事は無かった。

「生きてるかっ」

 徐々に見えてきた視界に腕に付いた赤がやけに目に付いた。

「おい、返事しろよっ。なに寝てんだよ!」

 視界が晴れたころには徐々に体温を失って行くのがわかった。

 俺なんかを庇ったせいで、背中は熱で溶かされた衣服と破片で無残な姿だった。

「冗談だろ……起きろよ、なぁ……」

 微かに、ほんの少しだけ開かれた黒い瞳とぶつかった。けど、それは一秒も無く光が消え失せた……

 なのに……なんで……

「なんで、笑ってんだよ……なに、やり遂げたような顔してんだよ……お前、あの人の横に立つのが夢だったんだろ。なに、勝手に死んでんだよーーー!!」

 何も、もう何も思い浮かばなかった。

 何も先を望めなかった。

 ただ、後悔してることだけはあった……



 名前を呼んで

    逝かせてやれなかった



 まともに礼をいえなかった



 そんで………






『おい、生きてるか? 生きてんなら、直ぐにポイントZに集合しろ、離脱するぞ!』



お目通しありがとうございます。

初投稿でクセのある書き方・内容ですが、あえてなのでご容赦を。


これからもよろしくお願いします。

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