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四日後、カレン平原に着いた。
地平線まで続く農地だった。夏には麦が黄金色に輝くはずの土地が、今は茶色く枯れた状態で広がっている。
村長のおじいさんが「もう十年、満足に作物が取れていない」と言った。
サチコは地面に手をついた。
(感じる。ここは東部とは少し違う。詰まっているのではなく——薄い。魔力自体の濃度が低い。流れがあるにはあるが、水量が少ない川のようだ。)
「エルク、地図を見せてください」
地図を広げて確認する。平原の北側に、小さな山脈がある。
「あの山に、魔力の源泉があるはずです。でも何かが邪魔をして、平原まで届いていない」
「源泉を塞いでいるものか」エルクが即座に考え始める。
「あの山脈は採掘が行われていた記録がある。三十年前まで、魔石の採掘が盛んだった地域だ」
「採掘で、流れが変わった可能性が?」
「ある。地下の採掘跡が空洞になっていれば、魔力が地表に届く前に散逸する」
「空洞を埋めることはできないけれど——流れを別のルートに変えることはできるかもしれない」
「どのくらいかかる」
「二日か、三日」
エルクはノートに書き込んだ。
「では始めよう」
翌朝から作業を始めた。
山の麓に手をついて、地下を感じる。エルクの言った通り、大きな空洞がいくつもある。
魔力がそこで散ってしまっている。
空洞を迂回する流れを、少しずつ作っていく。
東部の岩よりは難しくない。でも範囲が広い。
平原全体に届かせるためには、複数の経路を作る必要があった。
二日目の昼、作業の合間に村の人たちが昼食を持ってきてくれた。
素朴なスープとパンだったが、美味しかった。
「お嬢ちゃん、本当に魔法使いなのかい」と村のおばあさんが言った。
「はい」
「見た目は子どもだけどね」
「でも目が違うね。子どもの目じゃない」エルクをちらりと見て、「あっちの坊やもそうだけど」と言った。
「難しい顔してるけど、いい子だね、坊やも」
エルクが「坊や」と呼ばれて微妙な顔をしているのをサチコは横目で見て、笑いをこらえた。
三日目の夕方、流れが繋がった。
平原の土の色が変わり始めた。茶色から、少し暗い、豊かな色に。魔力が戻ってきた土壌は、水を含む力が戻ってくる。
村長のおじいさんが、膝をついた。
「ありがとうございます。十年間、待っていた」
サチコはおじいさんの手を取って、立ち上がるのを手伝った。
「今季の後半からは、少しずつ変わるはずです。来年の春には、麦が育つと思います」
「来年の春」おじいさんの目が潤んだ。
「孫に見せてやりたかった。金色の平原を」
「見せてあげてください」
西部の港町ハヴェンは、活気のある場所だった。
商船が行き交い、様々な国の言葉が飛び交っている。東部や北部と違い、ここは魔力の問題ではなく、「海の魔力の乱れ」だった。
港の魔力灯台が不安定になっていて、夜間の航行が危険になっているという。
灯台を調べると、設備の劣化ではなく、海底の魔力流が乱れているのが原因だった。
「海底」とエルクが地図を見ながら言った。
「どこまで感じられる」
「試したことがないので、わかりません」
「試してみるか」
「試します」
港の突端に立って、海に向かって魔力を伸ばした。
海は——広かった。
陸地とは全く違う。魔力の流れが、波のように動いている。一方向ではなく、立体的に、複雑に。
(これは大きい。)
全部を整えることはできない。でも——灯台の真下の部分だけなら。
一時間かけて、灯台の下の流れを安定させた。
灯台が、均一な光を灯した。
港の人たちが歓声を上げた。
「すごい!」「直った!」「魔法使いの娘さんが直した!」
サチコは少し照れながら、エルクの方を見た。
エルクは記録をつけながら、「次は応用が利くか確認が必要だ」と言った。でも口元は緩んでいた。
その夜、港町の宿で夕食を食べながら、エルクが「海の魔力は陸と原理が違う」と話し始めた。
食事も忘れて話し込んで、宿の主人に「もう厨房を閉めますよ」と言われるまで気づかなかった。
「食事が冷めた」とエルクが言った。
「話が面白かったので」
「それは——」エルクは少し間を置いた。
「同意する」
冷めたスープを飲みながら、サチコは思った。
(こういう夜が、好きだな。)
前世でも、話が弾んで時間を忘れることがあった。でも帰り道はいつもひとりだった。
今は——隣に、同じくらい夢中になっている人がいる。




