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王城を出ると、夕暮れだった。
エルクが隣を歩いている。
「殿下の状態、本当に治せると思うか」とエルクが言った。
「治せると思う。時間はかかるけど」
「根拠は」
「感じたから」
「感覚的に、か」
「エルクが理論でわかることを、私は感覚でわかる。どちらも同じくらい正確です」
エルクは少し黙って、「そうだな」と言った。
「お前の感覚が外れたとこを、僕はまだ見ていない」
「褒めてくれていますか」
「事実を言っている」
サチコは笑った。
王城の門を出て、大通りに出た。夕暮れの王都が、橙色に染まっている。
魔法の明かりがひとつずつ灯り始めていた。
「リナ」
「はい」
「殿下のことは——できる範囲でやればいい。無理をするな」
「心配してくれているんですね」
「症状の話をしているんだ」
「症状?」
「以前から言っている、進行中の症状だ。お前が無理をすると、僕の症状が悪化する。だから無理をしないでほしい」
サチコは歩きながら、少し上を向いた。夕空が、青から橙に変わっていく。
「エルク、あなたはずるいですね」
「何が」
「心配している、と素直に言えばいいのに、症状の話に変換する」
エルクは黙った。
「でも——ちゃんと伝わっています」
しばらく、ふたりで夕暮れの石畳を歩いた。人通りがあって、遠くで馬の蹄の音がして、どこかで夕食の匂いがした。
四十三年間ひとりだった魂が、今世ではじめて、誰かと同じ歩幅で歩いている気がした。
翌朝、学院へ戻る馬車の中で、学院長が言った。
「イレーナから連絡が来た。殿下の件、正式に王室から依頼として受ける形にする。学院に調律魔法の研究室を設けることも、王室が支援すると」
「研究室」とエルクが繰り返した。
「そうだ。お前たちふたりを中心に、調律魔法の体系化を進める。学院公認の研究として」
エルクは羊皮紙を取り出した。もう何か書き始めている。
「研究室の設備として最低限必要なものをリストアップする。まず——」
「帰る馬車の中で始めるんですか」
「時間を無駄にする意味がない」
サチコは笑って、窓の外を見た。
王都が遠くなっていく。石畳の大通りも、魔法の明かりも、茶室の白い花も、殿下の緑の目も——全部、この数日間の記憶になった。
アンナに土産話がたくさんできた。
エルクとハルト家の話も、いつか、ふたりが準備できたときに。
テオドル殿下の魔力路も、時間をかけて、少しずつ。
調律魔法は、まだ始まったばかりだ。
「リナ」とエルクが羊皮紙から顔を上げずに言った。
「はい」
「帰ったら、研究室の場所を学院長に相談する。窓は南向きがいい。お前は日当たりのいい場所で作業する方が効率がいい」
「知っていてくれたんですか、そんなこと」
「一年半、隣にいたから」
サチコは少し目を細めた。
(一年半。)
前世では四十三年かけても、こんな風に自分を見ていてくれる人がいなかった。
今世は——まだ長い。
馬車が街道を走る。春の風が窓から入ってきた。
田中サチコ改めリナは、目を細めて、その風を受けた。




