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翌朝、学院長から詳細が伝えられた。
「場所は王立庭園内の茶室。相手は昨日の王室顧問——イレーナ・ヴォルト。非公式の席だが、実質的には王室からの打診だと思え」
「打診、とは」とサチコは聞いた。
「内容は行ってみないとわからん。ただ——」学院長はサチコをまっすぐ見た。
「リナ、ひとつ覚えておけ。王室が関心を持つということは、利用されることと表裏一体だ」
「わかっています」
「本当にわかっているか?」
「権力のそばにいることの意味は、なんとなく」
学院長は少し目を細めた。「お前は本当に不思議な子だな」それだけ言って、話を続けた。
「エルクも同席させる。あの子は交渉において頭が切れる。ふたりで行け」
エルクに伝えると、「わかった」と即座に言った。
「服は持ってきたか」
「普段着しかありません」
「王室の茶室に普段着では行けない。宿の主人に相談しろ。貸衣装の手配をしてくれるはずだ」
「エルクはそういうことに詳しいんですね」
「育ちが、そういう場面を経験させた」とエルクは言った。
それだけで、家の話は閉じた。
サチコは何も聞かなかった。
宿の主人は快く貸衣装を手配してくれた。
紺地に銀の刺繍が入った、清楚な少女向けの礼服だった。サチコは鏡の前で袖を通しながら、
(十三歳の体に四十三歳の所作で、どこまで様になるか)、と少し可笑しくなった。
王立庭園は広かった。
冬の終わりの庭に、早春の花がちらほらと咲いている。
手入れの行き届いた石畳の道を、案内の侍女に連れられて歩いた。
茶室は庭の奥にある、こぢんまりとした木造の建物だった。
飾り気がない分、品がある。
中に入ると、イレーナ・ヴォルトがすでに座っていた。
昨日より砕けた装いだが、背筋はまっすぐだ。五十代、白髪交じりの髪を緩くまとめ、温かみのある目でこちらを見ている。
「来てくれてありがとう。座って」
向かいに腰を下ろした。エルクが隣に座る。
侍女がお茶を運んできた。
お茶を一口飲んで、イレーナは本題に入った。
「単刀直入に話しましょう。王室は、調律魔法に強い関心を持っています。理由は三つ」
サチコは背筋を伸ばした。
「ひとつ。王城の魔法設備が老朽化しています。百五十年前に建設された王城の根幹魔法陣は、今や王国でも修復できる人間がいない。あなたの学院での実績は、その解決策になり得る」
「ふたつ。王国の各地で、魔力の流れが乱れているという報告が増えています。農地の魔力枯渇、川の魔力汚染、いくつかの村では魔法が使えなくなっている地域もある。調律魔法がその原因究明と修復に役立つかもしれない」
「みっつ。——これが最も重要ですが」
イレーナは少し間を置いた。
「王太子殿下が、病に侵されています」
茶室が静かになった。
「病、とは」とエルクが静かに言った。
「魔力疾患です。体内の魔力の流れが、幼少期から乱れている。十歳を超えた頃から症状が重くなり、今は魔法が使えない状態です。王国中の治癒魔法師を呼びましたが、誰も手を出せなかった」
「年齢は」
「十五歳になります」
エルクがサチコを見た。サチコも、エルクを見た。
(体内魔力の調整。先月の暴走魔法の後処理で、やったことがある。でもあれは、外部からの衝撃による一時的な乱れだった。幼少期から続く先天的な疾患となれば——)
「リナ」とイレーナが言った。
「あなたに、殿下を診ていただけますか」
「診る、ということと、治す、ということは別です」とサチコはまず言った。
「私の魔法で状態を把握できるかもしれませんが、必ず治せるとは言えません」
「わかっています」
「先に診るだけ、ということはできますか。できることとできないことを、正直にお伝えした上で、改めて判断していただく」
「もちろんです」イレーナは静かに言った。
「あなたのような方を、無理強いはしません。ただ——」
イレーナの目が、少し揺れた。
「殿下は賢いお方です。自分の体の状態も、周囲の苦慮も、全て理解した上で、誰にも弱音を言わずにいる。十五年間、ずっと」
サチコは黙って聞いていた。
「殿下を、助けてあげてほしいのです。治せなくてもいい。ただ——あなたの目で見て、正直に話してあげてほしい」
(十五年間、ひとりで抱えてきた子。)
サチコの胸の中で、何かが動いた。感情というより——四十三年と十三年が重なった、深いところからくる何かだった。
「わかりました」とサチコは言った。
「お会いします」




