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リナが十二歳になった春、村に一人の男が訪ねてきた。
年の頃は三十代半ば。旅装に身を包み、腰に魔法使いの証である青い帯を巻いている。
名前をグレンといい、王都の魔法学院から派遣された「魔法の素質調査員」だという。
十年に一度、王国中の村を回って魔法の素質を持つ子どもを探す、という仕事らしい。
「平民に魔法使いが生まれることは稀にある。
そういった子どもは学院で教育を受ける権利があります」
グレンは村長の家でそう説明した。サチコも野次馬の一人として、柱の陰からその話を聞いていた。
魔法学院か。
前世ならハリー・〇ッターみたいな話だな、と思いながら、サチコはグレンの顔をちらりと見た。
疲れた目をしている。旅が長いのか、宿が悪かったのか、目の下に薄くくまがある。
靴は磨かれているが、かかとが少しすり減っていた。几帳面だけれど、手が回っていない。
四十三年の人間観察が、黙っていても情報を拾い上げる。
翌朝、調査のためにグレンが村の子どもたちの魔法素質を一人一人確認していると、リナの番が来た。
グレンが特製の石板をかざす。石板はぱっと光った。
しかも、かなり強く。
「……これは」
グレンが目を丸くした。
「君、生活魔法だな?」
「はい」とサチコは答えた。
「強い。素質だけで言えば、王都の上位生徒と遜色ない。なぜ今まで届け出がなかった」
「誰も見に来なかったので」
サチコの答えは正直だった。
グレンはしばらく石板を見つめ、それから複雑な顔をした。
「生活魔法は……学院では人気がない。戦えないから。でも、こんな強い素質は見たことがない」
「役に立ちますよ」とサチコは言った。
「戦えなくても」
グレンは少し意外そうな顔をして、サチコを見た。
「十二歳とは思えないことを言う」
「よく言われます」
結局、サチコは王都の魔法学院に行くことになった。
母親のベアタは三日間泣いた。
一日目は「行かないでくれ」と泣き、二日目は「でも頑張っておいで」と泣き、三日目は「立派になってね」と泣いた。
サチコはそのたびにハンカチを渡しながら、前世で経験できなかった親の涙ってこういうものか、と胸の奥が静かにあたたかくなるのを感じた。
出発の朝、村人たちが見送りに来た。
「リナ、また洗濯物乾かしにきてくれよ」とおじさんが言った。
「井戸のこと頼んでたのに」とおばさんが言った。
「魔法使いになったら偉くなるんだろうが、ちゃんと飯食えよ」と村長が言った。
サチコは一人ひとりの顔を見て、深々と頭を下げた。
前世でも、こんな風に見送られたことはなかった。東京のアパートで、誰にも気づかれないままひとりで逝ったのだから。
馬車に乗り込むとき、グレンが「慣れない旅だが、体調が悪くなったら言え」と言った。
「ありがとうございます」
「……何かおかしなことがあれば言え。一人で抱え込むな」
サチコは少し驚いて、グレンの顔を見た。彼は前を向いていた。
「そんなにしっかりしているように見えるが、子どもだろう」
「……ええ、まあ」
(子どもではないですけど、お気遣いありがとうございます。)
サチコは窓の外を流れていく村の景色を眺めながら、小さく笑った。




