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翌朝。
王立魔法学会の大ホールは、予想より広かった。
正面に実演台があり、三方を観客席が囲んでいる。
百人以上の学会員と魔法師が詰めかけていた。
王都の著名な魔法師、貴族の関係者、他の魔法学院の教師——それから、サチコには見慣れない色の衣をまとった人々が最前列に座っていた。
「あの方たちは?」とサチコは学院長に小声で聞いた。
「王室の魔法顧問だ」と学院長は静かに答えた。
「王室が、関心を持っているということだ」
(王室。)
サチコは深呼吸した。前世なら国会中継みたいなものか。いや、それより緊張する。
実演台に立つと、視線が集中した。十三歳の少女が立っているのを見て、会場がざわめく。
「若いな」「本当にあの子が?」「生活魔法の生徒だろう」という声がそこかしこから聞こえた。
エルクが隣に立ち、会場に向かって口を開いた。
「本日は調律魔法の実演にお越しいただき、ありがとうございます。提唱者のエルク・ハルトと、術者のリナが実演を行います」
(ハルト。)
サチコはその名前に、一瞬、引っかかった。アンナの苗字と同じだ——しかし今は考えている場合ではない。
「調律魔法は、魔力を用いて対象の流れを感知し、自然な状態へ整える魔法です。生活魔法から派生しながら、その本質において既存の全ての魔法体系に共通する原理を持ちます。まず基礎的な実演から」
エルクが合図した。
舞台の上に、意図的に乱れた状態にした水槽が置かれた。砂と泥が混ざり、流れが不均一になっている。
サチコは手をかざした。
水の流れを感じる。乱れている場所を見つける。そこへ魔力を、自然な方向へ、そっと。
水槽の水が、静かに澄んでいった。泥が沈み、砂が分離し、流れが均一になる。
会場が静まった。
次に持ち込まれたのは、魔力の流れが乱れた魔法石だった。内部の魔力回路が損傷して、機能しなくなった石だ。
サチコは石に触れた。内部の構造を感じる。
壊れた部分ではなく——石が本来持っている流れの形を探す。それに沿って、整える。
魔法石が、静かに光を取り戻した。
会場がざわめいた。
「これは——」誰かが言った。「修復不可能と判断された石だぞ」
エルクが続けた。「最後に、より複雑な実演を行います。こちらは学会が用意した、複合魔法陣の一部です。故意に接続を乱してあります。調律魔法は、構造を事前に知らなくても、流れを感じることで修復が可能です」
会場がまたざわめく。「それは不可能だ」という声もある。
サチコは魔法陣の前に立った。
目を閉じる。
感じる。この陣が本来どう流れるべきか——設計者の意図の痕跡が、魔力の中に残っている。それを辿る。
整えていく。一点ずつ、丁寧に、急がずに。
五分後、魔法陣が完全に起動した。
会場が、しんと静まった。
それから——どこかで拍手が起きた。一人が始めると、次々と広がった。
サチコは手を下ろした。
いつもの、じわりとした疲れが出る。
でも今日は、それが心地よかった。
実演後の質疑応答は、二時間続いた。
学会員たちからの質問は鋭く、中には批判的なものもあった。
「既存の魔法体系を否定するのか」
「再現性は保証されるのか」
「術者の個人的な素質に依存しすぎではないか」——
全てにエルクが答えた。
淀みなく、論理的に、どんな批判にも根拠を持って返した。
十六歳とは思えない落ち着きで、百人以上の専門家と渡り合っていた。
サチコは隣でそれを聞きながら、(この子は本当にすごいな、)と思った。
感情ではなく、純粋な敬意として。
質疑の終わりに、最前列に座っていた王室顧問のひとりが立ち上がった。
五十代ほどの、品のある白髪の女性だった。
「ひとつだけ確認させてください」と女性は言った。
「術者のリナさんに、直接」
「はい」とサチコは答えた。
「調律魔法は、学べるものですか。あなた以外の人間でも、習得できるものですか」
会場が静かになった。
サチコは考えた。
「わかりません」と正直に答えた。
「私が特別な素質を持っているのかどうか、まだ自分でもわからないので。ただ——この魔法の原理は、魔力を使う全ての人間の中に、既にあるものだと思っています。特別な力というより、当たり前のことを、当たり前にやっているだけなので」
女性はしばらくサチコを見た。それから、かすかに笑った。
「面白い答えです」




