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十二月、学会から正式な返答が来た。
「再現実験を要請する。来年三月、王都の魔法学会本部にて、調律魔法の実演を行うこと」
学院長室で学院長からその話を聞いたとき、サチコは一瞬、固まった。
「王都、ですか」
「そうだ」
「私が、行くんですか」
「リナ以外に誰が行く」学院長は穏やかに言った。
「怖いか?」
サチコは考えた。怖いかどうか。
(怖い、という感情は……正確には違う。)
前世で感じていた「目立つことへの遠慮」のようなものが、まだどこかにある。
事務員として裏方に徹してきた癖が、魂に染み込んでいる。
でも。
「怖くはないです」とサチコは言った。
「ただ——私の魔法が正しく伝わるといいな、と思っています。派手に見えないので、誤解されやすいから」
学院長はしばらくサチコを見て、それから静かに言った。
「誤解させない説明をする人間を、連れて行けばいい」
サチコはすぐに理解した。
「エルクを同行させていただけますか」
「最初からそのつもりだ」
王都への出発は三月の初め。
アンナが「私も行きたい!」と言い、
カーロ先生が「授業はどうする」と言い、
アンナが「自習します」と言い、
カーロ先生が「だめだ」と言った。
結局アンナは残ることになったが、出発の朝に「絶対に成功させてね」と言いながら、サチコの村の人たちみたいに見送ってくれた。
「帰ってきたら全部話す」とサチコは約束した。
「エルクくんとの話も?」とアンナが小声で言った。
「……魔法の話を」
「そこだけ絞るの!?」
馬車に乗り込むと、エルクがすでに資料を膝の上に広げていた。
「準備がいいですね」
「当然だ」
学院長が御者台の前に座り、カーロ先生が見送りに立っている。
馬車が動き出す。
「エルク」
「何だ」
「ありがとう。一緒に来てくれて」
「研究の発表だ。僕が行かない理由がない」
「それでも」
エルクは資料から目を上げなかった。でも耳が赤くなったのは見えた。
サチコは窓の外を見た。冬の終わりの景色が流れていく。
(また旅だ。)
最初の旅は、村からこの学院に来るときだった。
八歳の体で、中身は四十三歳で、不安なのかなんなのかよくわからないまま馬車に乗った。
あれから五年。今は十三歳で、友人がいて、名前のついた魔法があって、隣に——
「何を笑っている」
「別に」
「笑っていた」
「そうですか」
エルクはじろりとサチコを見て、それから資料に戻った。
悪くない旅の始まりだった。




