15
それから一時間。
最後の接続点を整えたとき、陣全体がゆっくりと、均等な光を取り戻した。
地下室が明るくなった。百年前の設計者が意図した通りの、穏やかで安定した輝きだった。
サチコは手を離した。
どっと疲れが出た。膝が笑っている。六時間、集中し続けた体が、正直に限界を訴えていた。
エルクがすぐに腕を掴んだ。前と同じように、黙って支えた。
「……終わりました」とサチコは言った。
「わかってる」
学院長が近づいてきた。陣を見渡し、長い沈黙の後、「見事だ」と言った。
その言葉だけだったが、七十年以上を魔法に費やした人間が言う「見事だ」は、長い賛辞より重かった。
カーロ先生が「よくやった」と言いながら、目を拭っているのが見えた。見なかったことにした。
「歩けるか」とエルクが言った。
「たぶん」
「たぶんじゃ困る」
「じゃあ、少し休んでから」
エルクはため息をついて、そのまま腕を貸し続けた。離す気配がなかった。
サチコはその温度を感じながら、陣の光を見た。
百年間、この学院を支えてきた流れが、また整った。次の百年も、流れ続けるだろう。
(自分の魔法でそれができた。)
前世のサチコには何も残せなかった。誰かに贈り物ができるほど裕福でもなかったし、歴史に名前が残るような仕事もしなかった。四十三年間、ただ静かに生きて、ひとりで死んだ。
でも今世では——
「リナ」とエルクが言った。
「はい」
「お前の魔法に、名前をつけるべきだと思う」
サチコは少し驚いてエルクを見た。エルクは前を向いている。
「生活魔法という括りは、もう正確じゃない。流れを感じ、整え、導く——それは全く別の体系だ。研究として発表する価値がある。名前が必要だ」
「エルクが名前を考えたんですか?」
「いくつか候補がある。だが——命名権はお前にある」
サチコはしばらく考えた。
井戸の水。洗濯物。子猫の体。地下の陣。全部、違うものだった。でも全部、同じことをした。
流れを見て、歪みを感じて、自然な方向に整えた。
「調律魔法、はどうですか」
「調律」エルクが繰り返した。
「音楽の——楽器の音を整えることを、前世では調律と呼んでいた。音を作るのではなく、あるべき音に整える。似ていると思って」
「……いい名前だ」とエルクは静かに言った。
「調律魔法。覚えておく」
地上に出ると、夕暮れだった。
入口でアンナが待っていた。
サチコの顔を見た瞬間、駆け寄ってきて抱きついた。
「よかった……! ずっと待ってたんだよ!」
「心配かけてごめん」
「無事ならいい!」アンナがサチコを離して、エルクを見た。
「エルクくんも、ありがとう。リナのそば、いてくれて」
エルクは「別に」と言って、そっぽを向いた。耳が赤い。
三人で中庭のベンチに座った。
地下の陣が安定したせいか、明かりがいつもより均一で、穏やかに見えた。
「調律魔法」とアンナが言った。
「素敵な名前だね」
「エルクが名前をつけるよう言ってくれた」
「そうなの?」アンナがにやりとした。
「エルクくん、センスあるじゃん」
「僕はいい名前だと言っただけだ」
「それを引き出したのがエルクくんじゃん」
エルクは黙った。
サチコは空を見た。
前世では四十三年かけて積み上げたものが、今世では十三年の体の中に詰まっている。重たいときもある。ちぐはぐなときもある。十三歳のくせに老成しているとたまに言われる。
でも——悪くない、と思う。
調律魔法という名前がついた。エルクがいる。アンナがいる。
前世では一度も持てなかった、帰る場所のような人たちが、ここにいる。
「ねえ、リナ」とアンナが言った。
「お腹空いた。食堂、まだやってるかな」
「今日は特別に夜食を出してもらえるよう、先生に頼んでおいた」
「え、いつ!?」
「昨日」
「先読みが完璧すぎる……!」
「経験が長いので」
アンナが笑い、エルクが小さく笑った。
サチコも笑った。
調律魔法の使い手は、今日も地味に、静かに、でも確かに——この世界の流れの中に、いた。




