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転生したら、生活魔法使えるようになりました  作者: メイコノノ


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七月の初め、アンナのもとにハルト伯爵からの返事が届いた。


アンナは封を開ける手が震えていた。サチコは隣に座って待った。


アンナが手紙を読んだ。読み終えて、しばらく動かなかった。


「アンナ?」


「……続けていい、って」アンナの声がかすれた。


「卒業まで、学院にいていいって。婚約の話は、その後に改めて考えるって」


「よかった」


「父が——父が、『自分の言葉で書いてきたのが、よかった』って書いてる」


アンナがサチコに抱きついた。わんわん泣いた。サチコは背中をさすりながら、もらい泣きしそうになるのをこらえた。


よかった。本当に、よかった。


「リナのおかげだよ」とアンナが泣きながら言った。


「アンナが書いたんです。私はちょっと手伝っただけ」


「ちょっとじゃない! 一緒に夜中まで考えてくれたじゃない!」


「まあ、そうですね」


アンナはしばらく泣いて、それから顔を上げた。目が真っ赤だ。


「リナ、私、正直に言う」


「はい」


「エルクくんのこと、好きでしょ」


サチコは一瞬、固まった。


「……急ですね」


「急じゃない。ずっと見てたもん。リナ、エルクくんと話してるとき、ちょっとだけ顔が柔らかくなるんだよ。ほんのちょっとだけ。でも絶対になる」


サチコは窓の外を見た。夏の空が青い。


「……難しいんですよ、いろいろ」


「なんで?」


「私には、事情があって」


「二回目の人生とか?」


サチコはぎょっとして、アンナを見た。


アンナは真剣な顔をしていた。


「リナ、私ね、たまに思うんだ。リナって、子どもじゃない気がするって。考え方が、話し方が、全部——もっと長く生きた人みたいだって。だから、もしかして、って」


サチコは長い沈黙の後、「……なんで気づいたんですか」と言った。


「友達だから」とアンナは言った。


それだけだった。


サチコは天井を見た。目の奥が少し熱い。


「正直に言えば、長い話になります」


「夜中まで聞く」


「本当に長いですよ」


「聞く!」


サチコは息を吐いた。


「田中サチコ、という人間がいました。日本という国に生きていた、四十三歳の独身の女でした——」


その夜、サチコは初めて、誰かに前世の話をした。


アンナは最後まで、一言も遮らずに聞いた。


翌日。


エルクが研究室の扉を開けると、いつものようにサチコが先に来ていた。

でも今日は何かが違った。

羊皮紙を広げているが、手が動いていない。窓の外を見ている。


「どうした」


「少し、考え事を」


エルクは自分の椅子に座った。


「昨日、アンナに話したんです。私の——来歴を」


「来歴?」


「少し変わった、生まれ方の話を。以前、いつか話すと言っていたので」


エルクは黙って聞いている。


「信じてもらえると思っていなかったのに、信じてもらえた。それが少し——」


「動揺している」


「はい」


エルクは羊皮紙を手に取り、しばらく眺めた。それから、ゆっくりと言った。


「僕にも、話すつもりはあるか」


サチコはエルクを見た。


「……話したら、引きますか」


「引くかどうかは聞いてから決める。聞く前に決めるのは非論理的だ」


サチコは小さく笑った。


「そうですね」


「で、どうする」


「話します」


「今?」


「今」


サチコは羊皮紙を脇に置いた。窓から夏の光が差し込んでいる。


「田中サチコ、という人間がいました——」


エルクは一度も遮らなかった。ただ静かに聞いていた。前世の話を、日本という国の話を、四十三年分の話を。話し終えたとき、夕暮れになっていた。


長い沈黙があった。


「……要するに」とエルクが言った。


「お前は別の世界から来た、前世の記憶を持つ魂が、この体に入っている、と」


「そうです」


「だから年齢が合っていない気がしたのか」


「そういうことです」


エルクは眼鏡を外して、目を押さえた。考えているときの癖だ。サチコはよく知っている。


「引きましたか」


「いや」とエルクは言った。即座に。「むしろ——」


「むしろ?」


エルクは眼鏡をかけ直して、サチコを見た。


「謎が解けた。ずっと不思議だったことの、全部の答えが出た」


「謎が解けた」


「そうだ。つまり、お前が対等に話せる理由も、魔法の発想が独特な理由も、年齢に合わない落ち着きも——全部、説明がつく」


サチコはしばらく黙った。


「……それだけですか。謎が解けた、という感想だけ?」


「あとは」エルクは少し間を置いた。「別の世界から来た人間が、今ここにいることが——良かったと思っている」


サチコの目の奥が、また少し熱くなった。


「エルク」


「……何だ」


「今世では、誰かそばにいてくれる人が欲しいな、と思っています。前世では、ひとりだったから」


沈黙。


窓の外で、夏の虫が鳴き始めた。


「症状が悪化している」とエルクはやがて言った。


「症状?」


「以前、お前の顔を見ないと調子が出ないと言っただろう。最近、それが悪化していて——声を聞かないと調子が出ない、名前を呼ばれないと調子が出ない、という段階に進んでいる」


サチコは笑った。今度は堪えきれなかった。


「エルクは本当に正直ですね」


「遠回しに言う意味がわからないと言っただろう」


「私もそういうところ、好きです」


「症状のことか」


「正直なところが」


今度の沈黙は、やわらかかった。


エルクが羊皮紙を広げた。


「続きをやるぞ。並列回路の話の続きだ」


「はい」


でも今日はなかなか研究が進まなかった。ふたりとも、なんとなく、はかどらなかった。


それがまた、悪くなかった。


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