VS王女様
この戦いに、意味はない。
恰好付けた哲学的な問題ではなく、言葉通りの無価値である。
俺が負けたところぴよこがこいつの物になることはないし、そもそもこいつは、その約束さえしていない。
大体、本気でこいつが何かするようなら、俺は迷わず警察に通報する。
亜人を保護する法律がどれだけあるか、知っていたら早々阿呆なことは考えない。
その結果ぴよこが保護され俺と離れ離れになる可能性もあるが、それでも、ぴよこが酷い目に遭うよりはよほど良い。
だから、王女様がどうこうすることは出来ない。
一応、俺としては戦いの目的はある。
勝敗ではなく、こいつを見極めるということ。
アマツを持った戦いは初めてだが、それでも新入生のうちは、一般的な剣術と大差はないはずだ。
その模擬戦を持って、ユーフィミアという少女の思惑、真意、企み、嘘、そういった何等かの事情を読み取る。
それが、俺の目的。
では、彼女のこの戦いの目的は……。
俺は彼女の方に目を向ける。
刀を構えてはいるが、動く気配はない。
堂々たる笑みと表情、そして弛緩具合から、こちらに先手を譲るつもりであるということは理解出来た。
少しだけ、俺は躊躇を覚える。
気遅れたと言っても良い。
何か深い思惑とか大した理由があるわけではなく、純粋に、相手の容姿が優れているからだ。
例えるなら、芸術品を手に持った時のような恐れ。
傷つけたら不味いんじゃないかということが、理性ではなく本当で感じられた。
『ユーフィミア・エリザベート=インペリアル四世』
改めて見ると、彼女はかけ離れているとしか表現し難い美しさだった。
長い金色の髪が靡く様子は、まるで清涼たる河のよう。
陶磁器よりも艶のある肌に、西洋的でありながらも馴染みを感じる整った顔立ち。
彼女の命令に従う人の気持ちがわかる。
そんなカリスマ性を感じる程に、彼女は美しい。
もはや魅了のようだ。
きっと、この気持ちもその所為だろう。
彼女が悪い奴ではないと感じる、この気持ちも。
「まだ、いらっしゃいませんの?」
ニヤリとした顔で、王女様はそう尋ねる。
「悪いね。見惚れてたよ」
彼女は少しだけ驚いた表情を見せた後、微笑を浮かべる。
まるで『好きなだけ見惚れなさい』とでも言わんばかりの。
後ろから、ぴよこの汚い悲鳴が聞こえたような気がしたが、俺は無視した。
【模造禮刀『天津』】
それは【機煌禮刀『神威』】を元に設計されたアラハバキ生用の模造刀である。
基本的な構造はダウンスペックしていること以外に変化は少ない。
強いて差異をあげるなら、学園側がいつでもその機能をシャットダウンできるという点くらいだろう。
真剣であるカムイ比べたら、俺が今持つこのアマツなんて単なるプラスチックの玩具に過ぎない。
ただし……玩具でも、人は死ぬ。
悲しい程に、俺は今それを体感していた。
王女様から放たれたカウンターの一撃は、真剣でさえそんな音はしないであろう激しい剣戟を叩き鳴らした。
「なんだよっ。その出力……っ」
鍔迫り合いの姿勢から払いのけようと刀を押し出すも、相手はニヤついたまま微動だにしなかった。
俺は押し出す圧力を利用して自ら下がり、刀を構え直した。
「ふむ。思ったより武器差が酷いですね。許してください。とは言え、手を抜くつもりはありませんが。こういうものなんですよ。生まれの差というものは」
その言葉に、俺は彼女の優しさを思い知った。
剣を交えたら、流石に理解出来る。
違うのは武器差だけではない。
経験、技量、才能、実力、ありとあらゆるものが違う。
彼女は圧倒的かつ一方的な、格上だった。
それを表に出さず、俺を下げないようにする礼節も含めて。
王女様は睨むようにこちらを見た後、風を切り、鋭い突きを放ってくる。
俺は回り込むような横軸移動で回避し、彼女の剣に意識を向ける。
そして、彼女の剣目掛け、すくいあげるような斬撃を放った。
相手に武器を落とさせようとする姑息な一手。
だが、俺の刀は空を切っていた。
「良い目ですね。それに思い切りも良い」
「そりゃどうも」
静かに構え、待ちの姿勢。
「いけー! 攻めろー! ヘタレるなー!」
後ろから聞こえるぴよこの声に、俺は小さく、舌打ちをする。
ぴよこの考えはわかる。
格下だからこそ今チャンスを掴めということだと。
相手が舐め腐っている今、もっと強引に攻めるべき。
そんなの俺だってわかっている。
だが、初撃に受けた腕の痺れが取れていない俺には、これが精いっぱいだった。
俺が剣術を学んだ歴史は、そう長くない。
少なくとも、俺にとってはそうだ。
記憶喪失である俺にとっては、小学校を卒業してからが『俺』となる。
記憶喪失を取り戻す手段の一つとして、ぴよこに連れて行かれた祖父母の残した道場。
それが、俺と剣術との出会いだった。
俺の実家、水無川家は由緒正しき家柄だった。
ただし、それはずっと昔の話で、とうの昔に没落している。
道場だって子供達に教える程度の、チャンバラごっこに近いものだった。
だからだろう。
俺が刀にのめり込んだのは、楽しかったから。
そんな浅い理由に過ぎなかった。
中学から始めた、ただの憧れ。
だから、真面目にやってきた奴に勝てるわけがないなんてのは、当然の話だ。
軽い言動と態度と異なり、王女様の剣は重い。
それはアマツの性能差もあるが、それ以上に純粋な技量の差も大きい。
相手があまりにも強すぎるおかげで、俺はアマツによる初戦闘でもその恩恵が、全く感じられなかった。
(なんでこんな面倒な状況になったんだろうか……)
俺は別にぴよこを恋愛的にとらえていないし、このナイトのような状況にも大変不満を持っている。
確かにぴよこのために死ぬことはできるが、面倒に感じないかと言われたらそうでもない。
たぶん、この気持ちは誰にも理解できないだろう。
なにせ当事者の俺でさえ理解出来てないんだから。
後ろをちらっと見る。
周りのクラスメイトは既に俺の敗北を悟っていた。
能天気に俺の勝利を信じているのは、羽の生えた馬鹿くらいだ。
「ああもう! めんどくせーな!」
なんでこんな俺を信じるんだ。
本当……ムカつく。
俺は静かに意識を集中させ、普段使わないようにしていた脳に意識を傾ける。
俺は過去の俺と同一視出来ない。
けれど、記録は残っているはずなんだ。
剣術馬鹿で、全力投球していた頃の記録が、俺の頭の中に。
思い出そうとすると、アラートのような小さな頭痛に襲われる。
ズキリ、ズキリとした痛みは、波のように続く。
昔からこうだ。
無理に過去を思い出そうとすると、いつもこうなる。
医者は、あまり無理するべきでないと言っていた。
けれど、今日だけは無理をしないわけにはいかなかった。
必死に探り、俺は俺を取り戻していく。
馬鹿でガキだった頃の、けれど、剣術に没頭していた時の俺。
一つだけ、大切かどうかわからないが、俺は昔の俺が大切にしているものを思い出した。
俺は今よりもずっと――【負けず嫌い】だった。
(変わった? こいつスイッチャーか? それとも尻上がり?)
ユーフィミアは冷静に、目の前の雑魚を分析した。
腕前は並以下、使う武器は無調整の支給品。
二年生とだって対等に戦える自負のあるユーフィミアにとってすれば、雑魚以外の感想は出てこない。
けれどそれは相手を舐めているというわけではない。
相手の力量を把握した上で、適切に戦術を選択する。
ユーフィミアの中に手加減という言葉はない。
戦いの場にて手加減することがどれ程醜い行為であるか、ユーフィミアは誰よりも理解していた。
さっきまでははどこか引き気味で、カウンター狙いの臆病者でしかなかった。
戦法ではなく、気概がそうであった。
だというのに、今はその中に小さな炎が見える。
破れかぶれだとは思うが、それでも実戦の中で道を斬りださんとする勇気が伺える。
「面白い! 貴方の選択を見せて下さい」
正眼のまま待ちの姿勢となるユーフィミアに、伊織は斬撃を振り下ろす。
その斬撃に、ユーフィミアは落胆を覚えた。
つまり……遅すぎたのだ。動き出すのが。
全身の力が抜け、剣筋がへろへろ。
それは、これまでで一番気の抜けた剣だった。
舐めている。
ユーフィミアではなく戦いというものを、ひいてはこのフィールドを舐めている。
この訓練場は多くの人の血を吸って来た。
何人もの剣士を再起不能にし、時に死人さえ出してきた。
たかだか訓練であっても、ここで何人もの人が潰れた。
その礎の上に立っている者が、到底放ってよい剣ではなかった。
「ふざけるな!」
吼え、ユーフィミアは剣を打ち払う。
想像以上に斬撃に勢いはなく、伊織の手から刀が零れ落ちる。
そのまま、ユーフィミアはトドメを刺さんと上段に剣を構えた。
その感情は激昂に等しかった。
そんな時だった。
ユーフィミアの視界が、ぐにゃりと曲がったのは。
視界がブレ、足がもたつく。
そして、痛みは後から来た。
顎への一撃。
脳震盪。
状況への理解が進み、無意識に一歩後退する。
霊力による保護がなければ、今の一撃で意識が刈られていた。
そのくらい、重たい一撃だった。
(一体何が……)
ユーフィミアは右手で頭を支えながら、伊織の姿を見る。
何らかの攻撃をしたであろう伊織は、剣の刀身を右手持つという奇抜さしかない恰好をしていた。
それで、自分が何をされたか何となく理解する。
つまり、刀身を握って、遠心力の要領で『持ち手』を顎にクリーンヒットさせたということだ。
「なんとふざけたことを……」
それが成立するのは、刀身が持てるような低性能アマツのようなナマクラだけ。
そんなのは実戦向けとは言えない。
だからこそ、ユーフィミアは虚を突かれていた。
徐々に大きくなる頭痛と、王女様の猛攻。
それに耐えながら、俺はアマツを左手に持ち直した。
ただし、刀身を逆に。所謂逆手持ち。
そう……子供の頃、こういうことをしていた。
誰に教わったのか、何で教わったのか思い出せない。
けれど、いつかどこかで誰かに倣った。
それは間違いない。
この『木刀術』を。
木刀は剣にあって剣にならず。
棒にあって棒にあらず。
木刀にて剣のように物を断ち、棒のように叩きつけることができるなら、それは真剣を超える武器と化す。
なんと馬鹿馬鹿しい。
教えてくれたのはきっと、法螺吹きか見栄っ張りか酒に管を巻いたおっさんだ。
とは言え……木刀で物は斬れないが、棒術のようなんて後者は何とかなった。
曲芸と言われたらそれまでの話だが。
それでも、一撃は一撃。
五分とは言わずとも、戦うことはできるはず。
王女様はまるでフェンシングのような突きを繰り出す。
明らかに手に持つ刀に向かぬ立ち振る舞いだが、おそらく、それが彼女の本当のスタイルなのだろう。
俺は抉られそうな鋭い突きをぐるりと背を向けながら回転回避。
遠心力のまま、右手でアマツの刀身を持ち、先と同じよう振り回す王女様の腕に叩きつける。
さらに持ち手を左手で持って、殴りつけた。
頼む、引いてくれ。
引き分けでもいい。
だから頼む。
そろそろ頭痛の限界である俺は、そんなことを願う。
その直後だった。
腹部に、強い衝撃が走ったのは。
体を宙に浮かせ、吹き飛びながら。
俺は彼女の姿勢から蹴りを放たれたのだと理解した。
「喧嘩も……出来んのか。今の王女様は……」
そんな憎まれ口が、俺の限界だった。
必至に手放さないようにするも意味はなく、俺の意識は零れ落ちた。
ありがとうございました。




