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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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『学生証』


 入学式に向かう彼らの後ろ姿に、『朝霧綾華あさぎりあやか』は茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。


 自分は、最低なことをしてしまった。

 彼女はそう自覚出来ていた。


 追いかけたかった。

 追いかけて、謝るべきだった。

 けれど、意思に反し、足が動かなかった。


 楽しみにしていた。

 そう……綾華は楽しみにしていたのだ。


 水無川伊織と、再び会うことを。


 別に深い付き合いがあったわけでも、長い付き合いだったというわけでもない。

 言ってしまえば、同じ道場の門下生であったという程度。

 それも、一年にも満たない程度の短い間。


 ただ、水無川家と朝霧家は長い付き合いがあった。

 ほんの僅かでも流れが異なれば、水無川伊織は朝霧伊織となっていた可能性も、その逆も十分にありえたくらいには。

 だから、幼い綾香は彼を多少なりとも意識していた。


 道場にて一緒に訓練した時には、つい厳しくし過ぎて両親から怒られたこともあった。

 今思えば最悪の照れ隠しだ。


 それでも、自分達は良き仲間であった。

 競い合う、ライバルであった。


 だからまあ、年甲斐もなく旧友との小学校以来の再会を心待ちにして、なかなか時間になっても来なくてイライラして……。

 そして出会ったら妙な他人行儀に怒って……そして……。


「私は……なんてことを……」


 どこだ。

 どこを後悔すれば良い。


 すぐに謝れなかったことか?

 両親の逝去に悔やみを言わなかったことか?


 それとも、一番辛い時に支えられなかったことか?


 わからない。

 期待が裏切られたことと思って、他人行儀な態度にイラつきながら、落胆した気持ちで怒りを顕わにした。

 不満を口にし、上級生でありながら脅すような口調を取ってしまった。

 どこを切り取ってみても、愚か過ぎる行いだ。


 自分が嫌になる。

 

 そう……。

 一番後悔すべきなのは、きっとこれ。

 彼への贖罪の気持ちではなく、自分のことを忘れられ、かつての約束が無に帰したことが一番悲しかった。

 彼女は、そう感じてしまっていた。。


 なんと……なんと、浅ましいことだろう。


『いつかの日、どちらかが最強の剣士となる』


 子供の戯言たわごとだ。

 馬鹿な戯言ざれごとだ。

 現実が見えない子供特有の妄言だ。


 けれど、その下らない戯言が綾華を支えてきたこともまた確かな事実だった。


「……私は……私は……」

 血が出そうなほど、強く拳を握る。


 綾華は、泣くことも出来ない自分が更に嫌いになった。




 校舎の中、気まずい感じの無言となっているぴよこに俺は尋ねた。

「あの先輩と俺は、仲が良かったのか?」

「……うん」

「どんな感じで?」

「道場の先輩で、お姉ちゃんみたいな感じだったかな。あと、いーくんは良くボコボコにされてた」

「まあ、あの実力だったらそうだろうなぁ」

「ううん。あの頃のあやちゃん……朝霧綾華先輩といーくんの実力にそこまでの差はなかったよ」

「そうなのか?」

「うん。精々年齢分くらいだったかな。だから……たぶん関係で言えば、ライバルだったと思う」

「……そうか。そりゃ悪いことしたな」

「誰も悪くないよ」

「……まあ、縁があればまた会えるだろ。その時また関係を築けば良い」

 そう口にしているが、正直、俺にその気はなかった。


 先輩が悪いわけじゃない。

 むしろ嫌な気持ちにさせて申し訳ないくらいだ。


 これは俺の問題。

 俺は、記憶を失う前の自分と今の俺が、同じ人物だとは、どうしても思えなかった。


 だから、先輩が親しかったと言われても何も思えない。

 例えるなら、前世とでもいうべきだろうか。

 前世の俺と親しくしてくれた……くらいにしか、感じられない。


 だから、元の関係に戻りたいという気持ちになれないのだろう。


 強いて言えば、少しだけ、元の自分が羨ましいとは感じた。

 競い合うライバルが居るというのは、ちょっと男心にくすぐられるものがある。

 それがあれだけ美人で凄腕の剣豪ならばなおさらに――。



 そしてしばらくの時間の末……。

「……やっと……終わった……」

 うんざりした顔で、俺はふらふらと中庭から校舎に戻る。


 複合校舎の中央である中庭だから、グラウンドなんかよりよほど広い。

 そこで『入学式』が行われたのだが、とにかく長かった。

 特に挨拶が。


 一人一人は短い。

 一分以上話した人はいないだろう。

 だが……お偉いさんの数がこれでもかと多い。

 市長やら議員やらだけでなく政府からも人が来て、たぶん来賓挨拶だけで一時間は超えていた。


 その間ずっと立ちっぱなし。


 長い、つまらない、つらい。

 それは正しく苦行だった。


 たぶんこれも新入生への試練の一つだったんだろう。

 そう思わないとやってられないくらい辛かった。


 新入生と思わしき皆も俺のようにふらふらと身体を揺らし歩いている。

 その様子は、昔見たB級映画のゾンビの群れのようだった。


(ぴよこは大丈夫だっただろうか……)

 入学式が男女別だからと離れていったぴよこは、売られる子牛みたいな顔だった。


(まあ、この学園なら大丈夫か)

 普通の学園なら誘拐騒動だったりいじめだったりに繋がる可能性もあるが、ここではその可能性は少ない。

 国の直轄である以上、その手のスキャンダルには滅法強いからだ。

 その分陰謀論めいた噂があるが、あまり気にする必要はないだろう。


 俺はそのまま誘導されるよう、新入生のゾンビの群れに混じって移動した。




 中庭から移動してきた新入生達は、ずらっと並ぶ個室に順番に誘導されていた。

 俺も同様にして教師に、目の前の部屋に入るよう促される。

 その部屋に、俺はノックをして足を運んだ。


 ドアを開け入ったその部屋は、“一つの例外”を除いたら、どこにでもありそうな普通の小さな個室だった。


 小さな個人用デスクがあり、そこに風変わりな男が座りこちらを見ている。


 淡い茶色の髪で、どことなく西洋風の見た目をした、目の細い黒スーツの男。

 美形ではあるのだが、どこか妙な緊張感を持っている。

 例えるなら、序盤味方で裏切りそうな悪役とか、そんな外見。


「今、何か失礼なこと考えませんでした?」

 糸目でニコニコしながら、教師はそう尋ねる。

「いえそんなことは」

 俺は当然のように、しらを切った。


「そうですか。まあ良いでしょう。とりあえず、入学おめでとうございます。本当はもっと正しい形式で祝いたかったのですが、何分今年は入学者が予定より多くて」

「いえ、お祝いの言葉、ありがとうございます」

「いえいえ。では、時間も押してますので進めましょう。臨時教師で申し訳ないですがこれより『学生証授与式』を行わせていただきます」

 ぴくっと、俺の身体が震える。


 無意識だったが、身体が勝手に期待し反応していた。


「……では、まずはこちらを」

 そう言って、教師は立ち上がってから、俺に長物の入った袋を渡す。

 それは、俺が今日まで相棒としてきた、木刀だった。


 袋から取り出し、木刀を見つめる。

 適当に買った安物だが、三年以上も一緒だったのだ。

 多少の愛着はあった。


「後は、わかるね?」

 俺は静かに頷く。


 入学の前、それは聞いていた。

 詳しくは知らずとも、そうする必要があるということは。


 この部屋にある“一つの例外”。

 部屋の壁とほぼ同化している、巨大な八角柱の黒い物体を俺は見つめた。


 それを言葉で表すならば――神となる。


 もう少し正しく言えば、神のおわす(ところ)と繋がった祭壇、とでもいうべきだろう。


 この黒い八角柱の名は【神霊八百万の御霊】。

 神の世界、亜空間、異次元、高位時空。

 所謂そんなSF的な場所におられる神様と繋がった場所で、いわば電気仕掛けの神棚のようなものである。


 そして、この世界は、そんなどこかにいらっしゃる神々に生かしてもらっていた。




 今でこそ、影障で現れた低級の影程度なら、ただの住民でも対処出来る。

 だがそれは積み重ねた歴史があるからに過ぎない。


 影障発生当初は対策なんてなにもなく、たった一つの影だけで村が滅んだこともある。

 そう、俺達は学校で学んだ。

 何度も、口をすっぱくして。

 今に感謝し、先人に報いるように生きろと。


 そのくらい、影というものは脅威だった。


 世界中で実体のある人型の影【影障】が現れ人々を襲い出したのは、数百年程昔のこと。

 その影には刃物だけでなく、銃器のようなものさえ通用しなかった。


 それは当時の武装が貧弱だったからではない。

 影には、【物理法則】そのものが通用しなからだ。


 けれど、捨てる神あれば拾う神あり。

 比喩ではなく本当に人類を拾う神が現れた。


 つまり……世界に神が降臨した。


 自分が神であると名乗る存在が世界中で現れ、人々を救った。

 それから、数百年。

 人々と神の繋がり方は、数百年かけて洗練されていった。


 より大勢の神に、より安定した力を借りさせていただく。

 その結果の一つが、今俺が見ている【神霊八百万の御霊】だった。




 俺は黒い八角柱の前に立ち、静かに瞳を閉じる。

 念じるように、祈るように、神に、これからの自分を見て貰うよう。


「数多の星たる八百万の御方々よ。これより我が扶桑の国を守護せんとする一人の恐れなき若者を、どうか、どうかご照覧あれ」

 教師は謳いあげるよう朗々と語ると、黒い八角柱に孔が現れた。


 俺の手元辺りに見える、手の平大の虚空の孔。

 その孔に向かい、俺は自分の木刀をゆっくり入れた。


 孔に入るたびに、木刀の重さが喪失していく。

 感覚はある。

 けれど、重さだけが感じない。

 まるで孔の先が無重力であるかのように。


 じわり、じわりと木刀が飲み込まれて、そのたびに、自分の中から何かが失われていく。

 けれど、その何かがわからなかった。

 何かを失ったという確信だけが、俺に残った。


 木刀がすべて孔に収まり、自分の手も孔の中に。

 自分の手は、そこにあるとわかる。

 だが、不思議な程に何も感じなかった。


 木刀を、そのまま手放す。


【奉納】


 それが、この儀式の本質だった。


 直後――心臓をわしづかみにされたような、そんな感覚に俺は陥った。

 見えない何かが、自分を見ている。

 足場が崩れるような、どうしようもない不安に陥った。


 けれど、それは一瞬のことで、心臓の不快感も、どうしようもない不安もすぐに消えた。

 まるで何事もなかったかのように俺の手は孔から戻り、孔はゆっくりと塞がれていった。


「……俺は、認めていただけるでしょうか」

 不安げな俺の呟きに、教師は微笑を浮かべる。


 俺という存在がこのアラハバキに相応しいかどうか。

 神々が俺という存在を認めるかどうか。


 神々より【霊力】を賜り戦う俺達にとって、それは血統や才能よりも重要なことであった。


 そう、思っていた。

 教師はゆっくりと、口を開く。

「……君は、蟻一匹一匹の顔を区別できますか?」

「……え?」

「神々にとって我々は蟻に過ぎませんよ。一々個体差なんて見やしません」

「なら……」

「大丈夫、それで良いんですよ。奉納が拒絶させなければ、それで」

 俺は、ほっと安堵の息を吐いた。

「そもそも、アラハバキにだって、神に認められたと正しく言えるような人は十人にも満ちません。……教師含めて。なので、精進してください。貴方がその認められた一人となれるように」

 そう言って、教師はライフルでも入っていそうなアタッシュケースをデスクの上に置いた。


「もう、良いんですか?」

 俺は不安そうに尋ねた。

「奉納出来た時点で終わりみたいなものです。それとも、奉納結果で学生証に影響がある程の自信がありますか?」

「いえ、それはないですが……」

「だったら構いません。どうぞ、君の『学生証』です」

 満面の笑みで、嬉しそうに。

 裏はないはずなのに、どことなく胡散臭い笑みだった。


 俺は逸る気持ちを抑えながら、そっとケースに手を伸ばす。

 ぱちっ、ぱちっと多重に重なるロックを外していく。

 物理的なスイッチと、生年月日の電子ロックと、指紋。


 厳重過ぎる管理から外れ、かしゅっ、ぷしゅーと空気が抜ける音と共に、ゆっくりとケースは開かれる。

 そこには、『一振りの刀』が入っていた。


 当然だが、学生証というのは言葉通りのものではない。

 この学園において学生証とは――これを、意味する。


 霊的、機巧的、工学的なギミックを内包した電子の刀。

 影を倒すため、神と繋がることの出来る霊的デバイス【機煌禮刀『神威』】。

 ――の、模造刀。


 そう、本物ではない。

 本物ではなく、紛い物。


 これの名は【模造禮刀『天津』】。

 このアラハバキにおける学生用の『カムイモドキ』である。


 刃はゴムのような弾力を持ちながらある程度の硬度と耐久性を持つ、非金属特殊セラミック。

 宿る霊力は一般的なカムイの十分の一程度。

 つまりは、ほとんど玩具のようなものだ。


 だが、これまで使っていた未満武器と異なり、これは武器のカテゴリーに含まれる。

 つまり……十分に危険な代物ということだ。

 朝出会った影くらいなら一太刀で切り伏せられる程度には。


 決して、生半可な気持ちで持って良い代物ではなかった。


 ゆっくりと、俺は『アマツ』を手に取る。

 木刀より重いとは言え、真剣と比べたらずっと軽かった。


 そのまま半分程鞘から抜き、刀身を眺める。

 自分の顔が反射して見える程、綺麗な銀色だった。


「鍔が学生証代わりになりますので更新する時は気をつけて。それと本物の方も」

 そう言ってから教師は紙の学生証も俺に手渡した。


『天津神楽坂学園アラハバキ 実戦科所属 一年四組 水無川伊織』

 この文字列だけで、嬉しくなってくるのだから、本当に単純なものである。


「さて、これで一連の儀式は一通り終わりとなります。最後に……個人的な質問ですが、良いですか?」

「へ? えっと、何でしょうか?」

「君は何のためにアラハバキに来ました? 一体どのような強い気持ちを持って、この狭き門をくぐり抜けましたか?」

 俺は、少しだけ無言となる。


 こういう時は自分を振り返るものだが、あいにく俺には振り返る程の自分がない。

 なにせ俺には記憶がないのだから。


 ぴよこのおかげで思い出したことは沢山あるけれど、それはあくまで記録。


 その所為だろう。

 俺はどうにも、この世界に生きているという実感がなかった。


 この気持ちを、うまく人に伝えられる自信はない。

 ただ、もし言葉にするなら……。

「誰かのために、生きてみたかったんですよ」

 見ず知らずの誰かのために生きる。

 もしもそう生きることが出来たなら、俺は『生きている』という実感が持てるような、そんな気がした。


 本当に一瞬だが、教師は俺を無表情で見つめてくる。

 そして、先程までの胡散臭いものではない、柔らかい微笑を浮かべた。

「……それがポジティブな方向に向くことを期待してますよ」

 俺は静かに一礼し、そのままドアから退出を――。


「はいちょっと待った」

「……はい?」

「袋。天津は袋に入れて。ケースに入ってたでしょ」

「え? 鞘があるのにですか?」

「君は今日まで、木刀を抜き身で持ち歩いてましたか?」

 嫌な程納得である。


 俺は少しがっかりしながら、アマツ片手に校舎を歩きたかったという未練と一緒に、アマツを袋しまった。




 ドアから出ると、俺と同じようにアマツを携える学生たちがいた。


 まったくもって、みんな現金なものだ。

 ついさっきまでゾンビの行列だったというのに、部屋から出て来た奴らは全員、足裏にバネでも入っているかのように足取りが軽やかだった。


 ――俺を、含めて。



ありがとうございました。


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