かつて姉と呼んだ人
「急げぴよこ! まだ間に合うぞ!」
肩で息をするぴよこの手を引き、全速力で走らせる。
あの後……。影の討伐の時。
奥様の一人が、『急げば間に合うからあんたらは入学式に行け』と言ってくれた。
数が減り、大したことのなくなった影障なんかより人生の節目の方が大切だと。
けれど、俺はそれを拒絶した。
影の討伐に向かったのだから、それが終わるまで帰るわけにはいかないと。
ぴよこを巻き込んでいるというのに、我ながら頑固で、なんと愚かなことだろうか。
それでも、これは俺の変えられない性分だった。
そんな頑固な俺に呆れながらも、それならと奥様がどこかに連絡。
直後、奥様連合が二十人くらい押しかけてくる。
そしてそのまま、彼女達の数の暴力で影はすべて散らされた。
そんなこんなの皆様のおかげで、俺達はギリギリであっても間に合うかもというデッドラインの上を走ることが許されていた。
そして、数々の人のご厚意でこうしていられるのだから、遅刻なんて許されるわけがなかった。
……というか、ここで遅刻したら奥様方よりこれから白い目で見られる日々が続くような気がした。
あれは俺に対してというより、ぴよこを気遣っての言葉であった可能性が高かった。
そんなことを怯え全力疾走の最中、ぴよこの速度が急に失速した。
「ひぃっ……ひぃっ。わ、私の屍を」
「いや超えねーよ。……まじで限界か?」
「ま……まだがんば……れ……がんば……」
「――いや……もう良い。すまん、無理させた」
『まだ頑張れる』
それは、ぴよこの限界のサインだった。
ぴよこは素直な性格の癖に、時折天邪鬼のようになる。
何故か知らないが、本当に限界の時はいつもこう。
俺に対してだけ、意地を張ろうとするなんて悪癖を持っている。
俺はぴよこの手を引っ張り、そのまま肩に担ぐ。
ひょいっと擬音がしそうなくらい軽かった。
「ぴょっ!? い、いーくん!?」
「はいはい。いーくんタクシーですよ」
「いや、これ恥ずかしいんだけど? 格好と、後、その……スカートが……」
「さっき空飛んで戦ってたのに?」
「えっ!? あ、あああああぁぁぁ……」
意識してなかったのか、顔が真っ赤になって片手で隠してじたばたしていた。
「……はぁ。背中とお姫様抱っこどっちが良い?」
「お姫様で」
ぴよこは真顔で、選択した。
「それは恥ずかしくないのか……」
俺は言われた通り、ぴよこを優しく抱きかかえ、そのまま駆け出した。
「なかなかに快適なタクシーですなー。いけいけー」
額に汗をかきながら、ノリノリで右腕を突き出すぴよこ。
何か知らんがご機嫌である。
(最初からこうすりゃ良かった)
無駄に走らせたことを少しだけ後悔しながら、俺はぴよこが遅刻しないため全速力で駆け抜けた。
十数分走ってから、俺はこっそりとぴよこを降ろした。
いくら俺だって、入学式早々にお姫様抱っこで学園に行く勇気はなかった。
幸いにもそうする程度の時間的猶予はあった。
何故かちょっと、ぴよこは残念そうだったけど。
ただでさえ亜人という激強個性を持って目立つというのに、これ以上あいつはどんな注目を集めたいというのだろうか。
その後バス停から駅に向かい、電車で数駅程移動して、俺達は目的の場所に到着した。
目の前に、見上げるような巨大な正門が見える。
それは、俺達を招くように開かれていた。
ここは、影と戦う者を育てる、ただそれだけのための場所。
この島国の未来を担う人材を育てる、一握りしか入学を許されない名門学園。
【天津神楽坂学園アラハバキ】
本当の意味で“武器”を持つ意味が学べる場所――。
「……今更だけど、ついてきてくれてありがとな」
「ふぇ? どしたの、本当に今更」
「いや、こう……今更に、実感がな……」
「いーくん憧れてたもんね。アラハバキに」
「ああ。……俺達、これからここで過ごすんだなって」
「そ、一緒に青春を過ごすんだよ」
「……本当……いや本当によく受かったよな俺達……。本当に奇跡としか言えないな」
「いーくんの剣術なら普通じゃない?」
「いや全然? むしろ体力と学力テストの方が成績良かったっぽいぞ、俺」
「うそぉ!? いーくんで駄目なら私ヤバくない?」
「ヤバったからだろうなぁ」
しみじみと、俺は呟く。
ぴよこが俺の剣術の腕を褒めているのは自分より上だからだ。
けれど、アラハバキの名を担うには俺のレベルでさえ遥か低み。
つまるところ、合格は神のお導きという程の奇跡であった。
「本当……どうして受かったんだろうか、私……」
「そりゃ……将来性を期待じゃね?」
「亜人だからじゃない?」
「俺が言いづらかったことを……」
「別に気にしなくてもいいのに。ただ……それで期待されたら、ちょっとこれからきつそうだね、私」
他の亜人がすこぶるハイスペであることを考えたら、ぴよこに向けられる色眼鏡は相当にきついものだろう。
それを脱却するためには……。
「ふむ……。必要なのはぴよこだけの力……。良し空中殺法でも編み出すか?」
「覆面レスラーにでもなれと」
「おう。試合が決まったら呼んでくれ、マスクザぴよこ」
ぴよこはぺしっと俺の肩を叩いた。
正門に近づくと、自分達の同類を大勢見かける。
着慣れぬ制服を着て、緊張で少し挙動不審な態度になっている人たち。
つまり……俺達と同じ新入生である。
そこで俺は、ほんの小さな違和感を覚えた。
自分達が、全く注目されていない。
正しく言うなら、亜人であるぴよこが。
亜人は全人口の『1%』未満と言っても、百人集めたら一人くらいいるというわけじゃない。
ぴよこのように人に紛れても全く問題ない方が珍しく、半数以上が諸々の問題で隔離されている。
だから、人に紛れ生活する亜人という存在はこの『アラハバキ』にだっているか不明である。
というか、そもそもの話だが、亜人云々の前に“翼の生えた女の子”って時点で相当に目立つ。
だから、ぴよこという存在は注目をされているのが自然体である。
だというのに、見かける新入生は誰もぴよこに意識を向けておらず、何故か別の場所を見ていた。
(まさか、亜人のぴよこより珍しいものがあるのか?)
首を傾げながら、周りの視線が集まる場所を探す。
全員が困惑した表情のまま、同じ場所を見ていた。
周りの人たちが見ているのは、俺達の進むべき先……つまり、正門の方。
開かれた門の中央。
そこに、綺麗な女性が威風堂々と門番のように立っていた。
彼らは皆、その女性に視線を奪われていた。
正しくは、彼女が杖のように立てている、その【刀】に。
「あれは……」
俺は彼女が持つ刀を見る。
古風である刀独特の形状に加え、鮮やかな青の混じる機械的なパーツ。
和洋折衷新古一体の、独特な形状のそれに、目を奪われぬ新入生はいない。
刀と呼ぶには機巧的で、武器と呼ぶには電子的で、機械と呼ぶには神々しくて。
それは、資格がなければ持つことが出来ない“本当の武器”。
扶桑国における影への対抗策。
そして、この学園に入る最大の理由――。
【機煌禮刀『神威』】
通称【カムイ】。
このカムイを手にすることこそが、俺たち一般的なアラハバキ生にとっては一先ずの目標となるだろう。
ただ、今見ている物はおそらく、カムイであってカムイでない。
一般的に『カムイ』と呼ばれるのは、無銘のものに限るからだ。
あれほどの名刀が無銘であるとは思えなかった。
「……いや、良い物が見られた」
周りの視線が釘付けな理由に納得し、うんうんと俺は何度も頷いた。
「……いーくんはああいうタイプが好みなの?」
「――は? 何の話だ?」
「とっても綺麗な人だね。強気な女性の方が好きなの?」
その言葉に俺は、なんて返せば良いか困った。
なにせ、顔なんてまったく見ていなかったからだ。
ぴよこに言われてから、俺は彼女の姿を確認する。
無論、よこしまな考えからではない。
あれだけの名刀を持つ剣士である。
きっと立派な人物だろう。
そんな憧れに近い気持ちからだ。
背丈は女性としても低い部類。
ただ、か弱さは全く感じられない。
巨木のように堂々とした佇まいに加え、凛とした力強い表情は、小柄であることさえ感じさせない。
凛とした顔立ちを、菖蒲色のショートカットが良く引き立てている。
美人かどうかで言えば、百人中百人が美人と答えるだろう。
可愛いかどうかと問われれば、百人中百人が可愛いと答えるだろう。
けれどそれ以上に、彼女は凛々しかった。
立ち姿だけで、悔しいが理解出来る。
この女性は、俺とは住む世界が違う。
彼女は剣士として、頂に限りなく等しい位置に立っていた。
「かっこいい人だな」
「やっぱりタイプなんだ」
「一角の武人をそういう目で見るのは失礼じゃないか? 叶うならその腕前を見せて欲しいものだ」
「……本当、いーくんはいーくんだねぇ」
「なんだそれは」
俺は苦笑した後、もう一度その刀に目を向ける。
鞘越しであっても、いや鞘と一体になるその刃を納めた姿だからこそ、触れることを躊躇うような美しさが宿っていた。
とりあえず俺は心の中で拝んでおいた。
避けるつもりはないが、件の注目を集める女性を、俺達は避けることが出来ない。
なにせ。彼女は正門のど真ん中に立っている。
また同時に、これだけ彼女に近づけば、新しい情報を俺達は理解せざるを得ない。
新入生が目を奪われる、もう一つの理由。
その素晴らしいカムイをお持ちになる剣豪先輩様の表情には、明確な怒気が宿っていた。
完全に、怒気というか殺気というか威嚇というか、そういう気配を振りまきながらイラついた態度でじっと佇んでいる。
一角の武人の気当たりに、平然としていられる新入生はほとんどいなかった。
当然、俺もちょっと怖い。
なので俺も周りの生徒に見習い、端の方で紛れるような感じにこっそり通り抜けようとして――。
「随分と……遅かったな」
じろりと、彼女の視線が俺を追尾した。
まるで自然の流れのように……運命を呪いたくなるように――彼女と、目が合う。
「す、すいません」
俺は思わず反射で頭を下げた。
(確かに遅いが、時間はまだあるぞ? それに他の生徒もいる。何故目を付けられた?)
少し考え、隣にいるぴよこに意識を向ける。
亜人は目立つ。
それは芸能人のようにちやほやされるだけでなく、色々なやっかみを買うことも多い。
俺は経験から、それを良く知っていた。
(まあ、こういうこともあるか)
俺は気付かれぬよう、ぴよこを庇うように立つ。
「それに、挨拶もなしか?」
綺麗な声なのに、良くドスが効いていた。
「す、すいません先輩。おはようございます!」
「……は? お前ふざけているのか?」
先輩の表情は、誰が見ても怒りが膨らみ続けているとわかるような、そんな表情だった。
具体的に言えば般若的な鬼。
「いえ、あの……申し訳ありません」
「私はお前を待っていた。なのにお前は……」
「え? あの……ぴ……彼女に、何か用ですか?」
「違う。アセリアにも話はあるが、私はな、伊織。お前を待ってたんだぞ」
まるで当たり前のように、知り合いみたいな態度を取る。
なんで名前を知っているのか、不安なのはこっちばかり。
その直後、ぴよこははっとした表情をしてから、わたわたと慌てだした。
「えっと。あの……その……」
「何故……そんな他人行儀な態度を取るのだ伊織。そりゃあ、多少は私も変わったかもしれないが……わからない程ではないだろう! 残念ながら背は早めに止まってしまったし……」
ぶつぶつと、彼女はそう呟く。
かと思うと、俺の肩を叩くよう強く掴んだ。
「それに! おじ様とおば様はどうした!? あの二人なら何があっても入学式に参加するだろう!」
冷静に見てみれば、少しばかり勘違いしていたことに気付けた。
先輩の態度は確かに怒ったものだけど、同時に、それはどこか身内に向けたものだ。
家族とか、親戚のそれに等しい。
それに加え、ぴよこの慌てたような態度。
何となくだけど……俺は事情を察することが出来た。
これ、おかしいのは先輩じゃない。
俺だ。
おかしいのは、俺の方だった。
「ぴよこ。先輩は、俺の昔の知り合いなんだな?」
最終確認として、俺は俺よりも事情に詳しそうなぴよこに尋ねる。
ぴよこは唇を噛むような辛そうな表情のまま俯き、それでもわかるよう、小さく頷いた。
「そか。……すいません先輩。俺、昔のことをあまり覚えてなくて」
「お前、そんな冗談を今は――」
「いえ。マジです。小学校高学年の時、両親が目の前で殺されたらしくて、その時のショックで記憶がごっそりと抜け落ちたそうです」
先輩の顔から、表情が消えた。
やってしまった。
何も言えない。
罪悪感に支配される。
おそらくそんな感じだろう。
過去も、似たようなことがあったから何となくわかる。
何も言葉に出来ないという感じで、先輩は俺の方を見ていた。
俺にとっては終わったことだから気にしないでほしい。
何なら両親の記憶さえ曖昧だから悲しささえ感じていないくらいだ。
けれど、ここで俺がふざけでもしたら、今度は泣いてしまうということもまた過去の経験で知っている。
だから俺は、知り合いであるはずの、名前も知らない彼女に、何の言葉もかけてやれなかった。
ありがとうございました。




